第5話

 釣りをした次の日の朝から雨が降り始めた。ざあざあと激しい雨である。

「今日は雨だねえ」

 祖父がお茶を飲んでいる。そして、一言。

「川には近づいちゃいけないよ。こういった雨の日の川は本当に危ないから」

「分かった!」

 昨日の夕飯は本当においしかったのを思い出す。サンマ寿司というものが食卓に出たのである。サンマ寿司とは、酢飯の上にさばいたサンマを乗せた寿司のことを言う。サンマも甘酢でちょうどよいおいしさだった。

「昨日食べたサンマ寿司おいしかったねえ」

「蒼くんたら、たくさん食べてくれるから作りがいあるわあ」

 と言って、おほほと笑っている。僕は、

「えへへ」

 と頭をかいた。

「昨日釣った魚って土間にあるんだよね」

 あぐらをかいて新聞を読んでいるおじさんが、

「おう、土間に青いバケツあるでしょ。そこに入れているよ」

「ちょっと見てくるっ!」

 祖父が、

「外には出るなよ」

「分かった」


 部屋を出て土間に出る。そこにはトラクターなどやクワなど農機具が置かれていた。青いバケツは端っこにちょこんと置かれていた。上に網がかぶせられていた。網の上からバケツの中をのぞき込むと何匹もの魚が泳ぎまわっていた。魚の表情を眺める。

「魚、魚、僕はお前を食べちゃうんだよ」

 しばらく魚を見ていると、

「やあ、元気かい? 都会の子蒼くん!」

 その声はと思って声のした方を見ると、やっぱり麦わら帽子をかぶったタヌキの子だった。

「タヌキチ!」

 タヌキチは傘を持って外に立っていたが、やがて傘をたたんで入ってくる。傘からぽたぽたと雨水がしたたり落ちている。タヌキチがつぶやく。

「まったくひどい雨だね」

「ひとつ聞いていい?」

 タヌキチは身体をぶるぶるとふるわせると雨水を払い落とした。

「質問するだけならご自由に」

「君はなんで人間の言葉をしゃべられるの?」

 タヌキチはしばらくぽかんとしていたが、やがて、

「そりゃ、勉強したからさ」

「勉強したらしゃべられるようになるの?」

「君はひらがなとか勉強しなかったのかい」

「まあ、そりゃ、したよ」

「それと一緒だよ」

 タヌキチが

「そりゃ、そうと。遊びに行かない?」

「遊びに行くってどこに?」

「来てからのお楽しみ!」

 タヌキチが手を引っぱってくる。

「分かった。行く!」

 タヌキチがぴゅーと口笛を吹く。すると、空からヘビが飛んできた。何十メートルもあるでかいヘビである。アオダイショウである。

「アオダイショウ。空の上まで一丁頼むよ!」

 アオダイショウとよばれたヘビは、

「任せな。坊ちゃん、蒼くんだっけ。振り落とされるなよ」

「君も僕の名前を知っているの?」

「都会の子は珍しいからな」

「ふ~ん」

「ささっ、背中に乗りな!」

「怖いよ・・・・・・」

「大丈夫、大丈夫! ちょっくら空を飛ぶだけだから」

「うんっ」

 アオダイショウの背に乗るとタヌキチも同じく背の上に乗る。タヌキチが叫ぶ。

「さあ行こう! アオダイショウ」

「よしきた!」

 アオダイショウと僕とタヌキチが雨の中まっすぐ天に向かって飛び立つ。雨が僕の身体を打ち付ける。

 タヌキチが叫ぶ。

「もうすぐ雲の上に行けるから。それまで辛抱だよ」

 雲の中に入る。

「まっ暗で何も見えないよ」

 タヌキチの声が聞こえる。

「もうすぐもうすぐ」

 そのときふっと青空が広がった。

「雲を抜けた」

 そこで不思議な景色を見た。ふんどし姿をした男の子が太鼓を叩き続けている。太鼓はぱりぱりと雷をまとっている。そして、どーんと太鼓を叩くと、そのまま雷がずかーんと地上へと落ちていく。

「あの子は誰?」

「あのお方は雷様だよ。気象を操る太鼓を持って大地の民に恵みの雨をもたらせているんだよ。たまにやり過ぎちゃうときもあるんだけどね」

 遠くの山々をまたいで、ざんばら髪にして麻の布の服を着て歩いている巨人がいる。腰のところを縄で縛っている。

「あの人は?」

「ダイダラボッチ様だね。この国をお造りになった方」

 ダイダラボッチ様はこちらをちらっと見るでもなく、山々をゆっくりゆっくりと歩いていた。

「それはそうと君お腹空いていないかい?」

「空いているよ」

「これを食べなよ」

 タヌキチはいつの間にか焼いたイワナを棒に刺し手に持っていた。

「うん」

 イワナを食べていると、空が赤くなり始めた。太陽が沈みかけているのだった。とてもきれいだった。

「ここに連れてきたのはあるお願いがあってきたんだ」

 タヌキチは急に改まる。

「どうしたの?」

「僕たちの村の人口が減ってきているのは分かる?」

「うん」

「人口が減っていなくなってしまうと僕たちの神々も敬ってくれる人がいなくなり、信仰を失い、最悪の場合、存在が消滅してしまう場合もあるんだ。それは寂しいけれども。ある意味時代の流れなんだよ」

「うん」

「そこで!」

「たとえ僕たちが消えてしまったとしても小説に僕たちのことを描いてほしいんだ。村の人々、僕たち動物の話、神々の話とかね」

「僕には才能なんてないよ!」

「小説を描くのは好きなんだろ!」

「少し考えさせて・・・・・・」

「分かった! 僕たちの言いたいことはそれだけ。ちょっと無理難題いっちゃってごめんね。考えといてね」

「いいよ」

 タヌキチが、

「そろそろ日も暮れるから帰ろうか」

「うん」

 アオダイショウに家まで送ってもらう。タヌキの子が一言。

「さっきの話考えて置いてね!」

「うん」

家の中に入ると家中大騒ぎだった。

「どこに行っていたの?」

おばさんに聞かれた。

「タヌキとアオダイショウと遊びに行ってた」

「川に行って流されたのじゃないかと心配したのよ」

 その時、祖父がやって来て僕の頬を思い切り平手打ちをした。僕は壁まで吹っ飛んだ。そして祖父が怒鳴る。

「どれだけみんなを心配させたと思っているんだ!」

その日はご飯抜きだった。

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