第23話『悪意胎動』

「先日のルフレオたちの報告は、皆耳にしていよう。

 魔族による集団的人さらい、通称『村さらい』の横行。明らかな戦術的意図のある行為だ!

 これは間違いなく、魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダー出現の証である!

 よって、当ドルアダンギルドはここに、緊急クエストの発令を宣言する!」


 数日後。

 緊張した面持ちの冒険者たちが集められたギルド内で、髭面の男が重々しくそう告げる。

 セリカがこっそりとルフレオに尋ねた。

 

(緊急クエストって、なに?)


(神将討伐のための特別なクエストのことです。普通の共同クエストだと、報酬の奪い合いのために、冒険者同士が協力しなくなることがあります。

 しかし、緊急クエストならば、参加するだけで平等に報酬がもらえますから、そういった事態が起こりにくいんですよ)


(ふーん……でもそれ、今度はサボるヤツが出てくるんじゃない?)


(功労者には追加の報奨金を出すという形式なので、ある程度は抑えられるかと)


「そこ! 何を喋っている!」


 髭面の男が厳しく指摘する。


「事態の緊急性が分からないのか!? 無駄口を叩いている暇など、一刻たりともないのだぞ!」


「申し訳ない。気をつけます」

 

 ルフレオは素直に謝ったが、むっとした様子のセリカが食ってかかった。

 

「分かってるわよ、そのくらい! ちょっと質問してただけでしょ!」


「ふん、セリカといったか。近頃、少々手柄を上げているようだが、あまり調子に乗るなよ!!

 人一人でできることなど、たかが知れている! 気を引き締めて事に当たれ!」


「はっ! 凡人が偉そうな口利くんじゃないわよ! てか、アンタ誰? さっきから偉そうにしてるけど」


「セリカさん……! 本当にすいません、この子、ちょっと頭に血が上りやすいタチでして……」

 

 すると、髭面の男は、自慢の髭を撫でつけ、胴間声を張り上げた。


「我が名はヘクトール! 当ドルアダンギルドの長を務める者だ! その空っぽの頭に、しっかりと詰め込んでおけ!」


「なんですってー! もういっぺん言ってみなさ……ちょ、離しなさいよ!」

 

 ヘクトールに飛びかかろうとするセリカを羽交い締めにしながら、ルフレオはどこか不吉な予感を覚えていた。

 集団誘拐という手間のかかるやり口が、人類への攻撃にしては、あまりに回りくどいからだ。

 さらに奇妙なことに、『村さらい』に関して、冒険者には一切被害が出ていないのだという。

 

 今回のクエストはなにかがおかしい。

 まるで、『村さらい』は目的ではなく、なにかのための手段に過ぎないかのようだ。

 では、いったいなにが目的だというのか。

 

『村さらい』は徹底してギルドに隠匿されてきたが、被害の規模は甚大。いずれ露見するのは目に見えている。

 そうなれば、緊急クエストの発令は必然――。

 

(敵は……この状況を狙っていた?)


 背筋を獣の舌で舐められているような、ザラついた不安がルフレオを襲う。

 後手に回らざるを得ない歯がゆさを押し隠したまま、会議は進行していった。


「――次に、敵が潜伏していると思しき場所についてだが……カフカ。頼む」


「……ああ」


 どこか緊張した面持ちのカフカが、一歩進み出る。

 その背後には、アマンダたちパーティメンバーも揃っている。


「サモス山にある村で、僕たちは『村さらい』の現場に遭遇した。助けに入ろうと思ったんだが……無理だった。恐らく神将クラスの人狼が一体に、山ほど魔狼ガルムを引き連れてた。代わりに、ヤツらの後を追跡して、拠点らしき廃村を突き止めてきた。それが、ここだ」


 カフカは、テーブルに広げられた大きな地図の一点を、剣の切っ先で指した。

 

「ここに、さらわれた村人たちが囚われてる。数はざっと百人以上。餓死者や死傷者もかなりいた。……ひどい有様だった」


 悲痛な面持ちを浮かべるカフカ。

 ヘクトールが話を続けさせる。

 

「悲しむのは後にしろ。敵の戦力は、どれくらい把握できたのだ?」


「……最低でも、神将クラスが三体。全員が人狼だ」

 

「神将が三体……!?」


「マジかよ……」

 

「神将同士って、基本協力したりしないんじゃないのか!?」

 

 カフカの発言に、場がざわつく。

 一体でも強力無比な神将が、複数出現したとなれば、その反応は当然だ。


「神将同士は協力しないって、どういうことなの?」


「神将たちは、自らの序列を高めることに血道を上げる者がほとんど。

 故に、彼らはお互いを蹴落とし合う競争相手としかみなしていないのです」

 

「……ルフレオの言う通りだ。神将は部下の魔物を従えることはあっても、神将同士で手を組むことはない。

 だが、――皇道十二神将ラスール・ゾディアックの指示なら話は別だろう」


 ヘクトールが重々しく告げる。

 皇道十二神将ラスール・ゾディアック

 魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーのうち、上位十二位に冠せられる称号。

 彼らはそれぞれ、下位六十体の神将のうち、五体を部下として有している。

 神将に命令を下せるのは、彼らを束ねる十二神将のみだ。


 ヘクトールの言葉に、ほとんど悲鳴じみた声があちこちから聞こえてくる。

 

「う、嘘だろ!?」


「神将が三体ってだけでも手に負えねえのに、おまけに十二神将までいるのかよ!」

 

「そんなの、俺たちだけじゃどうしようもねえよ……!」


「――怯えるな、皆の衆! 十二神将何するものぞ! 儂らにはエルフ様がついておる!」


 と、突然先代ギルドマスターのアーサーが現れ、不安に駆られる冒険者たちを一喝した。

 いつものごとく、上等な寝巻きを羽織り、ふらつく足取りでカウンターの奥から歩いてくる。


「そう、忘れもせん。あれは百年前のことじゃった。十二神将がこの街を襲ったとき、ふらりと現れたエルフ様が、そやつをこともなく退治してくださったのじゃ! 凄まじい魔法じゃった……詠唱一つで大地が割れ、天まで届くほどの火柱が上がり、夜だというのに昼間のように明るくなった――」


「父上」


 アーサーの昔話を、ヘクトールはうんざりしたように遮った。

 

「今は現実の脅威を見据えた、非常に重要な会議の最中だ。そのようなくだらんおとぎ話は、マーサにでも聞かせてやれ」


「おとぎ話などではない! あの方は事が済んだあと、修行をすると言って山に入られたのじゃ! 長命たるエルフの時間感覚からすれば、今なおこの地にいてもおかしくはない!」


「アーサー様! もう、またお部屋を抜け出したりして……! 申し訳ありません、ヘクトール様。すぐにお連れしますので……」


「ああ。いつも苦労をかけるな、マーサ」


「こら! 儂の話を聞け! 今すぐ山へ向かい、エルフ様をお迎えに上がらねば――!」


 マーサに連れられていくアーサー。

 いつもなら、そんな姿を見て笑っている冒険者たちだったが、さすがに今はそんな余裕はないようだった。

 老いた闖入者のことなど、まるでなかったかのように話が再開される。


「で、どうすんだよ! 俺たちだけじゃ、十二神将の相手なんて無理だぞ!」

 

「他から応援は呼べないのか!?」


「無理だ。騎士団はもとより、近隣のギルドには全て声をかけたが、直近で手が空いているところはどこにもなかった」


「じ、じゃあ、誰かの手が空くまで、作戦は待ったほうが……」


 弱気な冒険者の言葉に、ヘクトールが雄々しい眉をいからせる。

 

「いつまで待てばいい? 一ヶ月か? 半年か? 一年か? いつになったら我々は『万全』の準備が整うのだ? 敵の拠点が判明しているというのに、いつまで手をこまねいていればいい?」

 

「それは……」

 

 ヘクトールはバンとテーブルに平手を打ちつけて怒鳴った。

 

「今この瞬間にも、人々は魔族に怯えている! いつ自分たちが狙われるか不安で、夜も眠れぬ日々を過ごしていることだろう!

 ましてや、さらわれた者たちの苦痛など、想像することもできない! そんな彼らに向かって、お前は言えるのか!? 『俺の勇気が湧いてくるまで、もう少し待ってくれ』と! そんな者は冒険者ではない!」

 

「…………」

 

「敵はいつだって、最悪なときに攻めてくるものだ。分かったらそのオークの糞を垂れ流す口を縫い付けておけ」


 吐き捨てるようにそう言うと、ヘクトールは話を再開した。


「敵の拠点が判明した以上、戦力を分散させる意味はない。

 当ギルドの冒険者を全て動員し、可及的速やかに奇襲と人質救出を行う」


 一見、妥当な作戦のように思えたが、ルフレオはそれに待ったをかけた。


「待ってください、ある程度の人員はギルドに残すべきです。

 というより、Aランク未満の冒険者は、街の防衛に徹してもらうのが得策かと」


「なぜだ? 敵は十二神将推定一体に、神将三体、魔狼ガルムが大量。質で圧倒的に劣る以上、せめて頭数だけでも揃えるべきだ」


「仮に十二神将がいるとすれば、水準に満たない戦力はいないも同然。無駄な犠牲を増やすだけです」


 ルフレオの献策を受け、ヘクトールは不快そうに口をへの字に曲げた。


「……街の防衛が必要と言ったな。どうしてそう思う?

 このあたりに魔物の生息地はない。外壁の防備も万全だ。

 仮にはぐれの魔物が出たとしても、衛兵たちだけでじゅうぶん対処可能だろう」


「これは私の推測ですが――敵の十二神将は、ヘクトールさん。あなたの作戦を読んでいます」


「なんだと?」

 

「彼らは街がガラ空きになったところを大軍で襲撃し、壊滅させるつもりでしょう。

 そうなれば、補給拠点を失った我々はジリ貧。いかようにも調理できるというわけです」


「……なるほど。それらしい意見のように聞こえるが、そもそも、敵が私の策を読んでいるという根拠は?」


「徹底して『村さらい』をギルドに察知されないよう動いていた魔族たちが、ここにきてカフカさんたちに現場を目撃され、あろうことか拠点を暴かれるという大失態を犯すとは考えにくい。

 恐らく、拠点の場所を明かしたのはあえてのこと。

 我々をおびき寄せるための罠でしょう。

 必要なだけの人質を集め終わり、攻勢を仕掛けるための布石――そう考えるのが順当かと」


「ふむ。筋は通っている。だが、憶測の域を出ないな。決定的な根拠はないのか?」


「……ありません。ですが、たとえば――カフカさんたちは、すでに敵の手に落ちているとすれば、証明は可能かもしれません」


 ルフレオの言葉に、周囲に動揺が走った。

 カフカたちに、一斉に疑惑の目が向けられる。


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