第13話 アヤカシ

「アヤカシってのはね。よくわからないモノよ」

「答えになってないよソレ」


 二度目の食事を取りながら、クレイはハンナに尋ねていた。

 話題は勿論、アヤカシのことだ。

 撃退はしたみたいではあるが、結局何だったのかは理解出来ていない。

 それを聞こうとしたらハンナもわからないときたものだ。


「ごめんなさい。私……というか御祖母様も全容は知らないみたいなの」

「フレイさんも?」


 あの何でも知ってそうなフレイですら知らないこともあるんだな、とクレイは妙に感心した。

 謝りながらハンナは続ける。

 アヤカシが何なのかは、魔女の間でも意見が分かれるらしい。

 ただ、分かっているのは魔力の塊であること。

 この世の法則が通じないということである。


「さっきも言ってたけど、死なないって言ってたね」

「ええ、魔法って何なのか、クレイはわかる?」

「うーん……」


 問われて首を傾げる。

 そもそも自分は魔法を使えない。だからそういうのは考えたことも無い。

 魔法とは何か。改めて考えると不思議だ。

 人はその手から火を出したり水を出したりする。

 上位者になると天候や地形すら操れるらしい。


「何だかわからないけど……凄いものって感じかな」

「うん、あってる」


 彼女が笑みを浮かべる。


「アヤカシは魔力の塊って言ったよね? じゃあ魔法の源である魔力、その塊であるアヤカシは何だか良く分からないけど凄いモノってことじゃない?」

「う~ん? そうなの……かなあ」


 ハンナの回答には半信半疑だ。

 だが自分にも満足な答えは出せてない。


「私が詠唱に失敗して、魔法に失敗したことあるよね」

「ああ」


 ああ、と言ったが、クレイは彼女がどのことを差しているのかは思い出せなかった。

 ハンナは色々とやらかしているし、それを自分は少なからず見ている。

 だが、話の本堂はそういうのではないのだろう。

 だからクレイは混ぜっ返さずに彼女の話に耳を傾けていた。


「アヤカシは言い換えるなら、自分で詠唱し続ける魔法なの。でもその術式は間違っている。だから周りに害を及ぼす」

「厄介だね」

「ええ、厄介よ。更に厄介なことにアヤカシには寿命というものが無い。延々と被害を与えてくるわ」

「でも、奴は自分たちがやっつけたよね」

「ええ、そうね」

「おかしいじゃないか、なんで寿命が無いのにやっつけられるのさ」

「不老と不死は違うのよクレイ」


 アヤカシは不老ではないが不死ではない。

 放出した魔法がやがて消えるのと同じように、魔力が尽きれば消える。

 だがアヤカシは偏っているが故に、生者と混ざろうとするのだ。

 クレイは先の戦いで獣が出現したことを思い出す。


「ハンナ、もしかしてさっき戦った獣たちって」

「ええ、アヤカシに取りこまれてしまったものよ」


 アヤカシに取りこまれた者はアヤカシの一部になってしまう。

 助けるすべは、アヤカシと一緒に浄化するしかない。


「クレイが持つサルタトルは魔力を増幅させる働きがあるの」

「これが?」


 クレイは自分が持つ剣をじっと見つめた。

 所々に穴が空いている、見る人によってはナマクラ刀と呼ぶだろう。

 だがストゥンはこれをそう扱わなかった。従士にとって大事なものだと。

 一戦交えた今となっては、それは身を持って知ることとなった。


「この剣の加護にどういう作用があるのかわかってはいないよ」


 でも、とクレイはハンナを見た。


「僕は役に立ったのかな」


 その言葉に、彼女はポカンとした顔を浮かべた。

 そして暫くの後、破顔する。


「何言ってるの? クレイがいなかったら私たちこうしてお喋り出来てないわよ?」

「でもやっつけたのはハンナだろ?」

「違うわよ。クレイも必要なの」

「そうなの?」

「そうよ」


 魔女と従士。双方は欠けてはならぬ存在なのだ。

 だからアヤカシを祓えたのはハンナとクレイ、両方の働きである。

 そう彼女は主張してはばからない。


「私はアヤカシに塗り替えられた世界を元に戻そうと訴えかけただけ。クレイは舞ってるときどう思ってたの?」

「僕かい?」


 問われて考える。自分はどう思っていたのかと。

 実のところ何も考えてはいない。

 体が勝手に動いているだけだ。

 ハンナの歌に耳をすませばそれを形に成そうと体が動く。

 そこに自分の意向はない。

 考えが無いわけではないが、その前にハンナの意を示そうと剣を振りたくなるのだ。

 そうすると、世界が変わった感じがする。

 世界が自分を中心に回っているような思いに囚われるのだ。


「なんて言えば言いんだろう……僕って強い、かな?」

「なにそれ」


 彼女に説明したいのだが、うまく言葉が出てこない。

 言葉足らずは自慢と受け止められたようだ。

 そんなことは無いのだが、あれこれと言葉を足すと誤解を増やしそうだった。

 だから話題を変えてみることにした。


「アヤカシに取りこまれたって言ってたよね。でも光に焼かれた獣たちは元の姿を取り戻したように見えたよ。あれはどうなのさ」

「あれはアヤカシから引き剥がしたの」

「元に戻った?」

「違うわね。取りこまれた時点で生物はその存在を失うわ。あれは元の残骸みたいなものよ」

「残骸? その人じゃないの?」

「ええとね」


 ハンナはがさごそと何かを取り出す。

 取り出したのは一冊の魔道書、フライハイワードである。

 それをパラパラと開くとクレイにとある部分を見せる。

 そこには絵と文があった。

 クレイがアヤカシと戦っている挿絵と、その様子が記載された本文である。


「いつの間に」

「それが私めの役目でございます従士殿。記録の雑用はお二人がなさる必要はありませぬ。全てこの私めにお任せを。従士様の御勇姿は我が身にしかと刻みました故、武勇伝を思いお返しなさるときは是非とも――」

「ごめんハイワード、少し黙っていてくれるかな」

「御意」


 ハンナの言を聞き物言う道具は即座に黙る。

 そして彼女は頁の一節を指し示した。

 クレイは指している文を読む。


「悪しき獣が襲いかかる。闇より出でし影の軍団。それは亡骸。魂の抜けた器。生者より伸びた影なり。アヤカシ、己の魔を注いで従士に対抗し打ち破らんとす……」

「わかった?」

「いや、全然」


 うーん? とハンナが首を捻る。

 どうやら彼女なりに教えてくれようとはしてくれているようだが、いきなり読まされても頭には入ってこない。

 だが伝えてくれてるのは何となくわかる。


「それは亡骸魂の抜けた器、これがハンナの言う元の残骸ってことなのかな」

「そうね。取りこまれた生者はもう生き返ることも無いの。フライハイワードが魔力をこめて造られたように、アヤカシは取りこんだ者に魔力を付与して働かせることが出来るの」

「厄介だね」

「ええ、でも器だから別の魔力を注ぎ込んで打ち消すことが出来るわ。私たちがやったみたいね」

「死体を動かすのはあんまり感心しないなぁ…」


 少し難しい顔をするクレイにハンナは訂正した。


「死体じゃ無いわよ、そのあと。生者より伸びた影」

「これ?」

「そう、あれは取りこんだ者をアヤカシが模倣した形よ」

「よくわからないや」

「ええとね」


 ハンナが鍋に手を伸ばす。スープの表面に手が映り込んだ。


「こうやって手が二つ見えるけど、スープの方の手は私じゃないでしょ。でも私の手」

「あー、うん。なんとなく言いたいことはわかる。ひょっとしてアヤカシは映り込んだ手を幾つも生み出すことも出来るのかな」

「ええ、やろうと思えば。魔力が強ければ本物そっくりに動かせるでしょうね」

「厄介だね」


 ふう、と大きくクレイはため息をつく。


「そんなアヤカシが何で最初、人の形をしていたのかなあ」


 自立する魔法であるならば、わざわざ人の形をしなくても最初から元の格好で良さそうな気もする。

 なのに何故アイツは最初詩人の格好をして、こちらに優しく対応してきたのだろうか。


「一説によれば、アヤカシ自身も他を映したモノ、と言われているわ」

「何それ。結局アヤカシってなんなのさ」


 クレイの疑問。

 ハンナは喋りすぎたのか、一口スープを飲んでから答えた。


「言ったでしょ。よくわからないものよ」

「なんだいそれ」


 憮然とするクレイ。

 さきほどの戦いの興奮がまだ冷めてはいない。まだ眠れそうにはなかった。

 だから夜が更けようとも、話は続くのである。

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