第19話『冥土の土産』

 ドウセツの剣を縦横無尽の鎌鼬とするなら、セリカの剣は疾風迅雷の雷獣だった。

 必殺の威力をもって放たれる二振りの刃を、いなし、受け流し、かわし、返礼として雷撃のごとき突きを見舞う。

 無論、それらもまた、狂える二刀に阻まれるのだが、セリカの攻めは止まらない。


 ズギャッ!

 

 雷剣流・転位の型『雷迅脚エクレール・ブリスク

 稲妻のごときジグザグの軌道で、ドウセツの周囲を高速移動し、安直な守りを許さない。

 ドウセツの反応速度を超え、背後に回ったセリカは、間髪入れずに剣を引き、

 

「『雷神の石弩フードゥル・アルク』」


 ズドン!


 落雷に等しい轟音が鳴り響く。

 青色の電光を纏った『空刃くうは』が、ドウセツを直撃した。


「はっ! 効かんわ! 儂の『流力化功りゅうりょくかこう』は無敵やでえ!」


 だが、敵もさる者。

 衝撃を受け流す戦技せんぎにて、刺突の威力をすべて地面に逃がす。

 ビキッ! とドウセツの左足付近の地面に亀裂が入った。

 

「う、嘘だろ……!?」


「あの娘、ヤツと対等に渡り合ってやがる!」


「団長でさえ、受けるだけで精一杯だったのに……!」 


 騎士たちと同様、ルフレオもまた、セリカの成長ぶりに驚きを隠せないでいた。

雷迅脚エクレール・ブリスク』は、連続する鋭角の方向転換によって、敵を眩惑げんわくする移動術。

 だが、その真髄は、筋肉を電気の刺激で操作し、慣性を無視した動きを可能とすること。

 

 雷電魔法の心得がなければ完成しない、雷剣流の高等技だ。

 ほんの一週間前まで、【雷電系初級魔法フラッシュ】さえまともに使えなかった少女にできる芸当ではない。

 

(どうやって習得を……? まさか、感覚だけで魔法を身につけたとでも……!?)

 

 人間にとって、魔法とは学問である。

 体系づけられた知識を学び、決められた手順を踏めば、誰でもある程度の魔法なら発動できるようになる。

 かつては魔族の超常現象でしかなかった魔法を解析し、実現可能な法則として理論づけた、人間の技術の結晶だ。


 だが、逆に言えば、安易な近道を許さない、努力家のみに門戸を開く厳格なる術法。

 少なくとも、今この瞬間まで、ルフレオはそう信じていた。


(やはり、私の目に狂いはなかった……! 彼女こそ、魔王を倒し得る逸材! 二千年の停滞を終わらせる、勇者たり得る者!)


 身を震わせるような高揚感が湧き上がってくる。

 自分のような凡人の常識など、埒外の鬼才の前にはすべてが無意味。


(私はただ、補うだけでいい! 彼女に足りないもの! 彼女が持ち得ないもの! 余計な口出しは、かえって彼女の成長を妨げる!)

 

 目まぐるしく思考が巡る。

 己自身の役割について。

 どうすれば、彼女をもっと高みへと押し上げてやれるのか。

 セリカという奇跡の種が芽吹き、天をつく大樹へと育つまで、自分は何をすべきなのか。

 溢れんばかりの才能を、傲慢なまでに発揮するセリカの戦う姿に、ルフレオはかつての仲間エリカの幻影を見る。


 獰猛に笑いながら、思うさまに、踊るように敵を屠る、まさしく英雄だった彼女の面影を。

 過去に浸っていたルフレオを、騎士の悲鳴が目覚めさせる。


「うおっ! 危ねえ!」


「今、斬られたかと思った……!」


 見れば、ドウセツの振るった一刀を、セリカが間一髪のところでかわしたところだった。

 身体から電光が発せられているところを見るに、『雷迅脚エクレール・ブリスク』からの奇襲を仕掛けたのだろう。


「もうおんどれの動きは読めたわ! うざいねんええ加減! ゴキブリみたいにちょこまかしよって!」


「何よ。強いヤツと戦うの、好きなんでしょ? もっと楽しそうにしなさいよ」


「じゃかあしい! 儂はルフレオはんにしか興味ないねん! おんどれみたいな糞餓鬼はどうでもええんや!」


「さっきからルフレオルフレオって言ってるけど、アンタじゃ瞬殺よ? だって、あたしなんかに苦戦してるんだから!」

 

「抜かすな、小娘!」

 

 火花が散るほどの剣戟の応酬を繰り広げながら、二人は舌戦を展開する。


「なんでアンタがルフレオに執着してるのか、当ててあげよっか?」


 セリカが嘲るように口の端を吊り上げる。

 

でしょ。違う?」


「ああ!? なに言うてんねん! 意味わからんわ!」


「本当に強くなりたいなら、相手は強けりゃ誰だっていいはずでしょ? なのに、アンタはあたしとの戦いを嫌がってる。負けの目があるから。アンタの強さのカラクリは、あたしに破られる可能性があるから。だから嫌なんでしょ?」


「……デマカセ言うなや! 糞餓鬼が、知ったようなこと抜かしよって! ほなら当ててみいや、儂の強さのカラクリっちゅうもんを!」


「まず一つ。アンタの『流力化功りゅうりょくかこう』は、身体のどこかが地面についていないと発動できない」


「!」


 セリカの考察に、ドウセツがわずかに身を固くする。


「当たりみたいね。アンタ、あのエロ騎士と戦ってるときもそうだったけど、絶対ジャンプしないようにしてるでしょ? 必ずどっちか片方の足が地面と接してるようにしてる。見てれば分かるわよ。変だもん、足さばきが」


「い、言われてみればその通りだ!」


「団長に大技入れたときも、ジャンプしたほうが威力が上がるはずなのに、走って近づいてたぜ!」


「は――はっ! それがどないしてん! 分かったところで、どうしようもないやろ! おんどれの力じゃ儂を浮かせるなんて無理やで!」


「どうかしらね。で、もう一つ。アンタの『流力化功りゅうりょくかこう』が無敵な理由。今から暴いてやるわ」


「やれるもんなら、やってみい!」


 ドウセツが吠え、一気呵成に畳み掛ける。

 無敵のカラクリがバレる前に、セリカを仕留めようという腹積もりだろう。


「儂は『雷切らいきり』ドウセツ! いずれ魔王をも斬る男や! 斬って斬って斬りまくって、誰よりも強うなったる! 

 おんどれのような年頃の小娘に、儂のような信念があるか!? ないやろ! 

 男の気ぃ惹くことしか考えとらんようなのが、儂の邪魔すなや!」


 怒声を張り上げるドウセツを、セリカがせせら笑う。

 

「なにが信念よ。笑わせるわ。弱い者いじめだけが生きがいの人殺しのくせに」


「なっ、なんやと!?」


「生き残った人たちに聞いたわ。アンタ、衛兵だけじゃなく、逃げようとした街の人や商人も斬ってたそうね。げらげら笑いながら。

 ねえ、教えなさいよ。?」


「っ――!」


 瞬間、ドウセツが露骨に動揺し、剣筋を鈍らせた。

 だが、すぐに狂気を発し、己を取り戻す。

 剣鬼の猛攻がセリカを襲う。


「ち――ちゃうわ! ちゃうちゃうちゃう! なんにもおもろないわ! 弱者を踏みにじって悦ぶなんざ、人の道にもとる最低の行いや! そんなのは侍のすることや!

 儂はそんなんとちゃう! 儂のはただ、発作みたいなもんで――!」


 だが、それらをすべて、セリカは涼しげに受け流してみせる。

 

「嘘つき。アンタの言ってることはぜーんぶ大嘘。アンタは強くなりたいんじゃない。弱いヤツをいじめたいだけ。そりゃ、最初はそうじゃなかったかもだけどね。そんだけの剣術が使えるんだから。もしかしたら、真っ当な理由で剣をとったのかもしれないわ。

 でも、今は違う。アンタはただの、ブタにも劣る快楽殺人鬼。だって、本当に発作で人を斬りたくなるような難儀な体質なら、人前に出なきゃいいじゃない。少なくとも、あたしならそうするわ」

 

「黙れ! 黙れ! 黙れええええ――! 儂は侍なんかとちゃう! 侍なんかとはちゃうんや!」


「同じでしょ。何が違うのよ。バカバカしい。本当に強くなりたいなら、強いヤツと戦うのが好きならね――」


 ガアン!


 大きくドウセツの刀が弾かれ、隙を晒す。

 そこへ、セリカが犬歯をむき出しにし、凶暴に笑う。


「――こうするべきなのよ。あたしみたいにね!」


 ボッ!


「がっ……!」

 

 セリカの剣が、ドウセツの腕を、肩口からもぎ取った。


「うおおっ!」


「なんでだ!? あいつ、両足とも地面についてたのに!」


 難攻不落だったはずの『流力化功りゅうりょくかこう』が破られたのは、いかなることか。

 戦いをじっと見守っていたルフレオは、すぐに気がついた。

 

「……隙間ですね」


「ああ! セリカ殿の剣は、あやつの鎧の隙間を突いていた! 『流力化功りゅうりょくかこう』は鎧の内側への攻撃には無力なのだ!」


「なるほど。『流力化功りゅうりょくかこう』は人間用に考案された戦技せんぎ。よって、人体の構造上、ありえない部位への攻撃は受け流せない……理にかなっています」

 

 セリカの扱う細剣レイピアは、ブリギッテの大剣は言わずもがな、一般的な剣よりも刀身が薄い。

 故に、ドウセツの鎧の隙間を縫うようにして穿つことができたのだ。

 無論、針の穴を通すような精密な剣さばきが不可欠となるのだが。

 

「じゃ、最後の種明かしね。アンタの身体、鎧の部品と部品の間にちょっとだけ隙間があるでしょ? じゃないと動けないもんね。

 で、攻撃を受け止めるときだけ、隙間がギュッと縮まって、衝撃を殺してる。

 その特性と『流力化功りゅうりょくかこう』を合わせれば、そりゃ無敵でしょうね。あのエロ団長が相性悪かったのも無理ないわ。

 でも、タネが割れたらどうってことないのよ」


 ボボボッ!


 神速の三連撃で、ドウセツの四肢がすべて千切れ飛ぶ。

 ゴトン、と地面に落ちた胴体と兜だけのドウセツを、昼天の日差しが照らし出す。

 勝敗は決し、あとはとどめを刺すのみとなった。


「……分かっとったんや。誰のせいでも、何のせいでもない。儂が外道になったんは儂のせいや……故郷を焼いた侍どもをたたっ斬ったときに、知ってしもたんや。人を斬る快感を。儂の中にも、あんなに嫌っとった『侍』がいたことを……」


 文字通り、手も足も出なくなったドウセツは、憑き物が落ちたように、淡々とひとりごちる。


「やから、それを否定するために剣術やっとうを極めて、この世で一番強くて偉いヤツ――魔王を斬ったろうと思った。

 そうすれば、儂の中の『侍』を殺せると思った。でも、無理やった……魔王どころか、十二神将の席すら、儂には遠すぎた。

 あそこはアカン。ほんまもんの人外魔境や。『概念武装がいねんぶそう』も使えん儂が、首突っ込める領域やなかった。それが分かったときに、心がぽっきり折れてもうたんや……。

 儂は最期まで、ただの腐れ外道のままやったわ……ほんまに、儂は弱い。弱くて、クズで、救いようのない阿呆や……」


 黙ってドウセツの独白を聞いていたセリカが、ゆっくりと口を開く。

 

「……本当にアホね。おまけに弱いわ。自分にも勝てないヤツが、魔王なんかに勝てるわけないじゃない」


「はは……仰る通り! 言葉もないわ!」


 復讐に取り憑かれ、狂気に陥り、外道に堕ちた老人が、からからと快活な笑い声を上げる。

 己の人生が、いかに滑稽だったかを俯瞰しているかのように。


「……そういや、嬢ちゃんの名前、聞いてへんだな。冥土の土産に聞かせてくれ」


 ふと、思い出したように尋ねるドウセツに、セリカは胸を張って答える。

 

「あたしはセリカ。いずれ魔王を倒す、最強の冒険者よ!」


 自信に満ちたセリカを、ドウセツは眩しいものを見るかのように面頬の空隙を細める。

 

「セリカはんか。儂はドウセツや。魔王を斬るなんて吹かしとった大馬鹿者や。セリカはんは、儂みたいにならんといてや」


「なるわけないでしょ。あたしは自分に嘘なんかつかない。アンタみたいにね」


「……かっはっは! 無駄に長生きしてもうたけど、よかったわ! あんたみたいな大物と会えたんが一番の土産や! 

 魔王討伐、せいぜい気張りや! 地獄から応援しとるで!」


「ふん、勝手にしなさい」


 そう言って、セリカは剣を引き、ドウセツを粉微塵に打ち砕いた。

 あとに残されたのは、風化していく古びた鎧の破片だけだった。


 

 

 ◆ ◆ ◆


 読者の皆様へ

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!感謝感激の至りです!

 ここで、作者からのお願いです。

 おもしろい、続きがみたいと思われた方はブックマーク、評価をおねがいします。

 おもしろくないと思われた方も、面倒でしょうが評価での意思表示をしてくれたら嬉しいです。

 おもんないけど読めたから☆ひとつ。

 まあ頑張ってるから☆ふたつ。

 そんなつけかたでもかまいません。

 今後の執筆の糧にしていきます。

 作者としては反応が見えないのが一番ツライので

 何卒よろしくお願いします!

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