大風島行きの連絡船「おおかぜ丸」は、僕たちを乗せて定時に出航した。先ほどのフェリーも小さいと思ったが、「おおかぜ丸」の小ささは正直、動揺するほどである。三輪さんと高遠さんは見晴らしの良い二階客室に向かったようだ。僕は先ほどもらった薬をペットボトルの水で飲み込むと、一番下の船室に降り、床に寝そべって無念夢想を決め込んだ。


 「おおかぜ丸」は非常に大きく揺れた。出航直後に、何度か吐き気がきたことを覚えている。しかし記憶はそこまでだ。薬の効果もあったのだろうか? スイッチが切れたかのように僕は二時間近く気絶していたらしい。ふと気がつけば、波音もエンジン音も静かになり、船はゆっくりと進んでいるようだった。

 ふらふらとデッキに上がって行けば、手すりに肘をかけて三輪さんが海を眺めていた。無言で指差す先に目をやると、思いがけず巨大な陸地が広がっている。どうやら、船はもう島の湾内に入っているらしい。小さいながらも港の施設や、いくつかの建屋が見えた。


「あれ、高遠さんは?」

「彼女なら客室の座席で眠ってはるわ。しかし結構揺れたな。お前は大丈夫やったんか」


 僕は両手でバツを作り、気絶した真似をした。先輩は肩を揺らし、声を出さずに笑った。 

 ズンッと腹に響く衝撃を感じたところで、船は無事に大風島に到着したようだ。下船作業は慌ただしかった。どうやら「おおかぜ丸」は、この島に滞在することはなく、親頭島へ向かう人と荷物を乗せたらトンボ帰りですぐ出向するらしい。おぼつかない足取りで桟橋を渡るが、どうやらこの船に乗っていた旅客は僕と三輪さん、それに高遠さんの三人だけのようだ。ただし荷物は多いようで、大きなコンテナがクレーンで降ろされている他、バケツリレーのように段ボール箱を運ぶ人たちが忙しなく動いている。


「長い旅でしたね。この島でのお二人の宿はどちらですか?」


 少し疲れた顔で、高遠さんが僕に聞いてきたが、あいにく僕の方はノーアイデアだ。旅の全ては三輪さんに任せてある。もの問い顔で背に高い先輩を振り向けば、


「ペンションいさり火いう宿ですわ」


 相変わらず奇妙なチャンポン関東弁で話すつもりか、この人は。それに気づいてかどうか、高遠さんはおかしそうに笑っている。やはり彼女には笑顔が似合う。


「いさり火でしたら、私たちと同じですね」

「ああ、やはりそうでしたか。あそこが一番、例の海岸に近そうだったんで……」

「そうですね。いさり火さんは二年前にも泊まった、私たちの会の定番の宿です」


 三輪さんは、クルミさんのご両親に話を聞きに行ったと言っていた。それならばその宿も、知っていて決めたのだろう。


「いさり火はこの沖ノ港の街じゃなく、島の反対側の日ノ出港の集落にあるんです」

「島の北の方ですよね。もう誰も住んでないと聞いてますが、やはり遠いんですか?」

「道は舗装されてますがアップダウンが大きいので、歩くと三時間でも苦しいかも」

「え、そんな遠いんでっか?」


 おいおい三輪さん、驚きで関西弁キャラに戻ってますよ。それにしても、徒歩三時間とは、山小屋へ行くみたいじゃないか。


「あ、登山家のお二人ならもう少し早く行けるかな? でも普通は遠すぎるので、港には宿の方が車で迎えに来てくれているはずです。車なら三十分くらいですから」


 そう言って彼女は、ピンクのキャリーバッグをゴロゴロと転がし歩き始めた。その先は、この港を使う人たちのための駐車場らしい。数台の軽トラックやバンが停まっていた。

 背後で一際大きな振動音が鳴り響いた。船を振り返ると、先ほどのコンテナがコンクリートで覆われた地面に降ろされたようだ。

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