第21話『忍び寄る影』

「退屈だわ」


 ギルドに戻ってくるなり、セリカは不機嫌そうにそうこぼした。

 ドウセツを倒してから数週間。

 修行とクエストの繰り返しの日々に、彼女は不満を持っているようだった。

 ルフレオは通りがかりのウェイトレスに軽食を注文しつつ、セリカに尋ねる。


「なにがです?」


「最近、ぜんぜん新しいこと教えてくれないし。クエストもBランクの雑魚ばっかで張り合いないし。つまんない」


 ルフレオは(またか)と呆れた。

 セリカはとにかく飽きっぽい。

 常に新鮮な刺激を求め、興味のない物事にはまったく関心を示さない。

 修行を開始した当初は、技術の吸収に貪欲だった彼女も、反復練習に入ってからは修行そのものを面倒くさがる始末だった。

 ルフレオは慎重に言葉を選びながら、セリカを諭した。


「あのですね。あなたの成長ぶりは目覚ましいものがある。普通の人間なら習得に何ヶ月もかかる、雷剣流の型を、たったの一週間でものにしてしまった。まさに天才です」


「分かってるんなら、早く新しい技教えてよ! もうここんとこずーっと同じことの繰り返しじゃない!」


「ですが」


 セリカの言葉を遮り、ルフレオは気持ち大きめの声を出す。


「いかな天才であろうとも、日頃の反復なしに実戦で百パーセントの力は出せないものです。いいですか? 『太山たいざんの高きは一石いっせきにあらず』という言葉があります。これはどんな大きな山も、小さな石の積み重ねによってできているという意味です。

 確かにあなたは見上げるような巨岩に等しい才能を持っているかもしれない。しかし、数千年、数万年という年月を経てつくられた山々には遠く及ばない。これが人間と魔族の差というものです。これを埋めるためには、日々のたゆまぬ努力こそが――」


「あああああ――! もうそのお説教もうんざり! いいから! さっさと! あたしに面白いことをやらせて!!」


 癇癪かんしゃくを起こして暴れだすセリカ。

 ルフレオはため息をついて、席を立った。


「はあ……クエストボードを見てきます」


魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーの討伐クエストがあったらすぐ受注して! 

 ていうか、もう皇道十二神将ラスール・ゾディアックくらいいけるんじゃない、あたし? 

 そのへんの四十位とか五十位程度の神将しんしょうじゃもう満足できないもの!」


(またムチャクチャなことを……)

 

 皇道十二神将ラスール・ゾディアック

 魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーの、上位十二位を指す称号。

 一人でもAランクパーティ程度では太刀打ちできない神将を、各々が六人ずつ従えている。

 

 皇道十二神将ラスール・ゾディアックと戦うということは、すなわちその配下たる神将をも同時に相手取ることとなるのだ。

 それだけでも厄介だが、十二神将の強さは、文字通り下位の神将たちとは図抜けている。

 千の軍勢など鎧袖一触がいしゅういっしょくできて当然。

 単騎で街一つ、序列によっては国一つ滅ぼした逸話にも事欠かないのが十二神将という集団なのだ。

 

 ただの神将を、それも下から数えたほうが早い者を一人や二人倒したくらいで、十二神将を相手にできるなどと勘違いされては、命がいくつあっても足りはしない。

 早急に、その思い上がりを正してやらねば。


(そんなところまで似なくても……)


 ルフレオは遠い過去の記憶へ思いを馳せる。

 エリカ。かつて、彼が共に魔王討伐の使命へと身を投じた少女。

 彼女もまた、千年に一人と呼ぶにふさわしい才の持ち主であり、年相応に自信過剰だった。

 あの頃、セリカと同じように増長していた彼女が考えを改めたのは、なにがきっかけだったか。

 そんなことを考えながらクエストボードに向かうと、


「おや、カフカさん。お久しぶりですね。アマンダさんたちはお元気ですか? 最近、ギルドに姿を見せないようですが」


「あ、ああ。元気だよ。もちろん。ちょいと腹壊しちまったみたいでな……」

 

「……? どうかされましたか? 顔色が悪いようですが……」


「いや、昨日飲み過ぎちまって……ははは」

 

 そこで、ばったりカフカと鉢合わせした。

 あれから、何度か剣の指導を行ったことで、彼との間にあった遺恨はすっかりなくなっていた。


「ぼ、僕のなんかのことはいいんだよ。セリカはどうだい? 相変わらずか? 王都じゃ大戦果だったらしいが、ちっとは謙虚になったか?」


「いやはや、至らないもので。どうにも私の言葉だけでは……」


「ま、僕も天才だったから分かるけどさ。どうしても自分を過信しちゃう時期ってのは来るもんだよね。特に若いとさ。僕はもうそのへんは、とっくに卒業済みだけど」


「なるほど。具体的なきっかけなどは?」


「きっかけねえ……僕は強い魔族にボコられて目が覚めたけど……それじゃ遅いって言いたいんだろ?」


「ええ。普通なら、それで終わりですから。死に際に悟りを得ても意味がない」


「まあね。僕が助かったのだって、運がよかっただけだし」


 さらりとそう言ってのけるカフカに、ずいぶん謙虚になったものだ、とルフレオは思う。

 最初に会ったときの傲慢さは薄れ、態度も丸くなっている。

 自分が彼を変えた、などと思い上がるつもりはない。

 ただ、偶然、その契機を与える機会を得ただけだ。

 変わったのは、カフカ自身の選択によるものである。


「クエストもなあ、あるのはせいぜいBランクのちまちましたヤツだけか……そこらの山賊相手の護衛クエストじゃ、あいつも満足しないだろうし……」


 護衛クエスト。

 読んで字の如く、依頼者を目的地まで護衛するクエストである。

 主に、危険な地域を通る行商人などから発注されることが多い。

 しかし、そこでルフレオはピンとひらめいた。

 その護衛クエストの依頼書を受け取り、セリカのもとへ戻る。


「セリカさん。いいクエストを見つけましたよ」


「え、なになに?」


 目を輝かせるセリカに、依頼書を見せる。

 すると、見る間に彼女の興が削がれていくのが手に取るようにわかった。


「は? Bランク? 護衛クエスト? しかも出てくるのは人間の山賊? 却下ね、却下」


「まあまあそう言わず……誰かをかばう戦いというのは、単独で戦うより何倍も困難なものです。それを加味すれば、このクエスト、実質的にAランク相当といってもいいでしょう。一度、経験してみれば分かりますよ」


「本当に? あたしをその気にさせようとして、適当なこと言ってるんじゃないの?」


 疑わしげにジト目をするセリカに、ルフレオは意味深に告げる。

 

「それに、魔王軍と剣を交えるだけが冒険者ではないことを学ぶ、いい機会にもなります」


「どういう意味?」


「受けてみれば分かりますよ」


「む~……」


 結局、セリカは好奇心を抑えられなかったのか、護衛クエストの受注に同意した。 

 

 ◆


「いやあー助かった! うちら貧乏行商じゃ金出し合っても、ギルドの規定ぎりぎりの報酬しか出せんもんで、だーれも受けてくれんかったんじゃ!」


「今、この山越えれるかどうかで、冬越せるかが決まるんよ! ほんまにありがとうな、おっちゃん、嬢ちゃん!」


 数日後。

 ルフレオたちは、山をまたぐ街道を、荷馬車に揺られながら進んでいた。

 青々とした緑が生い茂る山間の景色は、のどかなものだった。


「ま、冒険者としてのトーゼンの務めってヤツよ。大船に乗ったつもりで、どーんと構えてなさい!」


 あれだけ受注を渋っていたのに、いざおだてられるや、すっかりその気になっているセリカに苦笑しつつ。

 ルフレオはさりげなく本命の話題を切り出した。


「近頃、このあたりで不穏な噂などは聞いていませんか?」


「不穏な噂? そりゃあんた、『村さらい』よ」


「『村さらい?』何よそれ。人さらいじゃなくて?」

 

「たっくさんの魔狼ガルムどもを従えた人狼が襲ってきて、逆らうもんは皆殺し。足弱(女子供や老人の意)どもは総ざらい。あとにはもぬけの殻になった村が残るってえ寸法よ」


 セリカが不思議そうに首を傾げ、ツインテールの金髪が揺れる。

 

「そんなの聞いたことないわ。クエストにもなってないし」

 

 髭面の行商人たちが、肩をすくめる。

 

「村が丸ごとさらわれっちまうから、ギルドやお国に訴えるもんがいねえんだよ。何日もしてから、すっからかんの村に誰ぞが足踏み入れて、そのとき初めて気づくもんだから」


「このご時世、赤の他人助けるために、わざわざ報酬金出してクエスト発注する物好きもいねえべな。みーんな自分の生活守るんで精一杯なんだ」


「……それは、穏やかではないですね」


 魔族による人さらいの横行。

 それも、公になることを意図的に避けている。

 魔族らしからぬ、知的かつ戦術的な行動だ。

 これは、まず間違いなく、


魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーが出たってことね!」

 

 鼻息を荒らげ、荷台の上でピョコンと立ち上がるセリカ。

 待ち望んでいた強敵の出現に、高揚を隠せない様子だ。


 魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダー。人狼。

 その二つの言葉の組み合わせに、ルフレオはズキンと胸の奥が痛むのを感じる。

 もう、千年にもなるというのに。


「安心しなさい! このあたし、セリカが必ずその不届きな人狼をやっつけてやるから!」


「おお、嬢ちゃん、強そうだもんな! 頼りにしてるぜ!」


「え、そう? やっぱり分かる?」


「そりゃおめえ。商人ってのは人を見る目が大事だからな」


「いやーもー困るわー! 強者オーラが溢れ出ちゃってもう! 困っちゃうわ! でもね、こっちのルフレオの方が、あたしより百倍強いわよ」


「ほんとにかい? そうは見えねえけどな~」


「ま、嬢ちゃんが言うなら信じとくか! 頼むぜ、おっちゃん!」


「……ちょっと。ルフレオ?」

 

「……ええ、はい。任せてください」


 物思いにふけっていたせいで、反応が一瞬遅れてしまう。

 そんなルフレオに、怪訝な視線を向けるセリカ。

 だが、その懸念を彼女が口にする前に、ルフレオは馬車から飛び降りた。


「来ましたね」


「え、何が?」


 すると、荷馬車隊を囲むようにして、茂みの中から、薄汚い風体をした男たちが飛び出してくる。

 その数、およそ二十。

 肌は土や垢で浅黒く汚れている中、目だけがギラついている。

 扱いやすい小ぶりな片手剣や棍棒で武装し、襲いかかるそのときを今か今かと待ち構えているようだ。


「ひ、ひいいい! 出たああああ!」


「じ、嬢ちゃん! おっちゃん! 早くやっつけちまってくれえええ!」


 恐怖に駆られ、身を縮める行商人たち。

 しかし、山賊たちは様子を伺うように、一定の距離を保ったまま行く手と退路を塞ぐのみだ。

 誰かの指示を待っている。

 ルフレオが直感したそのときだった。

 

「手荒な真似はしたくない。武器を置いて、投降してくれ」


 山賊の首領と思しき、二十代の若い男が姿を現した。


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