10.大好きな幼馴染み

「雨ですね」

「雨だな」


 雨が降り続いて今日で三日目。

 私の思いも虚しく、サルガス王子が帰った夜には本降りとなってしまった。


 あの雨で亀達は土に還ってしまったことだろう。

 今はもうあの夜ほどの勢いはないが、森に行くことは叶わない。


「明日には止みますかね〜」

「今度晴れたら幼馴染が遊びに来るんだったか」


 王子が来た日の翌日、一通の手紙が届いた。送り主は幼馴染みのイヴァンカとギュンタ。


 彼らもまた王子の突然の来訪に驚いていたらしい。

 サルガス王子が来ている間、二人で何事かとソワソワしていたのだという。


 邪神については伝えていないようなので、目的が分からないのも無理はない。

 手紙にもなぜマーシャル王子ではなく、サルガス王子が? と書かれていた。

 親達は何も教えてくれず、すぐにでも駆けつけたいところを雨のせいで! と、文には苛立ちが滲んでいた。それに早く私の相棒にも会いたいとも。


「ルクスさんに興味があるみたいですよ」

「ウェスパルが心配なんだろう。いい幼馴染を持ったな」

「本当に優しくて、一緒にいると楽しくて……。失いたくないです」


 イヴァンカとギュンタは乙女ゲームには登場しない。

 ゲーム版ウェスパルの隣にいるのは彼らではなく第二部の攻略者達である。


 何かしらの理由で他の学園に通っていたとかなら全力で応援するところだが、残念なことに亡くなっている。


 闇落ち回避と同時に二人の死亡フラグもバッキバキに折ってしまいたいところだ。


 ゲーム内では二人の死因は明らかにされていないが、死亡時期ならある程度絞れる。


 鍵となるのは第二部の三人目の攻略者、私のお兄様の親友の弟こと、ロドリー=タータス。彼と出会うタイミングが重要になってくる。


 そもそもロドリーの兄と私の兄が仲良くなったのは学生時代。

 ライバル関係にあった二人は三年間共に切磋琢磨しあい、互いの実力を認め合って親友となった。

 そして自らの弟と妹を紹介するに至るわけだが、ロドリーがウェスパルに出会った時点では幼馴染は生きている可能性が高い。


 断定情報ではないが、出会った頃の彼女は……と比較していたことからおそらく。

 彼がウェスパルに入れ込む理由も幼馴染を立て続けに亡くしているからだった。


 また、私がロドリーと幼馴染みの死のタイミングが関連していると考えるのにはもう一つ理由がある。


 ロドリーは名前に鳥と入っていることや髪の色が黄色と緑であること、ウェスパルやヒロインに歌を贈ることなどから、モデルはカナリアではないかと言われている。


 カナリアといえば愛玩動物として有名だが、かつては炭鉱で危険を察知する役目を担っていたこともある。そこから生まれた言葉が、炭鉱のカナリアーー意味は危険が迫る前兆。


 それにファドゥール領にはいくつもの鉱山がある。

 過去、ファドゥール鉱山でガス中毒が起きたという話は聞かないが、鉱山というワード自体がファドゥールを指しており、ロドリーはファドゥールで起きるなんらかの出来事を察知していた、と考えられなくもない。


 考え出せばキリがないが、このゲーム、名前の由来があるキャラは大抵なんらかの意味があるので油断はできない。ただ鳥っぽい髪型と行動をするだけならそれでいい。用心したが無駄になったと笑い飛ばすことができるのだから。



 ロドリーとウェスパルが出会うのは兄達の卒業後。

 そして従兄弟ルートで『ウェスパルは幼馴染と一緒に入学するはずだった』とあったことから二人とも入学前に亡くなっていることがわかる。


 つまり二人の死亡時期は、兄達が卒業する三年後から私達の入学までの二年間。


 現状、期間を絞れるのはここまで。

 ロドリーとの出会う季節なども絞れればいいのだが、さすがにそこまでの情報はなかった。


 なのでロドリーのことは嫌いではないが、入学前に最も出会いたくない人物NO.1にランクインしている。


 嫌味な令嬢達やヒロインよりも会いたくない。だが私が意図的に出会いを遅らせても意味がない。彼はあくまで指標に過ぎない。


 私が彼と会うことを拒むことで時期が絞れなくなることの方が問題だ。


 会いたくない。

 けれど会わなければいけない。


 死神のようで、ヒントをもたらす神でもある。

 なんとも厄介な存在だ。



「まだ三年は猶予があるのだろう。そう難しい顔をするな」

「難しい顔なんてしてませんよ」

「してるだろ。全くお前は難儀な運命を背負ったものだな」

「それでもチャンスがあるだけありがたいです。ああ、早く会いたいな〜」


 空を覆う灰色の雲が恨めしい。

 風魔法でピュゥッとどこかに飛ばせたらいいのに……。


 そうしたら二人を待つことなく、こちらから迎えを出そう。

 いきなりだって言われそうだけど、二人ならきっと笑って許してくれるから。


『雲よ、吹き飛べ〜』なんて外に向かって指を振る。

 するとちょうど指の先っぽ辺りにポツンと黒い物体が見えた。


 雨なのでよく見えないが、先ほどまでこんなものはなかったはずだ。

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