「先輩、そろそろ」


 時間は瞬く間に過ぎ去り、出航まであと十分ほどとなっていた。高遠さんは、長くつらい話を終え、すっかり放心しているようだ。


「もうそんな時間か。よしアオイ、俺は支払いをして追いかけるから、高遠さんの荷物を持って船に向かえ。お前の荷物は任せろ」

 そう言うや、伝票を握って三輪さんは立ち上がったが、勢い余って天井からぶら下がったペンダントライトに頭をぶつけている。辺りにはカーンと間抜けな音が鳴り響いた。


「え、ああいや、私の分は私が」


 高遠さんの目にも光が戻ったようだ。


「いえいえ、船酔いに苦しむ後輩に良い店を紹介いただいたお礼です。まあこれで貸し借りなしということで、この先の島暮らしでは仲良くしてやってください」


 照れ隠しにウインクする先輩は、まあ良い男に見えなくも無い。ここで伝票の取り合いをしては、せっかくの格好つけが無駄になる。


「さあ高遠さん。行きましょう。お金は気にすることないですよ。お馬さんが稼いでくれた泡銭ですから」

「お馬さん?」

「競馬ですよ、け、い、ば」

「まあ」


 高遠さんが、手を口元に当てて驚く。表情も少し緩んだようだ。


「こらアオイ、余計なこと言うんやない。お前の分は出さへんぞ」


 悪態をつきながら、ズカズカとレジへと進んでいく。ちゃんと支払いはしてくれるようなので、気の変わらないうちに、さっさと出ていくこととしよう。カウンターではちょび髭のマスターが手を振ってくれている。

 カララーン

 来た時と同じように、カフェブルームのドアは、気持ちの良い鈴の音をたてて開く。外に一歩踏み出せば、モワッとした熱く水気のある空気がまとわりついてきた。それにしても良い店だった。帰りにこの3人で、またこの店に来れたら嬉しいな。次はロコモコセットを食べるとしようか。

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