10:人生は思い通りにならない


「指一本動かすなよ」


 俺は言うとおりにする。


「少しでも変な真似したら、この女が死ぬ」


 クーラさんの首にナイフが食い込んで血が出ている。





 偽魔王討伐の旅が無事終わってすぐにマリアから相談されていた。


 クーラさんが行方不明だと。


 見当たらないわけだ。

 目の前のクーラさんは虚ろな表情で瞳に光が無い。

 ナイフを血が出る程に押し付けられているのにだ。


 【何か】されている。


「まさかケイオスが魔族と通じてたなんてね?」

「事実だが、魔族は悪ではない」

「悪だっただろう? ダーラとゾーラは悪そのものだったと思うが」

「あいつらははぐれ魔族だ。害になるのはぐれ魔族と呼ばれる者達だけだ、普通の魔族は平和に暮らしている!」

「だから何? そいつらがはぐれ魔族とやらにならない保証は無いだろ?」

「……マリアが制御している。はぐれ魔族になった者はすぐにわかるように」

「マリア? ああ、あの腑抜けの魔王か? 随分と親し気に呼ぶじゃないか」

「魔族だから魔王だからと人間が一方的に目の敵にする必要はない!」

「だから何度も言ってるよね? それを信じる根拠は? 無いよね? 疑わしきは罰するべきだ」

「その権利が人間にあると?」

「逆に何故無いと思うんだ? 実はね【魔族キラー】っていうスキルを持っているんだ、この女の状態がその証拠だ」

「それでか……」


 クーラさんは強く、マリアに次ぐ実力者だ。

 簡単にやられないし、簡単に【何か】されるとも思えなかった。


「このスキルは、魔族に対しての超特攻だ。特殊魔法の発動率も100%上乗せだ。 隷属魔法もね」

「! まさかクーラさんを」

「さっきからずっとおとなしいでしょ? 隷属状態ってワケ」

「くそ!」

「ああ、安心してよ、変な真似はしてないから。コイツは美しいただの人形だ、下衆な行為は何もしていない」

「……それを信じろと?」

「それについてはホントさ、この体ではそんな気が起きないんだよね」

「……で、何が望みだ」

「物わかりがいいね、望みはひとつ。お前が邪魔だ」

「どうする? 殺すのか?」

「知ってるよ? 君は強いんだろ? 絶対に殺すのは無理だとこの女から聞いたよ」

「じっとしててやるよ、やれるもんならやってみろ」

「ああ、必要無い必要無い、殺さないから。君は……追放する」

「追放? そんな事で良いのか? 随分優しいな」

「そうかな? どこに追放されると思っている?」


 どこに? せいぜい誰も居ない辺鄙な土地とかそんな程度だと思った。


「この女の能力を思い出せ」

「クーラさんは……っ!」

「そう、【時空間魔道士】。そして命令は何でも聞いてくれる、わかるだろ?」

「まさか」

「そう、君を【異世界】に追放するんだよ」

「そんな事出来るわけが」

「無いって? 逆に出来無いと思う方がおかしいだろ。【異世界召喚】が存在するのに?」

「!」

「逆が有っても不思議じゃないだろ? 【異世界送還】、この女に習得させた」

「それで俺をどこかに飛ばすわけか」

「そうだよ。どこに行くかは知らないけどね」

「……」


 クーラさんはもちろん、マリアやケイトを残したまま行くのはまずい。

 コイツに何をされるか分からない。

 特にマリアはクーラさんと同じように隷属させられる可能性がある。


「ああ心配そうにしてるけどマリア? だっけ? 仲良し魔王も後から送ってあげるから」

「なに?」

「魔王のレベル99らしいからね、隷属させるとなると相手のレベルが上過ぎると無理なんだ」

「だから俺の様に邪魔者はどこかに飛ばすと」

「そうそう、殺すのも難しそうだし、何より戦うのが面倒だから飛ばす事にしたよ」

「くそ」

「くそ? 感謝して欲しいくらいだ。仲良し魔王と異世界で再会出来るんだから」

「……」

「聞きたい事はもうないかな? 君の顔も見飽きたからそろそろ飛んでもらおうかな」

「最後にひとつ聞きたい。何が不満だった? 俺は黙っていた。魔王は形の上では討伐された。手柄も立ててこれからの地位も確約されていただろうに。魔族との争いも激減して、やりたいことがなんでもやれるだろう。何が不満なんだ?」

「まあ特にコレっていう不満は無いよ、強いて言えばお前たちの思い通りになってるのが癪に障ったって所かな」

「そんな理由で」

「それにお前たちが真実をずっと隠しておく保証もない。お前の恐るべき力を放っておく気にもならない。そうなれば居ないほうが良いに決まっている、そう考えるのは自然だ」

「自分さえ良ければいいのか」

「誰しもそうだろ、この世界の王家や貴族がその最たるものだ、お前もわかっているだろ?」

「……」


 何を言っても無駄だ、やはりケイト以外を信じなかった事は正解だった。


「それにね、根本的な事を言うと、【世界の理】が言っているんだよ、この世界は【勇者】が【魔王】を倒す、その為の世界なんだと」


 【世界の理】か、この世界のルール。誰が決めたかは知らないがそんなものはクソだ。


「だからそれに従うのが絶対的正義、従わないは絶対的な悪、僕は正義、君は悪、わかる?」

「もういい、さっさと追放しろよ、僕ちゃん」

「僕ちゃん? ああ、見た目はこんなだけど僕は君より年上だよ? 召喚前は42歳だったからね。何故かこの世界で子供に戻ってたけどね。」

「そうですか、【ユウトさん】、もう気は済みましたか?」

「ははっ! 勇者のボクを敬わず【剣士】ごときが調子に乗った罰だよこれは! やれ」


 ユウトが合図するとクーラさんから魔法が放たれた。

 俺はその魔法を受けると徐々に意識が遠のいて行く。


 この世界で最後に見たモノはユウトの邪悪な笑顔だった。





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