第22話『因果応報』
「俺たちの目当ては行商の荷物だけだ。それ以外は何も盗らない。全員生きて返す。手出しもしない。約束しよう」
山賊の首領は明朗な声音でそう宣告してくる。
セリカの剣士としての経歴はごく短い。
それでも、彼女の戦闘に関する天性のセンスが告げていた。
この男は強いと。
「じ、冗談じゃねえ! 誰がそんな約束信じるかってんだ!」
「だいたい、この積み荷は俺らの食い
「命には替えられないだろう。俺たちは魔族じゃない。快楽や食欲のためにお前たちを襲うつもりはない。ただ、明日を生きる糧が必要なだけだ」
首領は淡々とそう訴える。
「そこの冒険者たちも、今回は運が悪かったと思って、手を引いてくれ。所詮、そこの行商たちとは金だけの繋がりだろう。あたら命をかけることはない。冒険者をやっていれば、こういうこともある」
「さっきから聞いてれば、ずいぶん上から目線で言ってくれるじゃない。戦ってもないのに勝ったつもりでいるわけ?」
「算術はできるか? 腕に自信はあるようだが、多少の実力ではこの人数差は覆らない。ましてや、そっちには足手まといがいることも忘れるなよ」
ぐ、とセリカは言葉に詰まる。
自分とルフレオなら、この山賊を蹴散らすことくらい容易だろう。
だが、今回は護衛クエスト。
護衛対象である行商人たちが死傷するようなことがあってはならない。
しかし、セリカはルフレオの魔法のことを思い出す。
「残念だったわね! こっちには結界術の使い手がいるのよ。行商人をかばう必要なんてないんだから!」
「セリカさん。今回、私の結界は当てにしないように」
「はあ!? なんでよ!」
「もちろん、
「ええ~~~! 嘘でしょ、なんで急にそんなこと言い出すのよ!」
「今後、あなたが同じような状況に陥ったとして、そこに私がいるという保証はどこにもない。あなたには、誰かを守る戦い方というものを学んでもらいます」
「そんなあー……」
クエストの難易度が急激に上昇し、セリカはうめき声を上げる。
相手は二十人。伏兵がいるとすればさらに増える。
首領の相手をルフレオに任せるにしても、これだけの数の人間から
(一撃必殺。それしかないわ)
「ついでに、殺しもご法度です。彼らは無力化して憲兵に引き渡しますので」
「はあああ!? ちょっともうふざけないでよ。山賊なんてぶっ殺しちゃえばいいじゃない!」
「彼らは生粋の賊ではない。魔王軍に村や田畑を襲われ、食い詰めてやむなく落ちぶれた……そんなところでしょう」
首領は否定する代わりに、眼光を強めた。
「同情するのは勝手だが、あいにくこっちは余裕がない。……警告はした。抵抗するなら容赦はしない」
「是非に及ばず、ですか」
「やるぞ!」
首領の号令一下、山賊たちが一斉に襲いかかってくる。
「ああ、もう! やってやるわよ!」
セリカはヤケクソ気味に剣を構える。
最優先するのは
する必要すらない。
なぜなら、
「ぎゃっ……!」
「ぐあっ!」
雷剣流・転位の型『
稲妻のごとき速度で、敵の間を縫うように走り抜け、すれ違いざまに斬りつける移動技。
セリカの速さをもってすれば、たかが山賊など、彼女に触れることさえできはしない。
最速の突きを見舞う『
高速で敵を撹乱する『
現状、セリカは山籠りで習得した雷剣流の型のうち、この二つだけを反復練習し続けていた。
雷剣流の基本は、この二つに詰まっていると、ルフレオに口を酸っぱくして言われているからだ。
(悔しいけど、役に立ってるわね。何百回もやらされたこの動き……)
ルフレオが魔法で作り上げた土の柱の間を、何度も何度も通り抜けさせられた記憶が蘇る。
ただ速く動けばいいというわけではなく、どういう軌道で移動するのが最も効率が良いかを、しっかり考えなければ、この技の真髄は発揮できない。
「つ、つええ……!」
「なんだこのガキ!」
またたく間に五、六人を戦闘不能に追い込んだセリカに、山賊たちが怯む。
「言っとくけどあたし、人体とかぜんぜん詳しくないから。手加減はしてるつもりだけど、もしかしたら、死んだ方がマシだってところも斬っちゃうかもしれないわ。アンタたちの股の間にぶら下がってるものとかね」
セリカの言葉を受け、山賊たちが心なしか内股になる。
「別にいいのよあたしは。ルフレオに言われてるのは『結界に触らせるな』と『殺すな』だけだから。アンタたちが玉なしになろうがインポになろうが知ったこっちゃないわけ。
分かる? これが『多少の人数差じゃ埋まらない実力差』ってヤツ。まだ分かってないって言うんなら――これからは玉だけを狙うわ。的確に。正確に」
「ま、参った!」
「降参だ! それだけは勘弁してくれ!」
冷徹なセリカの宣告に、山賊たちは相次いで武器を投げ出した。
「ふん」
山賊たちを無力化し、セリカはルフレオの方を見やる。
「はあああ――!」
ドゴォン!
首領の大振りな一振りで、巨大な岩が破砕する。
飛び散る破片を煙幕のようにして、首領はさらにルフレオへと切り込んだ。
「ふっ――」
ルフレオはそれを受け流し、太ももを斬りつけるが、ガキンと硬質な音がして弾かれる。
「剛剣流ですか。私の剣を受け止めるほどの『身体強化』を常時かけながら動けるとは、相当に練り上げられている。山賊などやめて冒険者になったほうがいい。Aランクは堅いでしょう」
「冒険者がそんなに稼げるなら、とっくになっている! 俺には……俺たちには
暴風のごとく繰り出される首領の剣。
一見、隙が大きいように見えて、一連の動作にはまったく無駄がない。
技の出始め、出し終わり、ともに即座に防御に移れるよう、常に形が作れている。
剣の腕だけならば、副団長だったバルナバスを超えるのではないだろうか。
「俺一人強くたって、なんの意味もありゃしない! どうすれば村一つ養える!? 耕す田畑もない! 狩猟や採集の知識もない! 商いのツテもない俺たちが! ほかにどうやって生きていけって言うんだ――!」
やり場のない怒りの乗った剣は、速度と重みを増していく。
外道の生き様。畜生道に堕ちるよりほかなかった彼らを、どうすれば救えるのか。
セリカに、その答えは出せなかった。
「ならば、私が示します」
だが、ルフレオはあっさりとそう言い切り、勝負の幕を下ろした。
すくい上げるように剣で首領の剣を絡め取り、手放させる。
首領の大剣が、まるで滝をさかのぼる魚のように、くるくると宙を舞い、地面に突き刺さった。
敵の虚を突き、不意打つことを旨とし、動物の名を冠した型名が特徴的な流派である。
喉元に剣を突きつけられ、首領は気力を失ったように脱力した。
「……殺せよ。もう、どうなったっていい。俺たちがいなくなったら、皆おしまいだ。魔物に食われるか、飢え死にするしか」
「そんなことはない、と言っているんですよ」
「憲兵に引き渡すって言ったのはお前だろ? 死ななきゃやり直せるとでも? 妻や我が子を喪うくらいなら、死んだ方がマシだ」
「無論、あなたがたには罰を受けてもらいます。ですが、家族は別。素性を隠し、ギルドに保護してもらうよう、私が口を利いてみます」
首領がはっと顔を上げる。
「……本当か?」
「ええ。これでも、一応Sランクなので。それなりに無理は通せる立場なんですよ」
「は、はは……そうか……あいつらは、助かるのか……よかった……」
首領はほっとしたように肩の力を抜き、泣き笑いを隠すように手で顔を覆った。
◆
「しかし、嬢ちゃん強えな。誰に剣を教わったんだ?」
「ふふん。聞いて驚きなさい。あそこにいるルフレオよ!」
「へえ。ルナールのヤツを倒すくらいだから、そりゃ強えんだろうが……そこまでとはな」
「ま、じきにあたしが追い越しちゃうかもしれないけどね~」
山賊たちの隠れ里へ向かう道中、セリカはそう大口を叩いていた。
ただ剣術が強ければいいというわけではない。
剣術だけでは救えぬ者さえ救ってみせるのが、真の強さなのだ。
そのことを教えたくて、ルフレオはこのクエストを受けたのだろう。
ありきたりな教訓だが、セリカにとっては快刀乱麻の痛快な出来事として印象づけられた。
(実際、Sランクの肩書ってどれくらい無茶が通せるのかしら? 今度ギルドに聞いてみよっと)
そんなことを考えていると、前方から悲鳴が上がった。
「お、おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
「うっ……ひでえ……」
駆け寄ってみると、そこには全身血まみれの男が倒れていた。
身体中に、獣によるものと思われる噛み傷や引っかき傷がついており、骨までえぐられている箇所もあった。
男は息も絶え絶えに、首領であるルナールに語った。
「や、られ、た……人狼……
「っ……! 『村さらい』か!」
「すま、ねえ……見張りの俺が、しっかり、してりゃ……」
「気にするな。もう喋るな。傷が――」
言いかけて、ルナールは目を背けて歯を食いしばる。
見張りの男は、虚空を見つめたまま事切れていた。
男の身体をゆっくりと地面に下ろしたルナール。
そんな彼の横合いを、山賊たちが次々に駆け抜けていった。
「リーナあああ! アリサああああ!」
「う、うわああああ!」
「畜生、畜生ォ……!」
隠れ里の様子は、惨憺たるものだった。
谷間にひっそりと築かれた集落は荒らされ、抵抗したと思しき村人たちの死体があちこちに転がっている。
どの死体も、顔が分からなくなるほどに損傷が激しかった。
山賊たちの悲痛な慟哭。
早くも死臭を嗅ぎつけ、たかってきたハエの大群が、わんわんと唸り声のような羽音を立てながら、辺りを飛び回る。
この世の地獄のような光景を前に、セリカは失意のままに言葉を漏らした。
「……あたしたちが、もっと早く来れてたら」
「……無意味な仮定です。運が悪かった。それだけです」
「でも!」
「セリカさん」
ルフレオは、目の前の悲惨な光景を、顔色一つ変えずに見つめていた。
「冒険者とは、こういう仕事です」
その言葉の意味を、セリカはずっと考え続けていた。
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