第12話 ゆきあいがみ④

 ♪止めなされ止めなされ ♪足掻くのは止めなされ

 ♪何故に生き急ぐ ♪何故に死に急ぐ

 ♪歩みを止めて ただ全てを受け入れなされ


 後光と光道によって、アヤカシの姿が良く見える。

 枯れた枝木を丸めたその体。

 そこから伸びた細い手。かき乱される琴。

 そしてひときわ伸びる奴の首。

 猛り叫ぶ奴の顔は表情を変えてはいないが、それは幾分前より弱っているように感じられた。

 ここに至るまでに斬りふせた異獣たちも、勢いが無くなってきたように思える。


 実のところ、クレイはまだアヤカシというものが良くわかってはいない。

 ハンナは奴を敵だといった。

 改めて外見を見れば、なるほど人とは思えぬ外見をしている。

 奴は獣共を生みだした。

 そして自分も、ハンナの力を借りて獣を生みだした。

 剣の意匠を見て、クレイはストゥンに教えてもらったことを思い出す。

 従士とは、魔女を助ける者。

 そう彼に教えられクレイは腕を磨いた。武と舞の両方をだ。

 最初はなぜそうするのかわからなかったから、不満を漏らしたこともある。


「それが無いとな。従士足りえないんだよ」


 ストゥンの言葉を嫌々ながら納得し、稽古に励んだ。

 そしてハンナと初めて合せ稽古をしたとき、ようやく言ってることを理解出来た。

 ハンナの杖が絵の具なら、自分はそれを動かす筆だ。

 まともでないと、世界を描くことは出来ないのだ。

 武の稽古も、舞の稽古も、両方大事なのだ。

 柄も鍔も鞘もあってこそ、刀身を支えられるのだ。

 納得したクレイは、それから一層稽古に励んだのだった。


 今、再び見れば自分はアヤカシと肉薄している。

 これが鍛錬の成果なのか、それとも運なのかはわからない。

 わからない。ああ、わからない。

 自分はわからないことばかりだらけだ。

 そういえばと、背伸びしたがる自分にむかってストゥンが言ったことを思い出す。


「お前、俺にならなくて良いんだぞ。お前はお前のまま強くなれば良いじゃ無いか」


 こうやって剣を振り舞踏をしても、息をあげるのはまだ耐えられる。

 それはきっと、努力の成果。そう思うことにした。

 そしてハンナのおかげだということも。


「あとで何なのか教えて貰うからな」


 クレイは白刃を煌めかせ、アヤカシに初太刀を浴びせようとした。

 しかしやはり、それは敵によって防がれてしまう。

 木毬が持ち上がった。下部に根のようなものが見える。

 それが台座の役割を果たし、本体を安々と剣が届かない位置へと押し上げたのだ。

 嫌な予感がしてクレイは振り払うのをやめ大きく後ろへと逃げた。

 今居た場所が閉まっていく。

 張り巡らされた根の数々が縮んでいき、クレイを檻へと閉じこめようとしたのだ。

 本体が地へと落下する。

 危なかった。

 あのまま絡め取られていれば、アヤカシに押しつぶされていただろう。

 雑魚は周りが相手取ってくれてはいるが、やはり敵首魁は一筋縄ではいかないようだった。


 木毬の節々から青い瘴気が噴き出している。

 それはため息のようでもあり怒りの歯ぎしりのようでもある。

 焼ける臭いが鼻すじをくすぐった。

 先ほど放ったハンナの一撃は、相手の体皮を焦がしている。

 発火とまではいってはないが、かなりの手傷を負わせたことは確かなようだ。


「まあ、火種に細い枝木を使うしな」


 そう呟いてクレイは首を傾げた。そうは言ったが、コイツは木なのかと。

 人ではないことは確かだ。では生き物なのか?

 頭に疑問符が浮かぶ。こんなことならハンナに聞いてから戦いを挑めば良かった。

 気を取られかけたクレイの隙を突くように、鞭のようにしなりながら木の触手がこちらに襲いかかる。


「おっと」


 辛うじて剣で受け流すが、衝撃はびりびりと両腕に未だ宿っていた。

 危ない。先ほど考え事していたハンナを注意したが、自分も人のことを言えないようだ。

 まずは集中しよう。

 こいつを倒すことに集中しよう。

 倒す術は、魔女が知っている。そして自分は、その意を顕わにするのだ。

 大きく息をすって、吐く。

 光球が後方から、道を通って綿毛のようにやってくる。

 そして後方から囁くように、しかしはっきりと、ハンナの声が届いてくる。

 その歌が届けば、クレイの体が自然と動き始める。


 どした大将剣を取れ♪ それとも怯え逃げ腰か♪

 ここまで来たら互いに退けぬ♪ そろそろ決着つけようか♪

 一夜嫌々一騎討ち♪ 明日の朝日は誰が見る♪

 俺とお前じゃ見るもの違う♪ お前昨日で俺明日♪

 お前諦めここで留まって♪ 俺は足速めて明日へ行く♪


 球が剣の孔へと嵌っていく。

 熱く染まり焼けた鉄塊のように炎を噴き上げる。

 サルタトルは炎剣と化した。振り払う軌跡を炎の鞭が追尾する。

 こちらは小者、相手は巨体。

 だがこれであればその差は縮まる。

 横薙ぎに振り払うと、剣先から炎が伸びて本体へと迫る。

 複数ある枝木で防がれる。だが防いだ箇所から大きく炎があがり、防御の手を失わせた。



 相手が巨体を揺する。声を発することも忘れた悲鳴。

 効いていることを確信したクレイは、そのまま間合いを詰め接近する。

 追いすがるクレイを追い払おうと、アヤカシは木々を伸ばす。

 だが勢いの無い、逃げ腰の攻撃など御するのは容易い。

 逆に叩き斬られてしまい。アヤカシは己の身体で焚き火を増やすだけだ。

 燃えひろがる火から逃げようと身をよじるアヤカシ。

 その気を逃さずに、クレイが肉薄する。

 ゴツゴツとした体表をうまく駆け登り、アヤカシの上部へと来るのに成功する。

 アヤカシは腕を振りまいているが、それは火を消そうと躍起になっているだけだ。

 クレイの攻撃を止めさせようという動きでは無い。

 だから、この一撃が可能になる。

 生えた首目がけて、クレイが渾身の一撃を放つのを。


 蝋燭に火が灯るがごとく首を派手に燃やし、耐えきれずに暴れる。

 その蠕動に巻き込まれる前に、揺れ動く巨体からクレイはすぐ飛び降りた。

 着地の衝撃で体が痛いが、四の五の言っている状況では無い。

 火の粉どころか崩れ落ちる枝木が薪みたいに降り注いでくるからだ。


 ♪…… …… ♪…………


 炎に焼かれながらアヤカシが何事かを叫んでいる。

 だがそれを聞いている余裕も義理もクレイにはない。

 辺りは闇に包まれている。だが今来た道は煌々と輝いていた。

 闇を照らす光明。

 逃げ道を一直線に駆け、クレイは走ってきた道を戻る。

 ハンナが居る光円へと逃げ戻ると、やっと背を振り返ることが出来た。


 アヤカシが燃えている。

 真っ赤に。赤々と。巨大な炎をあげて。

 その火勢が強くなるほど、操られていた異獣たちは糸が切れたようにその場へと倒れ込んでいく。

 そして染みこみように闇へと沈んでいくのだ。

 残っているのは、燃え続けるアヤカシのみ。

 いつの間にか、助力してくれた獣たちの姿も見えない。

 円に入っているクレイとハンナ。燃えさかるアヤカシ。

 光円と燃える球。その二点を繋げる道。


「やったね、クレイ」


 ハンナが声をかけてくる。


「……やったのか?」


 アヤカシとハンナを見返しながら、クレイは問う。

 その問いにハンナは頷き返す。


「うん。私たち、やったんだよ!」

「そうか……俺、やったんだな」


 まだ敵を倒したという実感は、クレイには無い。

 だが彼女がそう言うのならそうなのだろう。

 終わった。

 そう、確信したクレイの身にどっと疲労が押し寄せ、膝が笑う。

 崩れ落ちそうになるクレイを、ハンナが支えた。


「お疲れ様。さすがクレイだよ。ゆっくり休んでて」


 優しくハンナに支えられながら、クレイはアヤカシのほうを見つめる。

 もはや動く様子も無く、ただただ赤い焔を高くあげて燃え上がっている。

 見つめているうちに火勢はだんだんと弱くなり、小さくなっていく。

 最後の火種が消えた時、そこには最初から何も居なかったような気がした。

 くしゅん、とくしゃみが出る。

 クレイはそこで気づいた。

 夜風。そこから受ける夜の冷たい空気。

 見あげれば星空。周りを見渡せば木々。

 あれほど闇に支配されていた世界は、星々と月明かりに照らされている。

 夜営のための焚き火はもう燃えかすとなっていた。

 自分は、帰ってきたんだなと思った。

 鍋に近づき、汁をすくって舐めてみると少し冷めている。

 クレイはもう一度火をつけようと頑張りながら、ハンナに尋ねた。


「とりあえず教えて貰おうか。アヤカシが何なのかってさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る