第3話

 朝、また茶がゆを食べると、近くの山に登った。辺り一面セミの声が降り注いでいる。太陽がぎらぎらと輝き渡っている。あまりの熱さに体中から汗が噴き出る。右ポケットに入れているタオルを取り出すと顔を何度も拭う。

「おじいちゃん、暑い~!」

 祖父は、

「ちゃんと水補給しなさい」

 それでも、木蔭に入ると気持ち暑さが和らいだ。茶色く敷き積もった木の葉をパリパリと踏み分けて山道を登っていく。つう~っと風が吹き抜ける。流れ落ちる汗が風で冷やされて気持ちよかった。

 ただただ山を登り続ける。昔本で読んだことがある。山には神様がいると。諸説はあるが、山の神様は女性だと聞いたことがあった。昔々の日本人はありとあらゆるものに神様が宿っていると考えられていたらしい。八百万の神である。今でもお米を一粒でも残すと叱られたりするとか、お気に入りのものを大切に何十年も使っているとその物に神が宿ると言われているのもある意味こう言った八百万の神の信仰が残っているのかもしれない。

 ともかく黙々と山を登り続ける。その時、ふっと

 祖父がふと岩の間にかがみ込んだ。

「ほら、蒼。水が湧いているよ」

 祖父は、両手をお盆の形にして水をくんで飲み干す。

「おいしいよ。湧き水、飲んでみる?」

「うん」

 僕も湧き出ている水を両手ですくい飲んだ。冷たい水がごくりという音とともにのどを通り胃の中へと入っていく。

「おいしい」

 それにしても少し疲れた。祖父に

「少し休もうよ」

「分かった」

 僕は平べったい石に腰かける。ふっと意識が遠くなる。


♪♪♪


 タヌキの子が歌い踊りながら歩いてくる。小さい青いバッグを下げている。太陽はさんさんと照って、背の低い草花が風にそよいでくるくると躍っている。

 タヌキの子が歌う。


 春風すぎて夏になり、

 ざるうどん、ざるそば、そうめんが

 美味しい季節

 キュウリの漬物もおいしいねっ!

 あっとそうだ あっとそうだ

 火には気をつけよう。

 かーん、かーん、かーん

 火の用心、火の用心

 火に気をつけて夏のグルメを食べつくそうよ。

 ららら ららら ららら ららら ららら


 タヌキの子が歌いながらとある広場にやってくる。木々が育ち、草花が芽吹いている。風がさあ~と吹き抜ける。木の葉が舞い踊り、さわさわと葉っぱ同士が擦りあう音も聞こえる。思わず空を眺めると、雲が風に流れていくのが分かる。入道雲が天高くに浮かんでいる。それでも時々冷たい風が吹きつける。


 タヌキの子が風に向かって答える。

「今日も来たよ。聞かせておくれよ。風の物語を。風と僕のつむぐ物語を」


  ♪♪♪


 よだれを垂らすのを感じてはっと起きる。少し寝ていたらしい。すると、はるか彼方の道を何か小柄な動物が走り去っていくのを感じた。

「おじいちゃん。何か走って行ったよ」

 祖父は、

「タヌキか、何かだろうね。さあそろそろ山を下りようか。おじいちゃん少し疲れちゃったよ」

 タヌキの夢をみて、実際にタヌキを見る。まさにタヌキに化かされた気分だった。

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