第4話

 山から帰って祖父はしばらく昼寝をしていた。部屋に戻って青空をぽけ~っと眺めていると、おじさんに声を掛けられた。

「蒼くんは釣り、得意?」

 おじさんがきらきらと目を輝かせて聞いてくる。

「いいえ、釣りはしたことないです」

「魚を釣ってみたい?」

「どんな魚がいるのですか?」

 おじさんは指折りしながら、

「イワナにウグイにニジマスにハヤとかだね」

 イワナってあのイワナ? 時々お店で塩焼きが売っているのを見たことがあるし、食べたこともある。もう味は忘れてしまったが焼いたイワナをほくほくしながら食べていたのを思い出していた。

「イワナ釣ってみたい!」

 十分後、僕は、おじさんに連れられ畑の片隅を掘り返していた。もちろん熱中症対策のためにむぎわら帽子をかぶっている。釣りをするために餌にするミミズを探していたのである。土を掘り返すと何匹もミミズが出てくる出てくる。しかも巨大である。10センチくらいある大ミミズがうねうねとうねっているのを見ると最初はぞわりとした。おじさんは平気でミミズをつかんで缶の中に入れている。

「蒼くんもミミズを探して探して!」

「分かりました」

 僕もシャベルで畑の土を掘り返す。うじゃうじゃとミミズが出てくる。えいやっ! とミミズをつかむと缶の中に入れる。ぬめっとした感触にうへえ、となった。


 熱気でアスファルトから湯気が出ている。地上がゆらめいているのが見える。

 ふっと木の陰から一匹のタヌキの子が飛び出してきた。タヌキの子はしばらくじっとこっちを見ていた。僕もタヌキに見つめられて見つめ返していた。身体が動かなかった。何かしゃべろうとする。その時タヌキの子が、

「やあ、都会の子! 君はなんていう名前なんだい?」

 声が出ない。タヌキの子は失敬というと、

「僕の名前はタヌキチ。君の名はなんて言うの?」

 やっとのことで声を振りしぼる。

「蒼・・・・・・。澄野蒼。」

 タヌキチはへへっと笑った。

「都会の子の名前は蒼くんか。これからよろしくね」

 そういうと、タヌキチは空を走り雲に飛び乗って山の向こう側に消えていった。


 何が起きたのか分からなかった。ただただ畑の中に突っ立っていた。向こうの方からおじさんがやってくる。おじさんに尋ねる。

「田舎のタヌキってしゃべるの?」

 おじさんはしばらくぽかんとしていたが、

「タヌキはしゃべらん」

 僕はタヌキの消えていった山の向こう側をずっと見ていた。おじさんは、

「もしかして熱中症かな。すぐ家に戻ろう。その前にこれ飲んで!」

 塩水を渡されたのですぐさま一気飲みをした。


 すぐさま家に帰ると、たくさん水を飲んで畳の上にひっくり返った。 

 しばらく目をつむっていたが寝られない。身体が刺激を欲しがっている。目を開けて居間を眺めた。祖父がお茶をすすっている。

「おじいちゃん、釣りってどこでするの?」

 祖父は、

「何だ。寝てなかったのか」

「うん」

「釣りに行くか?」

「行きたいっ!」

 おじさんが、

「もう身体大丈夫なのか?」

「大丈夫っ!」

「分かった。釣りの道具、今出しちゃる。ついでにさっき取ったミミズも」

「ありがとう~」

 おじさんはよいしょ、と立ち上がると、奥へと消えていった。


 仕掛けをいくつも作ってもらい、釣り竿片手に川に向かう。川は道なりに行くと橋があって橋の脇から川原へと降りることが出来た。

「川のどこに魚っているの?」

「どこって、水がよどんでいるところとか? 色々試してみたらいいじゃない。とりあえず一回糸投げてみなよ」

「うん」

 針にミミズを通す。ミミズは先端から通すのでは無くて、腹からちょいと針を掛ける。何度か針を指に刺してしまったがまあとりあえず何とかなり準備は整った。


 川が深そうな緑色によどんでいるポイントにたどり着くよう上流から釣り糸を投げ入れた。しばらくすると釣り竿が


 ツイツイと反応があった。


「おじいちゃん、ツンツンって反応があった。もう上げていい?」

「まだまだ」

 しばらくして釣り竿を少し上げてみる。糸の先が重い。釣り竿を引き上げるとそこには魚がえさに食いついていた。

「釣れた!」

 そのまま魚を川原の上に上げる。魚の口を確かめる。針が胃の中へと入ってしまっていた。

「どうやって取るの?」

 しばらく祖父は魚から針を取ろうとして格闘していたがやがて強引に針を引っこ抜いた。魚の口から内臓が飛び出る。祖父はそのまま魚の頭を石でつぶしてしまった。

「どうして・・・・・・」

「魚も苦しんだまま生きるのはかわいそうだろう」

「うん」

「せめて供養としておいしく食べてあげよう」

 ちなみに釣れた魚はハヤという魚だった。ハヤという魚は時々川の上をジャンプしている。それからも僕たちは魚を釣っていた。

「ちょっと向こうの方まで行ってくる」

「あんまり遠くに行くんじゃないぞ」

「川の中に入らないようにするから大丈夫」

 川魚は面白いように釣れる釣れる。ミミズだけでなく石の裏にひそんでいる虫とかも試してみた。


 ちらっと向こう岸を眺めると、いつぞやのタヌキチ麦わら帽子をかぶって釣り糸を垂らしていた。白昼夢かと思って何度も目をぬぐったり目を閉じたり開けたりする。その間にもタヌキチは何匹も魚を釣ると竹かごに入れて山へと消えていった。僕があわあわしていると、こっちをちらっと見ると


「またねっ!」


ってウインクして消えていった。

 あっという間の出来事だった。僕はすぐさま祖父のもとに駆けつけた。

「どうしたの? ここ釣れるだろ」

「うん。それよりも・・・・・・」

 さっきの出来事を言おうかと思ったけれどもだけどタヌキが釣りをしていたと言ったらまた頭が大丈夫かなとか心配されるから黙っていた。やっぱり少し疲れているのかも。

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