第7話 山の中
「祝福と喚呼によって魔女と従士は旅立たれた! これより二人の栄光は始まるのでありました! おお! おお!しかし旅路は順調とはいかなかったのであります。なんたることか、魔女と従士のお二方は目測を誤り夜営することと相成りました。これは魔女と従士流の修行か、怠慢か。それともただの不孝なのか。後世の人はこれを如何思いなさるか。それはわたくしフライハイワードが記すこの文を読んで頂いて判断して頂きたい」
「その喧しい舌を黙らせろ。鍋敷きにするぞ」
「生憎わたくしは栞を持っていても舌を持つことは適わず。しかし火は大敵ゆえ、ここは言に従い言葉を抱いて閉じることと致しましょう」
悪態をつくクレイの目から身を守るように、フライハイワードは自らを閉じた。
そうやって黙っていれば品の良い蔵書のようだ。
だが開いてしゃべり出せばいちいち癪に障る。
大人しくなった奴から視線を戻し、クレイは火にかけた鍋へと再び手を動かした。
村を出てまだ一週間も立っていない。
ここまで宿場を経由してきた二人だったが、峠を越そうとした時で誤算が生じた。
本来なら山を下りて次の宿場へと辿りつくはずだったのだが、こうして夜を過ごすはめとなってしまったのである。
村周辺しか知らないハンナとクレイにとって、それ以上先の行程を考えるのは中々難しい。
それに子供の足と旅による少なからずの疲労。
計算が間違うのも仕方がないことである。
そして今二人は、こうやって山中にて夜を明かそうとしていたのであった。
「ごめんね、わたしのせいで」
テントの傍で火をくべハンナは暖をとっていた。
その火に鍋を乗せて食事を作るクレイの姿を見ながら、謝罪の言葉を口にする。
「別に謝ることじゃないさ」
具材をかき混ぜながら加減を確認し、鍋から視線を移さずにクレイは答える。
なぜハンナが謝るのだろうか。彼はそう思っていた。
正直自分も山を越せるだろうと高をくくっていたからだ。
彼女のせいでは無い。
しかし、ちらりと見たハンナの顔は物憂げであった。
「あの時、花に気を取られていたでしょう? それで遅れたのかも」
「それ気にしてたの?」
山道を歩くとき、彼女は意気揚々と目についた花々について色々と喋っていた。
それはクレイが知らないことばかりであった。
だからこうやって鍋に野草を加えることも出来たし、それについては問題視していない。
第一歩みを急かせようとしていたのなら、その時に注意している。
自分はハンナの知識に素直に感心していたのだ。責めることなどありはしない。
しかし、旅の序盤でつまずいたことは事実。
それを彼女は自分の失敗と捉えているのだろう。
なのでクレイは、あえてハンナの相槌は打たず話題を変えることにした。
「そういえばさ、それ凄いね」
「何が?」
急に問われハンナはキョトンする。
「それ、ハンナの鞄。何でも入るからさ、凄いなって」
「ああ、これ?」
クレイがお玉を鞄へと向けているのに、ハンナはようやく合点がいった。
そして嬉しそうに顔を微笑みへと変えてくれた。
「凄いでしょ。御祖母様のお古なの」
お古という言葉に忌避感はない。その口調には自慢が見てとれる。
確かに凄かった。
夜営をするために張ったテントや夕食を作るための調理道具。
それらは全て鞄から出てきた物である。
クレイが準備してきた物も、今や全てあの中であった。
おかげで出る時に家に引き返し、とりあえずと入れた物だってある。
クレイ一人ではとても持ち抱えられる量ではなかっただろう。
「うん、すごい。じゃあフレイさんが創ったの?」
「う~ん、どうなんだろう」
ハンナは首を傾げる。昔使ったことがあるとは聞いたが、作製したのかはどうかは聞いてなかった。
「でも御祖母様が携わっているわ、きっと」
フレイに対する全幅の信頼。それを彼女の笑顔に感じ、つられてクレイも笑みを浮かべた。
良い匂いが鼻をくすぐる。そろそろ料理も頃合いのようだった。
椀にスープを盛り付け、パンを半分ちぎって二人の器へと。
こうすれば固くなったパンも柔らかく、温かくなる。
肩を寄せ合うようにして互いに近づき、火元で二人は食事をとった。
野営だ。外は寒い。ましてや夜ともなれば尚更だ。
ぶるりとハンナが身を震わせたのを腕越しに感じたクレイは、纏っているマントをはためかせる。
大人用が幸いした。二人を包み込むのに充分な広さで、夜風を和らげるのに役に立った。
包まれるようにしてクレイとハンナがマントの中に収まった。
「ありがとう」
ハンナが微笑み、彼女が両手でもつ器の湯気がクレイの頬に当たる。
「どういたしまして」
クレイも微笑む旅の始めから風邪を引く訳にはいかない。
次に街に辿り着いた時は、野営用に毛布を手に入れよう。クレイはそう思った。
食事を取りながら口を動かせば、出るのは次の目的地の話題だ。
どうやらハンナは、そこで行きたい場所があるらしい。
「場合によっては少し留まることになるかも。いいかな?」
「別に僕は問題ないよ」
すぐに旅を急ぐより都合が良い。毛布の他も探せそうだ。
ふと上を見上げれば、ここも星空。
風は肌寒いけれども頭上は良い眺めであった。
「雨が降らなくて良かったね」
どうやら見上げていたことが、天気を気にしていると思われたようだ。
実際は違うのだが、これはハンナの言う通りだ。
「そうだね。街についたら雨具を買いそろえようか」
買い足す品が増えたことをクレイは胸にとどめ、あれこれと考える。
あれもこれもと用意はしてみたけれど、抜けが多いような気がする。
やはり未熟、ストゥンは何と言うだろうか。
「どうしたの?」
頭上を仰いでばかりいるクレイに、ハンナが尋ねてくる。
「ストゥンと……フレイさんはどうしているかと思ってね」
首を戻してクレイがこっちを見る。
見つめられてハンナは首を傾げた。
「どうしているか、なあ。うーん、御祖母様はいつも通りだと思うけど」
「いつも通りって、僕は知らないんだけど」
外で遊ぶときのハンナは色々知ってはいるが、フレイについては知らない。
魔女であること。ハンナの師匠であること。
それから、怒ったら怖い人ということくらいだ。
「家の中では僕と同じように修行しているって聞いたよ」
「うん、そうだよ」
「でも今はハンナがいないから修行してないんでしょ。なにやってるのさ」
「私が習ってない時と一緒だと思うよ。本読んだりとか、ただ静かに過ごしている時もあったわ」
ハンナが魔法を習ってないときは、書棚から色々本を読ませて貰っていたらしい。
それに書かれている内容について色々せがんだこともあったらしい。
「僕とおんなじだね」
「クレイも?」
「ああ、僕もストゥンに対してあれこれ聞いていたよ」
稽古のあとは何が悪かったのか、色々と尋ねたりしてた。
そして、それがないときは過去の話。ストゥンが旅をしていたときのことを聞いてたりもした。
「私も!」
ハンナがその話題に食いついてくる。
どうやら彼女も、過去の旅話については興味があった模様だ。
ストゥンとフレイ。
あの二人の旅路と同じ行程になどなるわけがない。
それに、あの二人と同等の実力を持っているなどと思ってもいない。
でも、とクレイは思う。
同じマントにくるまりながら、こうやって話題に花を咲かせ笑うハンナ。
彼女といれば旅の不安は感じない。
なんだかうまくやっていけそうな気がする、クレイはそう感じていた。
ストゥンには根拠の無い思い込みと忠告されそうかな。
そうも思い、口元が緩んだ。
魔女と従士。この肩書きは二人が思っているよりもきっと、ずっと重い。
師の名を汚すようなことは行なわないようにしないと。
ハンナと談笑しながら、クレイはそう思った。
話が弾めば食も進む。
おかわりしようと鍋に手を伸ばしたクレイ。
その動きが不意に止まった。
「クレイ?」
挙動にハンナも気づく。身体は止まったまま、目は先の闇へと注がれている。
いつしか手はお玉ではなく、武器のほうへと伸びたまま。
するりと、ハンナの身体からマントが抜けた。
クレイが彼女を庇うように前へと出たのだ。
それから暫く。
クレイが見つめていた先の闇。
焚き火に照らされたこちらへと、ぬっと姿を現したのは人であった。
大人。男性。
旅装には楽器も見える。吟遊詩人であろうか。
詩人は二人を一瞥すると、にこりと微笑んだ。
「いやあ良かった。火の灯りに誘われみれば、やはり人でありましたか」
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