11.傷んだ髪とアップルパイ

「ルクスさん、ルクスさん」

 窓から視線を外さずに手招きをする。

 本を読んでいたルクスさんは大きなあくびをしながらノロノロと飛んでくる。


「我の力でも雨はどうしようもないぞ」

「違います。この点、なにに見えます?」

「点? どれだ……って、この前の馬だな」

「この前のってことは、ファドゥールの馬車? え、なんで?」

「帰り際に林檎の話をしていたようだから持ってきたんじゃないか? 後でキッチンに林檎を催促に行かねば」

「客間の声まで聞こえるんですね」

「外で話していたものだが?」


 耳良いな。羨ましい。


 それにしても林檎を持ってきてくれるのか。

 皮を剥いてそのまま食べるのも、芋と合わせて食べるのも良いけど焼き林檎や林檎のコンポートもいい。コンポートはクレープに載せたり、アップルティーもいいかも!


 でもやっぱり林檎のスイーツと言えば私はアップルパイを推す。

 アップルパイは焼いたものか揚げたものかで好みが分かれるところだと思うが、私は両方あり派だ。

 パイシートで揚げたのも、余った餃子の皮で揚げたのでもどっちでも良い。


 焼きアップルパイならイヴァンカが焼いたパイが絶品なんだよな〜。

 ああ、想像したらよだれが垂れてきた。


「なんだか一人だけ楽しそうだな。何を想像していたんだ」

「林檎について少し」

「それは今後のおやつに活かせそうか?」

「今週のおやつが林檎尽くしでも飽きませんよ!」

「美味いもんな、あの林檎」

「美味しいですよね、ファドゥールの林檎」


 揃って空想に浸っていると、馬車が到着する。

 そしてそのままドドドと走るような音が続きーーん? 走る音? もしかしてまた王子が来たんじゃと身構えた時だった。


「ウェスパル! 元気にしてる〜?」

「イヴァンカ!?」

 勢いよくドアを開け放ったのは幼馴染のイヴァンカだった。その後ろには見慣れた緑頭が見える。


「俺もいるぞ」

「ギュンタまで! え、なんで? だってまだ雨降ってるのに」

「心配で来ちゃった」


 へへへと笑うイヴァンカ。緩んだ頬が大変可愛らしい。


 そしてギュンタはと言えば、真剣な表情で私の髪を吟味している。

 いつも通り、指通りと髪質、それから香りまで確認して、顔をしかめた。


「やっぱり傷んでるな。王都から帰ってきてすぐ会えれば良かったんだが」

 やはり王都用の石けんも開発するべきか? だが気候の違いのデータやサンプルが足りないし……とブツブツと呟いている。


 どうやら会わない間に私の髪はかなり傷んでしまったらしい。

 ギュンタは前々から王都との気候の違いに関心を示していたので、早めにチェックできなかったことが悔しいのだろう。


「ギュンタ、考えるのは後にしてちょうだい。私ね、アップルパイを焼いてきたの。お父様からドラゴンさんはうちの林檎が好きみたいって聞いたんだけど、良かったら一緒に食べない?」


 掲げられたバスケットからは美味しそうな香りが漂っている。

 つい先ほどまで想像していたイヴァンカお手製アップルパイだ。


 一瞬おさまっていたよだれが再び押し寄せる。けれど今度は一人ではなく、ルクスさんも一緒だ。


「食う!」

 目を輝かせて尻尾まで振っている。


「反応が良くて嬉しいわ〜。お茶は後で運んできてくれるそうだから、先に切って待ってましょ」

「そうだ、ドラゴン! ドラゴンの方も俺の石けん使ってるんだよな? 鱗触っていいか?」

「茶が来るまでなら許そう」

「おお〜すべっすべ。艶がいいのは元から?」

「風呂に入るようになってからますます出てきたわ」

「そっかそっか〜。俺、ドラゴン用って作ったことないんだけど、人と同じので大丈夫そう? 鱗の間に石けんのカスが溜まりやすいとか困ったことない?」

「今のところ不便はない。香りも満足している」

「今日持ってきたのはまた違う香りだから感想聞かせてよ」

「うむ」


 美味しいアップルパイに加えて、鱗まで褒められてルクスさんはご満悦である。


 今、ルクスさんの中でイヴァンカとギュンタの二人の株価は急上昇していることだろう。それも私の話を聞いた時以上に凄まじい速度で。


 興味を持ってもらえただけでも嬉しかったが、やはり実際会って気に入ってもらえると、やはり嬉しさもひとしおだ。



 薬草茶とポットを運んできてもらい、お皿にアップルパイを取り分ける。


 ルクスさんは小さめのものを二つ。

 合体させると一番大きいので、ますます機嫌が良くなっていく。持ちやすいサイズにしてくれたという気遣いも嬉しいのだろう。

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