第20話『手段は選ばない』

「う、うおおおお!」


「やりやがった! あの小娘、マジでやりやがった!」


「あの歳で魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーを倒しちまうなんて……!」


「しかも二体目だぞ!」


「よくやったぞ! 小娘!」


「我らが団長の無念、よくぞ晴らしてくれた!」


「勝手に人を殺すな、馬鹿者!」


 やいのやいのと騒ぎ立てる騎士たちを尻目に、セリカはルフレオのもとへと歩いていくと、ふふんと得意げに胸を反らした。


「どう? あたし、頑張ったでしょ?」


「ええ。本当にあなたは天才です。……しかし、いったい山でどんな修行を?」


「ひたすら型の反復と、魔物相手に実戦。でも、やっぱり対人は勝手が違うわね」


「意外と、真っ当に修行していたんですね……」

 

(いや、だとしてもたったの一週間でこれほどまでに仕上げてくるとは……)

 

 改めて、セリカの規格外ぶりを認識するルフレオ。

 そこへ、ブリギッテがやって来て、頭を下げた。


「セリカ殿。此度こたびの助力、心より感謝する。同時に、貴殿の夢を笑ったこと、ここに謝罪させてほしい。貴殿の才能は、私の想像を遥かに超えていた。貴殿はまさしく、魔王を倒すと確信させる存在だ」


 立場のある相手からの、真摯な謝罪と称賛に、セリカは若干気後れした様子で、もごもごと返した。


「あ、あたしのほうこそ……悪かったわ。努力なんて意味ないとか言っちゃって……もし、一週間前のあたしだったら、きっとドウセツに瞬殺されてたわ」

 

 そして、吹っ切れたような明るい笑顔で断言する。

 

「うん、やっぱり修行って大事ね! あたし、よく分かったわ!」


「いや……貴殿の修行と、我々の言う修行は少々異なるというか……」


「え? なにが? 同じでしょ? あたし、いっぱい技練習して強くなったじゃない。アンタたち凡人の真似したおかげよ」

 

「そういうことではなくてだな。修行というものは、日々積み重ねるものであって……」


「だから積み重ねたじゃない。一週間も」

 

「ブリギッテさん。諦めましょう。今日のところは、分かってくれただけでもよしということで……」


「う、うむ。そうだな……」


「?」


 こうして、紆余曲折を経たものの、ルフレオの当初の目標は無事(?)達成されたのだった。


 ◆


 一ヶ月後。

 剣術指南の役目を終えたルフレオとセリカは、鍛錬場でブリギッテと騎士たちに見送られていた。


「お世話になりました、ルフレオ殿!」


「じゃあな、セリカ! 楽しかったぜ!」


「ふ、ふん! これ以上、アンタたち凡人の相手しないで済むと思うと、せいせいするわ!」


「これは彼女なりに寂しがっているんです。あまり本気にしないでください」


「ははは! そのくらい、我々も分かっておりますよ、ルフレオ殿!」


「口は悪いけど、何度も試合に付き合ってくれたしなあ。案外、根はいい子なんだよな!」


「ち、違うわよ! ほんと、どいつもこいつもバカばっかりなんだから!」


 明るい見送りムードの中、ブリギッテがセリカに何気なく声をかける。


「セリカ殿。最後に一手、仕合わんか?」


 ブリギッテからの申し出に、周囲がどよめく。

 

「おお。そういや、あれから団長とセリカのヤツ、一回も試合してないよな!」


「雪辱戦だ! 俺はセリカに賭けるぜ!」


「なら俺は団長だ!」


「馬鹿者ッッッッッ! 騎士が賭け事に興じるなど、言語道断だ!」


「ひいっ! す、すいません!」


 賭けを始めようとしていた騎士たちを一喝すると、ブリギッテは木剣を手に取る。


「あのときは、貴殿も頭に血が上っていて、本来の力が発揮できなかったことだろう。ましてや、『修行』を経て格段にその力は増している。今なら、貴殿と、全力の勝負ができると思うのだが……いかがかな?」


 セリカはしばらく逡巡したのち、首を縦に振った。


「いいわ。今のあたしなら、前よりはいい勝負できそうな気がするから」


 そうして、木剣を受け取ったセリカは、ブリギッテと運動場の真ん中で向かい合った。

 数秒の沈黙ののち、先に動いたのはセリカだった。


雷神の石弩フードゥル・アルク


 先と同じ初手。だが、その技のキレは以前とは段違いだ。

おこり・・・も力みもなくなり、息を吐くように自然な、必殺の一撃と化していた。


「っ!」


 ブリギッテも柄でいなすことはできず、木剣の腹でもろに受け止める。

 その隙に、セリカが『雷迅脚エクレール・ブリスク』で撹乱しながら距離を詰める。

 正面か。側面か。それとも背後か。

 刹那の合間に決断を迫られるブリギッテ。


「ふん!」


 付かず離れずの距離で走り回るセリカを振り払うように、ブリギッテが木剣を横薙ぎする。

 すると、待っていましたとばかりに、セリカは背後に回り込むと、『雷神の石弩フードゥル・アルク』を放とうとして――。


「……って感じでやられたんだったわね。この前は」


 不意に大きく背後へ飛び退いた。

 直後、セリカが居た場所を、木剣が薙ぎ払う。

 セリカが攻めてくるのを察知し、ブリギッテが足さばきを変えて背後への攻撃を繰り出したのだ。


「ふっ、成長したな。セリカ殿。さすがに、二度同じ手は食わんか」


「アンタこそ、剣さばきが良くなったんじゃない?」


「ルフレオ殿の薫陶くんとうの賜物だ。ふふ、貴殿は知らんだろう。私は夜な夜な、ルフレオ殿に秘密の個人訓練を受けていてだな……」


「ひ、秘密の個人訓練!? 何よそれ、アンタまさか――!」


「それ、一本」


「あいたっ!」


 セリカが動揺した隙に、ブリギッテが『縮地』で距離を詰めると、ぱかんと頭に木剣を打ち込んだ。


「はっはっは! 青い青い、この程度の空言そらごとに耳を傾けるようではな! もっと鍛えることだ! 剣も心もな!」


「くぅううう! ズルいズルいズルい! 今のは卑怯よ! なしなし! 今のなし! もう一回勝負しなさい!」


「セリカさん。そろそろ馬車の時間が……」


「だそうだ。再戦の機会は、次に持ち越しとしよう」


「んもおおおおお! この卑怯者おおおお!」


 ジタバタと暴れるセリカをルフレオが引きずっていった後。

 フルントがこっそりブリギッテに耳打ちした。


「団長。実は、危なかったのではないですか? 先の試合」


「……ふっ、分かるようになったか、お前も」


 ブリギッテはこっそりと額の汗を拭う。


「あのままやり合えば、本気・・を出さねばならんところだった。だが、むざむざ負けてやるわけにもいかん。これ以上、部下の前で醜態は晒せんからな」


 ドウセツとの戦い。あれは、紛れもなくブリギッテの敗北だった。

 卑しくも騎士団長を名乗る身としては、屈辱の一言に尽きる。

 故に、二度と負けるわけにはいかないのだ。


「どんな手を使ってでも勝つ。それが私の戦い方だ。……ついてきてくれるか、フルント」


「ええ。どこまでも、お供いたします。団長」


 冒険者と騎士。

 二者の邂逅は、怒涛のごとき衝突を生みはしたものの、結果として双方の著しい成長を促すこととなった。

 だが、その裏で、彼らの預かり知らぬところで、吐き気を催す策略が動き始めていた――。


 ◆


 少しばかり、時を前後する。

 

「くそったれ、腹が立つぜ! ヒルデブラントもドウセツも、己様おれさまの可愛い部下だったってのによ!」


 クラリオン王国某所、とある山奥の洞窟にて。

 部下からの報告を受けた巨躯の人狼が、怒りもあらわに唸り声を上げる。

 燃え盛る炎のような、揺らめく真紅と橙の毛並み。

 噛み締めた犬歯の間から、ボッと火炎が漏れる。

 岩を切り出して作った玉座に座りながら、人狼はガリガリと長い爪で頭を掻きむしった。

 

「ヒルデブラントは仕方ねえ。あいつはまだ若かった! 鍛え方も足りてなかった! 負けたのは必然だ……。

 だが、ドウセツが負けたってのはどういうことだ!? ここいら近辺で、あいつより腕が立つ剣士なんざ、そうはいねえはずだが……。

 おい、レアン。ドウセツがやられたときの詳しい状況を教えろ!」


 ドレイクの前にひざまずいていた、群青の毛並みをした人狼が、気まずそうに肩をすくめる。

 

「すいません、俺もよく分からねえんですよ。現場に居合わせたわけじゃねえんで……」


「なんだあそりゃあ! それじゃ、あいつらは犬死にじゃねえか! 腹が立つぜ!」


「ひ、ひいい! 許してください!」


「馬鹿野郎! 別にお前に怒ってるわけじゃねえ! この世の理不尽さに腹が立ってるだけだ! ぶっ殺すぞ!」


「やっぱり俺に怒ってるんじゃ……」


 呆れる部下を尻目にドレイクが玉座の肘置きをガンと拳で叩いた。

 

「なにか情報はねえのか!? あいつらの仇討ってやらねえとな……!」


「気になる情報がありますぜ。……ドルアダンのギルドに、Sランク冒険者のルフレオとセリカってのがいるらしいんですが、こいつらがどえらい強さだとか。なんでも、ヒルデブラントとドウセツを殺ったのもそいつらだって話で」


 ドレイクは居住まいを正し、金色の眼を細める。

 

「誰から聞いた?」


「騎士団がそう宣伝してましてね。そりゃあもう胸糞悪いくらいのお祭り騒ぎで……こんな短期間に、神将が二人も倒されたなんて、前代未聞ですからね」


「ほお。どうだ、そいつら、俺より強えと思うか?」


「そ、そんなはずはありませんよ! ドレイク様に敵う者など、この世にいるはずがありません!」


「だろう!? がっはっはっはっは! そうとも、俺はいずれ皇道十二神将ラスール・ゾディアックの頂点に登りつめ、魔王の座をも奪う男だからなあ!」


「え、ええ、仰る通りです! あは、あはははは……」


 人狼二体の笑い声が、しばし洞窟に響く。

 しかし、

 

「馬鹿野郎! そんなこと調べてみねえと分かんねえだろうが! もしそいつらが俺より強かったらどうすんだ! 負けちまうだろ!」


「ひいいいい! お、おおお仰る通りですうう!」


「故に、慎重なるドレイクは策を練る。己様おれさまは驕らねえ。どんな手を使ってでも、勝てると確信したときのみ戦う。これが己様おれさまの戦い方だ」


 ドレイクは悪辣な笑みを浮かべ、舌なめずりする。


「情報収集が必要だな」

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