第14話 一戦終わって

「アヤカシというのは不確かな存在よ」

「ハンナが知らないだけじゃなくて?」

「違うわよ」


 クレイの物言いに、ハンナは少しむすっとした。


「ああだこうだと言われているけど、なぜアヤカシが生まれるのかは議論の余地があるわ」


 一つ言えることは、と杓をつきつけてくる。


「生者の想念によって発生するのが多いってこと」

「でも奴らは生き物じゃないんだろ?」

「そうよ。アヤカシは何者でも無いがゆえに様々な形を取れる。最初に取るのは元となった存在の姿」

「元となった……さっきの場合だと詩人てこと」

「ええ、そうよ。アヤカシ、『ゆきあいがみ』は山中にて行き倒れた者の念によって生まれるとされているわ。まだ発生して間もないのが助かった。巨大な物になると山一つではすまないそうよ」

「あんまり想像したくないけど、どういう風になるの?」


 御祖母様に聞いた話だけれど、とハンナは答える。


「山中にて祭り囃子と共に出現し、出会ったものたちを一行に加えるそうよ」

「うへえ、それでフレイさんはどうしたの」

「さあ? 御祖母様も他の人から聞いただけらしいし、どうなったかはわからないわね」

「わからないことだらけだね」

「ええそうね」


 そもそもアヤカシといっても様々なのだ。

 山に出るアヤカシもいれば海や平地に出現するアヤカシもいる。

 同じ格好で出てくるほうが珍しいのだ。


「だから名前はついているけど、格好はまちまちね」

「ハンナはゆきあいがみって呼んでたけど、決まった格好をしてるわけではないのか」


 そういえば、とクレイは気づく。


「ハンナはなぜアイツがアヤカシって気づいたの? 僕には人にしか見えなかったよ」

「ああ、そのことね」


 彼女は得意気に微笑んだ。


「魔力が強すぎたからね。ほら、私って魔法をつかえるでしょ。だから魔力も感じやすいの」


 クレイから見たアレは人の姿をしていたのかもしれないが、ハンナにすれば魔力の塊が動いているように見えていたのだった。


「総毛立つってああいう感じなんでしょうね。おかげであれがアヤカシなんだって気づけたわ」

「ハンナはアヤカシと会うのは初めてだったんだ」

「うん。話には聞いていたけど実際に会うのは初めて。ありがとう」

「……なにが?」


 突然ありがとうと言われても、クレイにはなんのことだかわからない。

 訝しがるクレイに、ハンナは笑顔で礼を述べる。


「クレイが居てくれて。私一人だったらきっと何も出来なかったと思うから」

「何だいそんなことか」


 自分はあそこに居ただけだ。それにアヤカシと気づけたのは彼女の力があってこそ。

 それこそ自分一人だけでは、何も出来なかっただろうとクレイも思った。


「アヤカシをやっつけることが出来たのはハンナのおかげさ。僕は全然わからなかったもの。ハンナは凄いよ」

「それだって。クレイの手助けが無かったら祓うことは出来なかったわ」

「ハンナ」

「クレイ」


 しばし相手の方こそ凄い、と応酬の時間が続く。

 それがどのくらい交差しただろうか、やがて二人は見つめ合い苦笑する。


「止めようか」

「そうね」


 魔女と従士。どちらが欠けてもそれは成り立たない。

 二人は旅をする前に師に言われたことが、何となくわかってきたらしい。

 だから言い争う声をとめて、一緒に鍋の残りを分け合った。


「話を戻すけどさ。行き倒れた者の念って言ったよね」

「ええ言ったわ」

「するとさ。もしかして、行き倒れた詩人さんが居たってことかな」


 元なったという姿。そこからクレイは推測する。

 この山を旅していた詩人が昔いた。

 理由はわからないけど、その詩人は山を越えることが出来なかった。

 おそらく、その時に思うのは無念。苦しさ。

 一人であることの心細さ。

 諦めろ、と彼は何度も言っていた。

 あれはもしかすると、自身に言い聞かせるように連呼していたのかもしれない。

 もちろんこれはただの予想である。

 真実は何なのか、それを知るすべは無い。


「おそらくそうだと思うわ。倒れた者の無念がアヤカシとなって甦った。充分に考えられるわね」

「そうか、やっぱりそうなんだな」


 クレイは頷いた。やはりそれは事実なのだ。

 だとしたら、放ってはおけない。


「ねえハンナ」

「何かしら」


 もしそうならばやってみたいことがあると、クレイはハンナに協力を乞う。

 その考えを聞いたハンナは微笑んだ。


「なるほど。やってみる価値はあるわね」


 クレイの考え。

 それを実行に移すため、翌朝二人は山を越えずにしばし辺りを回ることにしたのであった。


 ・

 ・

 ・


 翌朝。

 二人は山の中をうろうろとしていた。

 迷っているわけではない。探し物をしているのだ。

 とはいっても、その探し物を広大な山中で見つけるのは至難だ。


「ひと休みしましょうか」


 ハンナが疲れた様子で声をかけてくる。

 その声を受けてクレイは小休止を取ることにした。

 適当な場所に腰かけ休む。

 クレイはそうでもないが、ハンナには明らかに疲れが見えている。

 無理も無い。

 草木をかきわけ先導する自分より、魔法で感覚を増大させ神経を尖らせる彼女の方が労力は上なのだ。

 疲労の色を見て、クレイは自分の提案を悔やんでいた。


「ごめん。僕のせいで」

「ううん、クレイのせいじゃないわ」


 ハンナは被りを振った。


「それに、アヤカシの原因が亡骸にあるのなら放置するのは良くないと思うの。だからクレイは正しいわ」


 そう言って、気にしないでとはにかんだ。

 その顔にクレイは救われた気がした。

 クレイの提案。それは詩人の亡骸を捜すことであった。

 行き倒れの無念がアヤカシを生むというのであれば、そのまま放置すればまた出現する可能性がある。

 そうなる前に何とかしようというのがクレイの考えであった。


「アヤカシは雲散したけど、元を絶たなければクレイの言うようになるでしょうね」


 負の想念というのはなかなか厄介だ。

 凝り固まった魔はまた形となり、すれ違う生者に引き寄せられ、害をなすであろう。

 何年後か何十年後か、あるいは何百年後かもしれない。

 そんな危険を放置して旅を続けたくはない。そうクレイは考えたのだ。

 ハンナもその考えに賛成であった。

 人のために己の術を行使する。それは尊敬する祖母からの教えだ。

 疲れてはいるが、これが人のためになるのならばもう一踏ん張りしようというやる気が湧いてくる。

 だから、クレイが気にする必要などないのだ。


 とはいっても、四六時中気を張るのは流石に疲れる。

 ハンナが感覚を研ぎ澄ましているのは視覚と聴覚だ。

 音のズレ。異物。

 地形のへこみやくぼみ、普段なら見過ごすような部分を撫でるように舐めるように見返すのは、思ったほか辛い。

 これで休憩を取るのは何度目だろうか。

 朝からやりはじめたこの作業であったが、陽はもうじゅうぶん高かった。

 クレイは黙ったまま何も言わない。

 この作業の肝はハンナにあるからだ。

 だから彼女が万全にならない限り、彼は動こうとしない。

 周りに注意を払って、休めるように自分を抑えている。

 その気遣いがハンナには嬉しかった。


「じゃあ、行きましょう」


 もう休めたと、ハンナが重い腰を上げる。

 それに頷きクレイも立つ。

 それから暫くのあと、二人はようやく目当てのものを発見した。

 奥深い山の中、既に骨ばかりになったその遺体はボロボロだ。

 獣に喰われたか、高いところから滑り落ちたのか、それはわからない。

 衣服の所々は破れ乱れながらも、両の骨は竪琴をしっかりと抱きかかえていた。

 蔓が幾重にも絡まり、身体を覆い隠している。

 だがその亡骸は、自らの証を離さないかのように、しっかりと楽器を抱え倒れていたのだった。


 あの一夜が思い出される。

 あの詩人が抱えていたのは、確かにこの楽器だった。

 アヤカシは、生者を映す。

 クレイはハンナの言っていたことが何となくわかったような気がした。


「見つけたわね、クレイ」


 ハンナの声は明るい。さんざん探し回ったから当然だ。

 それでどうするの? と問われてクレイは首を傾げた。

 弱った。

 捜したあとのことを、彼は何も考えてなかったのである。

 ただ漠然と、放っては置けないと思っていたのだった。

 だからしどろもどろを気づかれる前に、クレイは言ったのだった。


「この人のためにお墓を作ろうか」

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