第3話

 高校を卒業し、大学2年になった頃、中学の同期会の案内が来た。

 美術部で仲が良かった玖美子くみこから「行ってみない?」と誘われ、行くことにした。

 もしかしたら、彼も来るかもしれない。

 そんな期待をほんのり抱いていたけれど、会場をどれだけ見回しても、彼の姿はなかった。

 同期会の幹事の一人で、小学校が一緒だった木村くんが、ワインのボトルを持って私達に近づき「楽しんでる?」と赤ら顔で言った。

 玖美子はすかさず、彼は同期会に来ないのか、といた。

「あ~なんかどこかに留学したまま、ずっと海外にいるみたいで、連絡とれなかったんだ。もし今後、彼の連絡先がわかったら教えて! 次は絶対に呼ぶから」

 そう言うと木村くんは、私たちのグラスにワインを注ぎ、隣のテーブルに挨拶に行ってしまった。

「残念だったね」

 そう玖美子に言われ、「なんで?」と驚いたけれど、どうやら玖美子はとっくに、私が彼をずっと好きなことに気づいていたようだった。

「あれだけわかりやすく見つめてたらね」

 きっとみんなにも、同じように私の気持ちは筒抜けだったのだろうと思うと、今更ながら恥ずかしさで消えてしまいたくなった。


 この日、彼とは会えなかったけれど、同期会の幹事だった木村くんに、実はずっと好きだったと告白された。中学のときは、私が彼をずっと目で追っていたことを知っていて、告白することすらできなかったそうだ。

「もし今フリーなら、お友達からよろしくお願いします!」

 酔った勢いもあったのだろうけど、「じゃあ……友達から」と私は応えた。彼のことをまだ完全に忘れたわけではなかったけれど、木村くんの真っ直ぐな気持ちに応えないのも、どこか不誠実な気がしたのだ。

 そんな感じで始まった私達の関係は、本当にトントン拍子に、結婚の話までいってしまった。

 玖美子から聞いた話だと、木村くんは同期会の幹事を引き受けた時に、私のために、彼の行方をけっこうしっかりと探してくれていたようだ。自分の好きな人の好きな人を必死に探してしまうなんて、お人好しにも程がある! そう思いながらも、胸の奥がじんわりと温かくなった。私は木村くんのそんな不器用な優しさに、どんどん惹かれていったのだ。


 木村くんは、彼のことが好きだった私を、まるごと受け入れて好きになってくれた。

「不思議なやつだったよな」

 と時々彼を懐かしむようなことも言う。

「あいつとは小学校の3,4年でクラスが一緒で、中学になってからもそんなに話したことないはずなんだけど……気の合う仲間、みたいな雰囲気を感じていたんだ。まあ、顔も人当たりもよかったから、あいつが醸し出してる雰囲気ってだけなのかもしれないけど」

 横浜の港を二人で歩きながら、そんな思い出話をしていた。

 ちょうど夕暮れ時で、海に沈む夕日が美しかった。


 空が深いオレンジ色に染まり、太陽がゆっくりとその姿を消していく。その光景を眺めながら、私はふと、あの日、夕日を背に微笑んでいた彼の姿を思い出し、どこか切ない気持ちが胸の奥にじんわりと広がる。その切ない気持ちを丸ごと包み込むように、太陽の光が私達を温かく照らす。

 木村くんがそっと繋いでくれた手の温かさが、過去から今へ、私を優しく引き戻してくれた。木村くんの存在が、私の中で徐々に日常を彩るようになっていた。


 私が夕焼けに見とれていると、木村くんが写真撮ろうか、とスマホを取り出し、夕日を背に二人並んだ。木村くんはスマホを持った手をぐいっと伸ばす。

「ありゃ。ボケちゃった。ごめんもう一度……」

 再びぐいっと腕を伸ばす。

「ふふっ、木村くん、半分写ってない」

 そんなやりとりをしていると、「写真、撮りましょうか?」と中高生くらいの女の子が声をかけてきた。

「あ、お願いできますか? ありがとう」と、木村くんがスマホをその女の子に渡す。

「こんな感じに撮れました。どうですか?」と彼女は撮った写真を木村くんに見せる。その瞬間、女の子の胸元に輝くしずく型の青い宝石が目に飛び込んできて、胸の奥がきゅっと締め付けられた。

 それは、かつて彼がつけていたペンダントと同じ色合いで、瞬時に彼の姿が脳裏に浮かんだ。同時に、夕暮れの中に消えていったあの日の記憶が鮮明に甦る――あの時と同じ夕日が、今も私たちを包んでいた。


「アクアマリンです。私の誕生石なの」

 私がペンダントをじっと見つめていたことに気付いた女の子が、そう教えてくれた。


「おーい、みらい、行くぞ」

 父親に、そう声をかけられて、その女の子は「お幸せに」と私達に笑顔を見せ、父親のもとへ駆けていく。

 こちらに向かって軽く会釈した父親と、楽しそうに話しながら並んで歩く、その女の子の後ろ姿を見ていたら、これから先の私の未来も、あんなふうに幸せなものになるような気がして、隣の木村くんに微笑んだ。


 大丈夫。私は前に進んだよ。


 心の中でそう呟くと、夕日に溶けていった彼の微笑みが、遠い記憶の中でそっと輝く。

 あの日、夕焼けを背に微笑んだ彼は、「さよなら」を告げに来たんじゃない。

 きっと、私の幸せを願ってくれたのだ。


 ありがとう。

 あなたも、どうか幸せでありますように。

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あの日、さよならをくれた君へ くみた柑 @kumitakan

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