第11話 ゆきあいがみ③

 我が道決めるは己が決める♪ 世間の風など気にはせぬ♪

 たとえ泥にまみれようと♪ それは己が踏んだ道♪

 笑えば笑え道行く人よ♪ 怒るよりは笑うが良い♪

 足跡つけて誰か来るぞ♪ そんなら俺が笑うほう♪

 お前足下 俺は前♪ 未来を向いてる俺の勝ち♪


 ハンナが杖を踊らせ歌を響かせる。

 クレイが体を踊らせ剣を振るう。

 歌に誘われるのか。

 それとも剣に惹きつけられるのか。

 光球はクレイの周りへと、そして伸ばされ変化していく。

 箒のように剣が薙ぐと、乳白色は色を濃くし、柵となった。

 筆のように剣が払われると、橙色は赤みを強め、鬼火となった。

 針のように剣が突かれると、茶色は鬼火と混ざり、火矢となって周囲に奔った。


 見よ。剣と魔法の技の冴え。

 あっという間に円を護るように防御柵が出現し、それを盾にして火矢が群れへと放たれる。

 それらが突き刺さると肉が焼ける嫌な臭いが辺りに漂った。


 ぎっしゃーーーー


 化物共の悲鳴。腐肉の異臭。

 それらに顔をしかめながら、クレイは剣を構え直す。

 まだだ。

 まだ、終わってない。


 獣の本能は屍肉によって生をなした時に失われてしまったのか、身体に矢が刺さり火が燻り続けても、何頭かは脚を止めずにやってくる。

 だが、円に踏みこむまでにはまだ遠い。

 くるくると旋回する球を剣が叩き、歌がそれに続く。


 負けるか勝ちか誰が決める♪ そりゃあ勿論俺の皮算用♪

 負けたときなんか気にするな♪ 未来のことなぞ誰も知らん♪

 それともお前知ってるのか♪ 俺の知らない何を知るのか♪

 ならば俺はお前に聞こう♪ お前俺見りゃ俺お前見る♪

 ここで会ったも何かの縁♪ お互い偽り無しにしよう♪


 くるくると、鍋を混ぜるように剣が動く。

 それが引き上がれば球は飴のように伸び、引き延ばされる。

 細く、薄く。

 旗のように振り回されれば、それは硬く板となった。

 色は混ざりあい輝きを増す。

 先ほど円を護るように出ずるは上弦の柵。

 その端々を繋げるような直線に鏡面の壁が出来上がる。

 上から見れば、それはクレイを護る半月のようだ。

 柵の逆茂木をものともせずに、獣共が踏み荒らす。

 乾いた木が裂ける、小気味の良い音。

 その音の衝撃を喰い破り、円の中へと異形たちが踏みいった。

 刹那。


 ぎっしゃーーーー


 陽光の中へと入った化物どもから順に、体が炎に染まっていく。

 この世ならざるモノは、陽の下で生きる定めでは無いのか。

 陽に当たる箇所が火を吹きあげ、その身を焦がし焼き尽くしていく。

 そして、その炎身は崩れ落ちるように次々と倒れた。

 その亡骸たちを鏡が光で照らす。

 すると驚くべきことが起こった。

 炭化した獣の黒い物体は、光を受けてその体皮を取り戻していくではないか。

 腐肉で崩れ落ちるものなどではなく、四肢を取り戻し野を駆け巡る生ある獣へと。

 再誕した獣たちの瞳は、生気に満ち溢れているではないか。

 生を受けた喜びか、それとも獲物を見つけた本能か。

 反対に向き直り、クレイの側にたった獣たちは唸り声をあげ威嚇する。

 先ほどまで同じだったモノ、異形の獣たちへと。

 獣たちが円に入ったことで、更に光円は拡大する。

 足下の草は茂り、木を育て林と成る。

 天然のバリケードと、クレイが生みだした柵。

 それらを盾をし、獣同士の争いが始まった。


 戦は優劣つかずのように見えた。

 闇からくる獣たちは数で勝っている。

 しかし光円の獣たちは、個体差では勝っているように見受けられたからだ。

 互いに拮抗する森のなかで、闇から争いを助長するアヤカシの声が円を飲みこもうと叫ぶ。


 ♪勝ちが生なら負けは死か

 ♪しかして生物の行く末は 死に至るが道理かな

 ♪たとえ生に足掻こうても ♪死に至るを止めは出来ませぬ

 ♪なれば勝ちは死ぞ負けは生ぞ 諦めなされ諦めなされ

 ♪この道理覆しは 天に唾吐く無駄骨ぞ


 瘴気濃くなる闇を凝らして見れば、地から生えるは枯れた木々。

 休息に伸びていくそれらが闇の獣たちを貫いていく。

 貫いた木の先が割れ、体を覆うように拡がっていくではないか。

 これは鎧だ。

 邪悪なる老木に取り憑かれし獣たちは、外骨格にそそのかされ行進を止めることはしない。

 光円に入った獣から先ほどと同じく、次々と炎が上がる。

 だが、止まらない。

 枝骨によって突き動かされる体躯は、たとえ全身を焔に染めようとも止まらない。

 これでは兵士というより贄だ。

 崩れ落ちる獣を木々が無理矢理繋ぎ止め、足を緩めた獣の後続から、玉突きのように後続が押しよせる。

 上から見れば目を背けたくなるような、ムカデの行軍であろう。

 アヤカシとは異形か。如何なるモノなのか。

 火を恐れた獣が思わず後ずさり、陣形が崩れそうになる。

 そうはさせじと、こちら側も動いた。


 唾なんか吐くものか♪ 弱音なんか吐くものか♪

 やってみるか鍔迫り合い♪ 血反吐はくのはお前だぜ♪

 手を動かせなきゃ飯は食えぬ♪ 足を動かせなきゃ郷にはつけぬ♪

 だから人は足掻くのさ♪ 

 見ろよ天にはお天道様♪ 夜には綺麗なお月様♪


 円陣よりハンナが顔を出す。そして彼女が高く高くせり上がっていく。

 ハンナは、四つ這いになった獣の背に立っていた。。

 獣の背に乗った彼女を落とさぬように気をつけながら、獣たちは互いの背を相乗りして、櫓をどんどんと高くしていくのだ。

 その土台を守るは、クレイと多数の獣たち。

 玉座に鎮座する野の女王をまもる騎士のようにだ。

 女王は杖を高く掲げた。

 周囲より光球が集まり、杖を強烈に輝かせた。

 その光の強さは、攻め手の目を眩ませ思わず立ち止まらせるには充分な強さであった。

 後光の威を借りて、守り手が寄せる。

 火の粉を巻き上げ、何体かを散り散りの炭と化すのに成功した。

 だが、足りぬ。

 全てを打ち負かすには、まだ数が多い。

 味方の行く先を指し示さんと、前へと杖が突き出された。


 横を見わたしゃ相棒と♪ 前を臨めば未来が見える♪

 何を戸惑うことがある♪

 たとえずっこけ転ぼうともさ♪ 仲間と寝転びゃひと休み♪

 後ろを見たって何が見えるのさ♪ 仲間と共にさあ歩こ♪


 杖に収束されていた光が、一直線に放たれる。

 それは光の道を創った。

 アヤカシの本体がいる場所へと続く、光明であった。

 光の一閃を受けた木鞠の箇所が、ブスブスと焼け焦げている。

 巨体故に回避することは難しく、痛手を負ったようだった。

 触手も何本かは火を灯し燃え上がっている。


「行こう」


 クレイが剣を掲げた。

 行く先はあの道。真っ直ぐと一直線。

 燻っているアヤカシの元へと続く、光道へと走ろうと。

 そこに行かせじと、道の左翼右翼から、茂みが生え出る如く獣共の群れ。

 そうはさせじと、クレイを後押す左右で壁を成す獣の群れ。

 押し寄せる両脇をこちら側の獣たちが塞ぎ、先へ行かせようと奮戦する。

 その様子を見ながらクレイが剣を振った。

 光球が四散する。

 それは獣たちの四肢にまとわりつき、炎を灯した。

 しかしそれは本体を焼くこと無く、煌々と燃え続けた。

 獣が異獣を四肢で薙ぐ。

 すると炎は傷口を焼き一気に燃えひろがった。

 腐汁の一滴も残さぬようにと火勢を強めて燃え上がっていく。

 敵の業火と仲間の灯り。

 両に点在し始めたその光群は向こうの道へと続く街路灯のようにも見えた。

 クレイはその中を突き進んでいく。

 アヤカシと対峙するために。

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