第4話 歓迎の宴

 辺りはすっかり暗くなり、空には星が輝いていた。

 もう夜である。

 ハンナとクレイはまだ旅だってはいない。

 村の広場で、村人達と一緒にいた。

 あちこちに篝火が焚かれ、置かれたテーブルには料理が並んでいる。

 人は適当にそれに手をつけながら、歓談を楽しんでいる。

 その集団の中に、ハンナとクレイの二人もいた。


「準備ってこういうことか」


 果汁を混ぜた水を飲みながら、クレイは辺りを見回した。

 人々の楽しむ様子はまるで祭りのようであった。

 そこには湿っぽい空気はない。皆思い思いに楽しんでいた。

 人数にいきわたる料理の数々は、とても一昼夜には用意できそうもない。

 おそらく自分たちが出発する日にあわせて、歓迎の場を設けようとしていたのだろう。

 村人たちに挨拶をすませようとした二人は、促されるままにこうやって宴の場へと案内されていたのである。

 その熱気を肌で感じながら、クレイは胸のわだかまりを水を飲んで流しこんだ。


「ふてくされた顔をしてるな」


 クレイの側にストゥンがやってくる。彼の顔はいささか紅潮していた。

 その杯からもアルコールの匂いを漂わせていた。

 彼はいささかご機嫌のようであったが、クレイは違ったようだ。

 不機嫌を隠さずクレイは呟く。


「だってこれ歓待の席だろ? 主役は誰だと思ってるのさ」


 ぐびりと杯に残ったものをひと息に飲み干す。

 周りを見渡せば人、人、人。

 おそらく村中が集まってくれているのだろう。

 それゆえにクレイは不満だった。


「みんな勝手に騒いでない? 僕らはいったいなんなのさ」

「若えな。お前らを肴に騒いでるのさ、それじゃあ駄目か?」


 クレイは口をつぐむ。

 宴が開かれた時、同年代から大人まで色々な言葉をかけられた。

 その祝福の言葉をかけられたのは悪くない気分だった。

 しかしそれもつかの間、今はみんな思い思いの場を楽しんでいる。

 それがクレイには不満なのだ。


「初めから終わりまでちやほやされてないと駄目か?」

「……そんなんじゃないけど」


 そんなのではない。

 そんなのではないけど、このモヤモヤをどう説明するべきか。

 答えようのない不満が今の彼にはあった。

 ストゥンが言うように、これが若さというものなのだろうか。

 今のクレイにそれをうまく説明出来る言葉は思い浮かばない。


 見れば今もハンナは、他の子供だちと楽しそうに会話している。

 同年代の少女たち。

 その子たちもハンナも、遠目で見ても楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

 ふてくされているのはおそらく自分だけだ。


「なあに、ハンナと一緒に功を立てて帰ってくればいい。お前にはそれが出来る」


 ストゥンが代わりをクレイの器へと注いでくる。

 クレイは黙ってそれの口をつけた。


「出来ないのか?」

「……出来るさ」


 ハンナを守る。そのことに嘘は無い。

 だがこの喧騒に、自分一人だけ取り残されているような感じがする。

 その疎外感が嫌だったのだ。

 ぐっと、一気に飲み干しクレイは息を吐く。


「じゃあいいじゃないか。そん時は嫌でもみんな歓迎してくれるだろうよ」


 横目で気にかけながら教え子をなだめようとするが、クレイはまだ不満げのようだった。

 ふむ、とストゥンも杯をあおった。

 周りと、クレイに視線を戻して彼は言った。


「なら、見せるか?」

「なにをさ?」

「連中が放っといて騒いでいるのはお前を小僧と思ってるからさ。でも違うだろ?」

「違うよ、僕は……従士だ」


 従士となるために様々な稽古をつけてもらったのだ。

 ただの村の小僧と侮って貰っては困る。

 自分は、それなりに努力をしてきた……と、思う。

 少なくともクレイはそう思っていた。


「なら、見せれば良い。成果を見せなきゃ周りはただのクレイ、棒きれ持ってはしゃいでる小僧の姿しか知らねえよ」


 いつの間に用意していたのであろうか、ストゥンが何かを渡そうとする。

 それは棒きれではない。それはクレイが稽古の時に使っていた木剣だった。


「従士がなんなのか、奴らに見せつけてやれば良い。ただの小僧じゃないってことをな」

「百聞は一見にしかず?」

「おう。良く覚えているじゃねえか」


 バンバンとクレイの背中を叩き、ストゥンは笑う。


「宴の余興にやってやれ。お前さんをよ」

「余興てのが気に入らないけど、やってみるよ」


 確かに稽古は人前で見せたことはない。

 狩りで大人の後をついていったことはあるが、一緒にいない者からはただの荷物持ちにしか思われてないだろう。

 大人たちは知り合いと雑談している。

 自分の姿を見れば手を上げたりもしてくれてるが、それだけだ。

 彼らの中では、子供がしばらく村を出る、その程度の認識なのだ。

 クレイは、そういった集団からハンナの姿を探した。


 彼女の姿はすぐに見つかった。

 同年代の少女達とまだ話して囲まれていたからだ。


「それにな」


 彼女の元へと行こうとしていたクレイの背に、ストゥンの声がかかる。

 振り向いて見るストゥンの顔は優しげだった。


「俺にな、みせてくれねえか。さすがストゥンの弟子、あれが従士って奴をよ」

「うん、見せてあげるよ。ストゥンに。教えられたことをさ」

「おう。出かける前に修行の成果を見せてくれ」


 ストゥンにむかってクレイは微笑み返す。

 そこには先ほどの鬱屈した表情はなかった。剣を抱えハンナの方へとむかっていく。


 少女たちの方へと、クレイが去って行く。

 そしてハンナと少女たちへと割り込むように、少年は何事かを話していた。

 その様子をじっとストゥンはみつめていた。

 やがて集団からハンナとクレイが離れていく。

 その二人にむかって、ストゥンは杯を捧げた。


「頼んだぜ、後継者」


 呟くように言ったその言葉は、誰にも届いていない。

 喧騒から離れて独り、代わりをまた杯に注いでストゥンは一気にそれを飲み干した。

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