第30話『炎狼の末路』

 爆発の寸前、セリカはドレイクが瞬時に地中へ潜航したのを見て取った。

 あたかも、ルフレオの【蒸気爆発魔法スチーム・ロアー】」を、予め知っていたかのように。

 だが、ルフレオが使ったのは、まったく別の魔法だった。


 ドレイクがいた辺りを中心として、直径50メートルに渡って地面が急激に盛り上がる。

 まるで、巨大な獣が、地上へ姿を現そうとしているかのように。

 大地が軋みを上げ、メキメキと亀裂が走る。

 直後。


 轟爆。

 

 地は弾け、衝撃は地平線の彼方までも駆け抜ける。

 天を衝く火柱が立ち昇り、宵闇の空は真昼のごとく照らし出された。

 セリカはヘクトールの父親、アーサーの言葉を思い出す。


 ◆

 

『そう、忘れもせん。あれは百年前のことじゃった。十二神将がこの街を襲ったとき、ふらりと現れたエルフ様が、そやつをこともなく退治してくださったのじゃ! 凄まじい魔法じゃった……詠唱一つで大地が割れ、天まで届くほどの火柱が上がり、夜だというのに昼間のように明るくなった――』

 

 ◆

 

蒸気爆発魔法スチーム・ロアー】」が火山の噴火を真似た魔法なら、これはまさしく噴火そのもの。

 数千万年かけて築かれた大自然の理を、ただの一言で再現せしめる、飛天の御業。


「これが……エルフの魔法……」


 創世神話のごとき光景を、セリカはただ呆然と眺めていた。

 

「あ、あれ? なんともねえ。死んだと思ったのに……」


「俺もだ。なんでだ?」


 さらに驚くべきことに、その爆発はセリカに何の影響も与えなかった。

 セリカだけではない。彼女以外の冒険者、その全てにもだ。

 

「大丈夫ですか、セリカさん」


「ルフレオ! ……よね? なんか、若くない?」


「私、実はエルフとの混血なんです。それより、傷は?」


「傷って、そんなの見れば……」


 分かるでしょ、と言いかけ、セリカは絶句した。

 腕が、生えている。

 ちぎり飛ばされたはずの右腕が、根本から再生していたのだ。

 

「な、なんで……?」


「私が治しました」


「治したって、どうやって?」


「私の概念解放オーバーレイド『終夜鐘楼・聖戦決界フリーデンス・カテドラル』は、庇護対象に設定した人を治癒する効果があります。もっとも、方の蘇生までは叶いませんが」


 当然のごとく言ってのけるルフレオ。

 

「お、お前! なんで生きてるんだ!? 首、飛んでたよな!?」


「わ、分からねえ……なにが起こったんだかさっぱり……」


「もしかして、これルフレオがやったのか?」


「すげえ……すっげえなあいつ! 死人生き返らせるとか、神かよ!」


 周囲からも、困惑と喜びの声が上がる中、そこへ、ドシャッと上空からドレイクが落下してきた。

 正確には、ドレイクの頭部だったが。


「がっ……はっ……!」


「おや。生きていましたか。……ふむ、サラマンダーの血が混ざっているようですね。爆炎への耐性が図抜けている。十二神将でも、下位ならこれで仕留められると踏んでいたのですが、さすがに生き汚い。頭だけは守りましたか」


 なんとか首から下を生やそうともがくドレイクを、ルフレオが醒めた目で見下ろす。


「なんでっ……手前テメエ……! ここまで、一瞬で……! 人質はどうした!? まさか見捨てやがったのか!?」


「助けたに決まっているでしょう。ほら、あそこに」


 ルフレオが顎でしゃくった先には、人質となっていた人々が集まって立っていた。

 ドレイクが目を血走らせ、歯ぎしりする。


「ありえねえ、ありえねえありえねえありえねえ! あれだけの人質を、全員だと!? しかも、あの山からドルアダンまで、まとめて空間転移しやがったのか!? ふざけるんじゃねえ! なんでもありにもほどがあるだろうが!」


「『血脈励起ブラッド・レイジ』中だけの特典ですがね。そうでなければ、一瞬で魔力が枯渇して死んでしまう。だいたい、なんでもありの戦いを、先に挑んできたのはそちらでしょう」


「くっそがよおおおお! 腹が立つ! 腹が立つぜ! ふざけやがって! 魔王も手前テメエも、エルフはどいつもこいつもインチキ野郎だ! 己様おれさまがこの日のために、どれだけ苦労して準備してきたと思っていやがる! 殺してやる! 殺してやる! あああああああ――!」


 ドレイクがひたすらに悪罵を撒き散らす。

 まるで、自らの怒りのボルテージを高めているかのように。


「ッ! ルフレオ!」


 危険を感じたセリカが警告したが、遅かった。

 急激に魔力を増大させたドレイクが、瞬時に全身を再生させてみせたのだ。

 その手には、灼光を放つ大槍が握られている。

 

「ぎゃあはははは! これが『天道獨鈷ハイペリオン』のもう一つの力だ!」


「ほう。感情を魔力に変換する概念武装ですか。ありがちですが、効率が凄まじい。さすがは十二神将といったところでしょうか」


「なに余裕こいてやがる!  焼け死ね、『白夜煌・太陽堅鎧サンブレイズ・ヘリオスフェア』!」


 カッと炎狼が発光し、灼熱が周囲を駆け巡る。

 その出力は、先ほどまでの比ではない。

 呼吸どころか、生存すらも許さない焦熱地獄が顕現する。

 

「エルフの魔法の凄さはよーく分かった! だが、手前テメエの火力じゃ、今の己様おれさまは殺せねえ! 

 己様おれさまはただ、手前テメエの『血脈励起ブラッド・レイジ』が切れるまで、逃げ回ってりゃそれでいい! それだけで、手前テメエの大事な仲間は皆殺しだ!

 さあて、二回戦といこうぜ!」


「二回戦? ありませんよ。そんなものは」


 冷たく言い捨て、ルフレオはつぶやく。


「【八寒こおれ】」


 その瞬間、極寒の猛吹雪が吹き荒れる。

 水分という水分が瞬時に凍結し、地面には真っ白な霜が降りた。

 かろうじて、ドレイクの周りだけが平常を保っている。

 ドレイクが愉快そうに笑った。

 

「はっ! いいねえ、己様おれさまと温度で勝負しようってか!? だが、そんなことして大丈夫かあ? 手前テメエの魔法は強力だが、少々範囲が広すぎるみてえだ。周りの味方まで巻き込んじまうんじゃねえか?」


「……吹雪で、周りがよく見えていないようですね。誰か一人でも、我々の戦いの余波を受けている方はいますか?」


「あ?」


 言われて、初めて気がついたように、ドレイクは辺りを見渡す。

 そして、愕然とした。


「ど――どうなってやがる。なんで、誰も死んでねえ。いや、そもそも、最初の爆発で、生きてるヤツがいるわけ……まさか、そうなのか。それが、手前テメエの概念結界か!」


「治癒や蘇生は単なる副産物。『終夜鐘楼・聖戦決界フリーデンス・カテドラル』の本質は『庇護』。ここは私とあなたの決闘場。『見届人みとどけにん』の方々は、我々の戦いによる影響を一切受けない。

 ――故に、私は思う存分、本気を出して戦える」


 ゴオオオオオオオオ!


 凍滅とうめつの嵐が勢いを増す。

 ドレイクの灼熱が、生存を許さぬ地獄なら、ルフレオの酷寒は存在すらも許さぬ地獄。

 いかに温度を高めたところで、所詮は自然法則の範疇。

 ルフレオの魔法は、法則を塗り替える概念魔法。

『凍結』の概念を持つ攻撃の前には、たとえ太陽だろうと風前の灯火に等しい。

 

 パキパキパキパキ!


 ついに、熱の牙城が崩れる。

 ドレイクの身体は、足元から凍り始めていた。


「う――嘘だ! この己様おれさまが凍るだと!? こんなこと、あっていいはずが……!」


「あなたは多くの人々の命を、尊厳を、誇りを弄び、殺した。そんな彼らの苦痛、せめて万分の一、億分の一でも味わって死ぬのが、この世の道理かと」


「くっそおおおお! 腹が立つ! 腹が立つ! いかれ、いかれ、いかれ! 己様おれさまは誇り高き皇道十二神将ラスール・ゾディアックが一人! 『皆紅炎狼サラマンヴォルフ』ドレイクだ! こんな死に方だけは、絶対に……!」


 魔力の回復を図ろうと、必死に己を鼓舞するドレイク。

 だが、すでにその声色は恐怖に支配されていた。

 憤怒を糧に燃え盛る炎狼も、こうなっては型なしだ。

 怯える幼児のように喚き散らすドレイクを、ルフレオはただ冷たい眼差しで見つめるのみ。

 

「嫌、だ――――――――」


 パキン、とドレイクが芯まで凍りつき、そして沈黙する。

 氷像と化した炎狼は、荒れ狂う暴風の前に、あっさりと砕け散り、塵となって消えていった。


 ◆ ◆ ◆


 次話、最終話です。

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