第5話 ハンナとクレイ
二人は周りからくる注目を一身に浴びていた。
それもそのはず、二人は広場の中心に移動していたからである。
旅立つ前に魔女と従士がその技量を披露してくれるというから、村人たちはワクワクしていた。。
フレイとストゥンが魔女と従士だったことは、皆が知っている。
だが二人は旅の話を聞かせてくれるばかりで、その腕前をおおやけの場で見せてくれることはなかった。
ハンナとクレイも、二人の弟子のようなものだが、言いつけを守っているのかやはり見せてくれたことはない。
それが今、公開してくれるというのだ。
皆が色めきたつのも無理はないことであろう。
周りの視線を感じながら、ハンナが杖をぎゅうと握りしめた。
「なにか緊張するね」
ハンナは今までにこれほど大勢の前に立つことはない。
少女が大人たち大勢に取り囲まれるのは緊張するのも致し方なし、クレイにも声をかけるが相方は落ち着いた様子だった。
「冷静だね」
「そう見える?」
「うん。少なくと私よりずっと落ち着いてみえる」
クレイは同じように注目を受けながらも、どこ吹く風といった感じだ。
「まあ、腕前を見せるだけだしね」
彼女には冷静と言われたが、クレイは自分が昂ぶっていると感じていた。
クレイが目を向けた先。そこにはストゥンがいる。
師を前にして行なうのだ。自然と気分が高揚する。
今のクレイに村人達からの視線は気にはなっていない。
「ハンナは緊張してるの?」
「……うん、だいぶ」
声をかけられた彼女は、申し訳なさそうに首を縦に振る。
祖母から素質を見こまれ、魔女としての素行を一通りは身につけたつもりだ。
だが知識と経験は違う。
もし失敗したらと思うと身体が縮こまってしまう。
ハンナは多感な少女なのだ。まず失敗が先に出る。
「クレイは失敗したらどうしようって思ったりしないの?」
今ここにいても四方から視線を感じる。
その好奇の視線が落胆に変わったら……そう考えるだけで震えてしまう。
なにより、自分だけならまだしも祖母の名誉を傷つけてしまうことにならないか。
ハンナはそれが気がかりだったのだ。。
「失敗かぁ……」
クレイはそういえばそうだなと頭を掻く。
クレイ自身は失敗の可能性を先ほどまで考えていなかった。
ストゥンの前でうまく出来るかどうかと思っていたが、村人たちのことは完全に抜け落ちていた。
まあこうやって考えることが出来ているのも、先ほど彼と会話していたからである。
いきなりやれと言われたら、自分も緊張していたことだろう。
「まあ、自分も実戦は初めてだからね。失敗するかもしれないね」
「じゃあなんで落ち着いていられるの?」
ハンナは不思議に思いながら尋ねた。
「別に失敗してもいいからさ」
あっけらかんと答えられて、逆に言葉に詰まる。
「僕はストゥンに揉まれている時に、あれこれと駄目だしされてたさ」
クレイが過去を振り返って語る。
ストゥンから学んだことを身につけるのに、失敗した数は両手の指では足りないくらいだ。
だが怒られたことはない。ストゥンはただ悪い箇所を諭してくるだけだった。
おそらくストゥンは、今この場所で成功しようが失敗しようが叱責することはないだろう。
「それでもストゥンは教えてくれるのを止めなかったし、僕も途中で投げ出さなかった。ハンナはどうだったの?」
問われてハンナも記憶を振り返る。
目の前の彼には話したくないくらいの失敗はある。
素質を見こまれ祖母の後を追うと決意したが、歩みは順調ではなかった。
それでも教えは何とか身につけてきたつもりではあるとは思う。
「ちょっと考えを変えようか」
「変える?」
「失敗するのが今の自分たちだってこと。それならさ」
クレイは微笑んだ。太陽みたいな笑顔。
夜風が少し冷たく感じる今の場で、それは輝いてみえた。
「うまく出来たらさ、それって凄いってことだよね。なんかワクワクしてこない?」
ワクワクする。
行動する前に考え込んでしまうハンナにとっては、難しい感情だ。
目の前の危険に対処するために知恵というものがある。
一寸先の闇に足を踏み入れるのは、誰にだって恐怖だからだ。
だが。
思考の沼に陥って足を踏み出せないのもまた、愚かなのではないだろうか。
ハンナは祖母の言葉を反芻する。
『言葉を鵜呑みにしない。何故なのかを考えなさい』
何故、自分たちはこういうことになっているのか。
改めてハンナは思い返してみた。
それは、村人達が歓迎の宴を開いてくれたからである。
何故、村人たちが宴を開いてくれたのか。
それは、祖母やストゥンに対する敬意、魔女と従士に対する歓迎の宴だからだ。
私とクレイは何者か。魔女と従士である。
魔女と従士とは。
旅を通じて経験を知識とし、この世の理に通じる者。
魔女はその理念を人々のために捧げ、従士はその理念を助ける。
フレイとストゥンはかつて魔女と従士であった。
ならば、その二人から自分たちはふさわしくないと否定されたか。
違う。
断じて違う。
祖母に未熟さを叱られたことはあっても、失格の烙印を押されたことは断じて無い。
ストゥンがクレイを罵ったところなど見たことがない。
改めて周りを見渡せばストゥン、そして祖母であるフレイの姿が確認出来た。
目と目が合う。するとフレイが微笑んでくれていたのがはっきりとわかった。
いつもそうだった。
教えてくれた時、叱られた時、過去話をしてくれた時。
祖母はいつだって優しく、自分を導いてくれた。
すぅーっとハンナが深呼吸する。
いつの間にか震えは止まっていた。
自分を良く見せようとする気持ち。それがハンナの中で小さくなっていた。
代わりに別の気持ちが大きくなっていく。
それはやる気。
祖母の、ここにいる皆のために披露して見せようという克己心。
失敗しても良い。ありのままの自分を見てもらおう。
そう思い直したのだった。
「私、うまく出来ないかもしれない。それでもクレイはつき合ってくれる?」
ハンナの言葉にクレイは力強く頷く。
何を今更、といった風に返事する。
「もちろんさ。だって僕はハンナの従士だからね」
さも当たり前のよう。そんな態度が嬉しかった。
「じゃあ、まず僕がいこうか?」
「先にクレイからね。わかった、お願いするわ」
お互いに確かめ合い、周りのみんなへと向き直る。
二人が立って暫くの時が過ぎていた。
いまだ始まらないショーに、野次や軽口を飛ばす者もいる。
だがそんな歓声も気にならない。観衆の前へとクレイがまず踏み出した。
その手に持つのは木剣。
ところどころに穴が空いた、素朴さ溢れる剣だ。
それを袈裟に振り下ろすと穴を通りぬけた空気が震え大きな音が出る。
まるで遠吠え。唸り声。
その声に圧され、周りが息を飲んだ。
次にクレイが剣を真っ直ぐに突き出した。
剣先は聴衆へと。
月明かりと篝火に照らされながら聴衆へと向けられた。
そして、それがゆっくりと持ち上がる。
剣を突き上げるのは天に輝く月を指し示すためか。
それとも、自らを顕示するためか。
少年は何も語らない。
ただ、夜空の星々と月明かりを受けながら、動き出す。
月光を浴びて衆人のもと、魔女に見つめられながら。
クレイはただ、静かに舞いを開始したのだった。
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