第18話『想定外』

(……このドウセツなる魔族、流派はなんだ? 東方由来のものか?)


 数メートルの間合いを空けて、ドウセツと対峙したブリギッテは、彼の力を推し量ろうとしていた。

 ドウセツの構えは、二本の刀を両手に持つという、少なくともクラリオン王国では目にすることのないものだった。


「変わった剣を使うものだな。流派はなんだ?」


二天一流にてんいちりゅう言うらしいで。まあ、なんの伝位もとっとらんで、ほとんど我流みたいなもんやけどな」


 我流と自嘲したが、ドウセツの立ち姿はさまになっている。

 侮るべきではない、とブリギッテは判断した。


「舶来の剣技、興味はあるが、堪能している暇はない。東方には死に際に詩を詠む文化があるそうだが、考えてあるか?」


「辞世の句っちゅうヤツか? かっはっは! 儂みたいな百姓が、そない高尚なことするわけないやろ! だいたい、もう儂とっくに死んでんねんで!」


「それもそうか。ならば――これ以上、待ってやる必要はないな」


 言うやいなや、ブリギッテは一気にドウセツとの間合いを詰める。

 大上段に振りかぶった、長大な大剣に、全体重を載せて振り抜いた。

 これぞ剛剣流・渾身の型『屠竜の巨剣ズィークフリート

 

 普通の使い手ならば、幾度の牽制、崩しを経て、とどめの一撃として繰り出す大技。

 しかし、それらはあくまで、常人が剛剣流を――突き詰めれば『屠竜の巨剣ズィークフリート』を扱うために考案された、いわば補助輪のようなもの。

 現に、剛剣流の開祖であり、半神半人の英傑ヴィクトーアは、当初『屠竜の巨剣ズィークフリート』以外の技を持っていなかった。

 

 必要がなかったからだ。


 ただ疾く近づき、力の限り剣を振るう。

 その単純極まりない剣法が、ヴィクトーアに必勝をもたらしていた。

 よって、常ならざる使い手――たとえば、ブリギッテのような混血には、常人用の小技など必要ない。

 

 ヴィクトーアと同じように、初撃で『屠竜の巨剣ズィークフリート』を放てばそれで片がつく。

 そういう意味では、ブリギッテこそが、剛剣流の原初の在り方を誰よりも体現していると言えるだろう。

 だが、


 ドゴォン!


「なっ……!」


「おお……! ごっつい剣やなあ姉ちゃん! いなそう思たのに間に合わんかったわ!」


 ブリギッテ渾身の一撃は、ドウセツの頭上で交差した二刀によって防がれていた。

 衝撃によって、ドウセツの足元には亀裂が走り、地面がべゴンと凹む。

 しかし、それだけだった。


(我が『屠竜の巨剣ズィークフリート』を受け止めただと……!?)


「どや? 凄いやろ、儂の剣は!」

 

 ガキンとブリギッテの剣が弾かれ、両者は再び距離を取る。

 だが、先ほどまでとは状況が違う。

 己の切り札を防がれ、ブリギッテは狼狽を隠せないでいた。


(何が起こった……? 今の一撃、感触が妙だった。手応えがなさすぎる! 戦技せんぎか?)


「『流力化功りゅうりょくかこう』ですね。東方の拳法家などが扱う、受けた衝撃を別の場所へ逃がす高等戦技せんぎ……あのレベルで習得している方は初めて見ましたが」


「なんや。もうバレてもうたんか。ほならしゃあない。種明かししたるわ。ちょっとだけな」

 

 ドウセツは誇らしげに語った。


「この戦技せんぎは肉体のあるヤツにはようけ使えへんねん。人間でも魔族でもな。

 なんぼ磨いたところで、完全に攻撃を無効化できるわけとちゃう。

 どない上手く受け身とっても、高いところから飛び降りたらどっかしら痛むやろ? 

 あれと同じや。必ず身体にダメージが蓄積する! ましてや、今の姉ちゃんみたいなドでかいの食らったら終わりやな。受け流しようがないもん。

 でも、生命武装リビング・アーマーの儂なら別や! はなっから痛める身体なんかないからな! いくらでも使い放題ってわけや!」


「そんなはずはない! 肉体はなくとも、鎧のほうにはダメージが残るはずだ!」


「そない言われてもなあ。実際効いてへんのやから、そういうもんやと思てもらうしかないわ」


(嘘だ。こやつは何かを隠している。それさえ暴くことができれば……!)


「ほな、今度はこっちからいくで」


「っ!」


 研ぎ澄まされた鎌鼬かまいたちのごとき連撃がブリギッテを襲う。


(重い……! 一撃一撃が、剛剣流の皆伝Aランクに匹敵する……! 片手持ちでこの威力とは……!)


 ただ重いだけではない。

 二刀流の強みを存分に活かした手数と、人体の急所を的確に狙う鋭さを併せ持つ剣技は、ブリギッテをして防ぐことに全神経を集中せざるを得なかった。

 

「ほおお、ようしのぐなあ姉ちゃん。やっぱあんた強いわ。おまけに騎士団長さんなんやろ? 強くて偉いときたら……儂の大好物やんけ!」


「ぐっ!」


 強烈な突きを大剣の腹で受けたものの、慣性で数メートル後ずさるブリギッテ。

 息こそ切らしていないものの、その額には大粒の汗が浮かんでいた。

 彼女が体勢を立て直す前に、ドウセツが地を這うような低姿勢で駆け寄った。


「そうらっ!」


「っ!」

 

 両手の刀が、ブリギッテめがけて振り下ろされる。

 とっさに大剣で身を守ったブリギッテだったが、


 ドッゴォン!


 慮外の重撃。

 小柄なドウセツからは想像もつかないほどの威力に、ブリギッテの骨が軋みを上げる。

 大地が割れ、彼女のブーツが足首まで沈み込んだ。

 ブリギッテの『屠竜の巨剣ズィークフリート』に匹敵、あるいはそれをも上回る強打。


「あん? おっかしいな。段平だんぴらごと叩き潰したつもりやったのに……姉ちゃん、もしかしてなんか混ざっとる・・・・・んか?」


「ほざけ!」


 なんとか大剣を振り回し、ドウセツを追い払ったブリギッテ。

 肩で息をしながら、ブリギッテは葛藤していた。

 

(まずい……これ以上は、抑えきれん・・・・・……!)

 

「やばいぞ。初めて見たぜ、団長が息切らしてるとこ……!」


「畜生、俺たちも加勢できりゃ……!」


「無理だ。俺たちじゃ邪魔になるだけだ……」

 

 そのときだった。

 

「アンタじゃ無理そうね、エロ団長! あたしに代わんなさい」


 悔しがる騎士たちの背後から、甲高い声が響いた。


「セリカさん!? どこに行っていたんですか、今まで」


「山籠り」


 見れば、そこには全身薄汚れたセリカが立っていた。

 体中が擦り傷や引っかき傷、土や砂汚れだらけで、綺麗な地肌が見えている箇所がほとんどない。

 しかし、その眼差しには、一週間前とはまるで違う力強い輝きが宿っていた。


「な、何言ってんだ! 死にたいのか!?」


「お前、団長に負けたこともう忘れたのか? あの人が別格だってことくらい、お前にも分かるだろ!」


「忘れるわけないでしょ。だから修行してきたのよ」


「修行って、お前な……たった一週間でなにができるってんだよ」


「それを今から、アンタたちに見せてやろうってのよ。ほら、どいたどいた」


 騎士たちをしっしっと追い払い、セリカはルフレオのもとへ歩いていくと、腰に手を当てて胸を張った。


「ちゃんと見てなさいよ。あたし、頑張ったんだから」


 それを受け、ルフレオは柔和な微笑みで返す。

 

「はい。応援しています」


「おいおい! アンタも師匠なら止めろよ! 弟子が死んじまってもいいのか!?」


「弟子を死地に追いやるような真似はしませんよ。それに、私はセリカさんを信じていますから」


 騎士たちの制止を無視し、セリカはブリギッテとドウセツのほうへ顔を向けた。


「ちょっと、聞こえたでしょ、スケベ騎士! そのガラクタとはあたしがるから」


「セリカ殿、加勢はありがたいが、こやつの力は……」


「加勢じゃないっての。交代よ、こ・う・た・い。アンタもうバテバテじゃない。向こうで休んでなさい」


 ブリギッテはセリカをじっと見つめた。


(たった一週間で、それほど成長するとは思えんが……)


 しかし、彼女の師匠であるルフレオが、セリカを止めようとしなかったことが気になる。

 彼がそう判断した理由を知りたい。

 それに、実際、これ以上の戦闘は避けたいのは事実だ。

 なりふり構わないのならどうとでもなるが――切り札は隠すもの。切らずに済むならそうしたい。


「……分かった。この場は任せる。死ぬなよ」


「死ぬわけないでしょ、こんなガラクタ相手に」


 すると、やり取りを聞いていたドウセツが、つまらなさそうに兜を傾け、首を軋ませた。


「……ちょいちょいちょい。なにを勝手に選手交代しようとしよんねん。道場の試合とちゃうんやで? 『参った』じゃ済まへんのや。殺し合いやぞ? 逃がすと思うか?」


「じゃ、その変態女が逃げる前に斬ればいいじゃない。ごちゃごちゃ言ってないで」


「ほーん……」


 セリカの挑発に、ドウセツは刀を下ろしたまま脱力していたが、


 ガキン!


 やおらブリギッテ目掛けて斬りかかるも、その前に割って入ったセリカに阻まれる。

 

(受け流した……!? あやつの剣を……!)


 ブリギッテの見立てでは、セリカの剣術はバルナバスの剣でさえ受けることは難しいというレベルだった。

 ましてや、バルナバスを遥かに上回るドウセツの剣など。

 だが、現実は違っていた。

 

(今のは、雷剣流・いなしの型『避雷針パラトンネール』! 本当に習得したのか……!? たったの一週間で!)


 急いで背後に飛び退きながら、ブリギッテは自分の目を疑わざるを得なかった。

 言うまでもなく、防御技は、攻撃技よりも習得が難しい。

 極論、攻撃技は素振りだけでも形だけなら身につけることはできる。

 

 しかし、防御技は、相手の攻撃に応じて受け方を変えなければならないため、実戦で使えるようになるには、気が遠くなるほどの鍛錬が必要となるものだ。

 その常識を、セリカはあっさりと塗り替えてみせた。

 天才の二文字が、ブリギッテの脳裏をよぎる。

 

「結構いい剣してるじゃない。ガラクタにしては」


「めんどいなあほんまに……儂はさっさとルフレオはんとやりたいんや! おんどれみたいな小娘に用ないねん!」


 再び、激突が開始した。


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