第24話『交錯する疑念』

 ルフレオの言葉に、真っ先に噛みついたのはアマンダだった。


「ちょっとルフレオ! それはないんじゃないの!?

 命懸けで情報掴んできたあたしたちを疑うなんて!」


「お前のことはすげえと思ってるけどな、流石に今のはひでぇぞ!」


「失礼。ですが、我々はあらゆる事態を想定する必要があります。ことに、敵には人狼がいる。彼らの変身能力は、神の目をもあざむく『概念魔法がいねんまほう』。私も一度痛い目を見せられている。

 今、ここにいるカフカさんたちが、彼らに化けた人狼でないと言い切れますか?」


「ぬう……」


 ルフレオの鋭い指摘に、ヘクトールはうなる。

 

「い、言われてみりゃ、確かに怪しいかも……」


「なんか、都合いい感じするよな」


「でも、逆に考えてみろよ。自分が人狼じゃないなんて、お前証明できるのか?」


「簡単な方法があります。あなたたちに、私たちの間でしか知り得ないことに関する質問をすればいい」


 人狼固有の擬態魔法【千変万化せんぺんばんか】を見抜く方法は存在しない。

 対象の骨格・筋肉・血管・過去の古傷や歯の治療痕、手術痕に至るまで、肉体のありとあらゆる情報を完全に模倣し、肉眼での看破を不可能とする。

 しかし、の変身術ならば、他の種族にも実践は容易。


千変万化せんぺんばんか』を変身術の頂点たらしめるのは、その理屈を超越した概念的な防御性。

 いかなる魔法、魔眼、魔道具であろうと、【己の正体を暴こうとする術法】その全てを惑わす概念魔法がいねんまほうであるが故である。

欺瞞ぎまん』の概念を持つ【千変万化せんぺんばんか】を破るには、『看破』などの『正体を暴く』概念を持った概念魔法をぶつけるしかない。

 そして、ルフレオはその類の概念魔法を持たない。

 

 だが、【千変万化せんぺんばんか】とて、再現できないものはある。

 対象の記憶だ。

 見知った間柄であれば、当事者でしか知り得ない質問を繰り出すことで、『千変万化せんぺんばんか』そのものは暴けなくとも、成り代わりを炙り出すことは可能である。

 事前にいくら成り代わり対象の情報を仕入れていたとしても、限度はあるからだ。

 

「ねえ! いい加減にしてよ! そんな質問いくらしたって――」


「答えられないのなら、あなたたちを信用するわけにはいきません」


 きっぱりと断言するルフレオ。

 なおも食い下がろうとするアマンダを、カフカが制する。


「やめろ。……ルフレオの言う通りだ。そもそも、この作戦を成立させるには、僕たちの身の潔白の証明は不可欠だ。疑われるのはいい気分じゃないけど、仕方ない」


「……分かったわよ。答えればいいんでしょ、答えれば!」


 ヤケクソ気味にアマンダがカフカの手を振り払う。

 ルフレオは少し考えて、問いを投げた。


「アマンダさん。あなたがヒルデブラントとの戦いで、使用した魔法の名前は?」


 緊張の一瞬。

 だが、アマンダは迷うことなく即答した。


「【最上級火炎魔法ファイア・エクスプロージョン】」


「……正解です」


 ほっと周囲が胸を撫で下ろす気配が感じられた。

 だが、まだ追及の手を緩めるわけにはいかない。

 ルフレオは矛先を変えた。


「エーリヒさん。セリカさんの魔法適性は?」


「雷電と疾風……だったよな?」


「正解です。ミハイルさん。私がここで魔力測定をしたときのランクは?」


「Bだろ?」


 どれも合っている。

 しかも、全て即答だ。

 最後に、ルフレオはカフカに尋ねた。


「カフカさん。ヒルデブラント討伐の際、あなたはどうしてギルドへ討伐報告を出したのですか?」


 今まで、アマンダたちにした質問は、奇跡的な確率ではあるが、事前の仕込みがあれば正答できる範疇のもの。

 だが、これは事実関係を正確に把握し、かつカフカ本人の思考を理解していなければ、回答は不可能だ。

 カフカはその質問を受け、一瞬表情をこわばらせたが、すぐに答えた。


「……僕の、冒険者としての誇りが許さなかったからだ」


 それは、百点満点の回答であり――同時に、

 なぜなら、もはやカフカたちの潔白は、


 よって、これ以上彼らを追求することはできない。

 すなわち、ヘクトールの安直な作戦を中止させる術はなくなったということ。

 ルフレオはある決意を固め、素直に頭を下げる。

 

「正解です。どうやら、入れ替わりはなさそうですね。操られているという魔法的痕跡もない」

 

 おおーという安堵とも喜びとも取れる歓声が上がる。

 誰も、仲間を疑うことなどしたくなかったのだろう。

 これで、晴れて作戦に臨めるというわけだ。

 ルフレオはヘクトールに頭を下げた。


「時間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした。続けてください」


「構わん。実際、カフカたちの潔白の証明は必須事項だったからな。だが、ルフレオ。貴様、冒険者としての実績は確かなようだが、少々敵を買いかぶる癖があるようだな。

 私はこれまでに何度も大規模な魔族との戦いを指揮し、神将討伐作戦を成功させたこともあるが、魔族ヤツらの知能はそう大したものではない。

 魔族など、所詮は人語を解するだけの獣の類。人類の叡智をもってすれば、破れぬ相手ではないのだ!」


 威勢よく拳を突き上げ、周囲を鼓舞するヘクトール。

 それにつられ、冒険者たちも雄叫びを上げる。

 そんな勇ましい空気の中、カフカを除く彼のパーティメンバーたちは、皆一様にうつむいていた。


 ◆


 作戦会議が終わったあと。

 ルフレオは柄にもなく神妙な面持ちのセリカに声をかけた。


「どうしたんですか、セリカさん。お待ちかねの十二神将との戦いだというのに」


 セリカはしばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。

 

「……さっき、あのヘクトールとかいうおっさんが言ってたわよね。『準備ができてなくても戦うのが冒険者だ』みたいなこと」


「ええ。言ってましたね」


「あれさ。なんかかっこよさげに聞こえるけど、結局はあたしたちにやる気を出させるために言ってるだけでしょ?

 そりゃ、さらわれた人たちは可哀想だし、助けてあげたいけど、だからって無茶な作戦を仕掛けて、弱い凡人を死なせるのはどうなのって思うわけ。

 別に友達ってほどでもないけど、このギルドの連中は知らない仲じゃない。志は低いけど、一緒に魔王軍と戦う仲間だし、話したことも、同じテーブルを囲んだこともある。

 そんなヤツらが、作戦が終わったら死んでるかもしれないって思うと……なんか、怖い。こんな風に感じるの、初めて」


 護衛クエストでの一件があったからだろうか。

 セリカは根拠なき全能感から脱却し、現実を見る目が育ちつつある。

 そんな彼女の成長に驚きつつ、ルフレオは安心させるために優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫ですよ、セリカさん。今回の緊急クエストは、私が一人で片をつけます。誰も死なせませんよ」


 すると、セリカはキッとルフレオを睨みつけた。


「……ガキ扱いしないで」


「セリカさん?」


「アンタは強いけど、全知全能の神様なんかじゃない! そのくらい、あたしにだって分かってる! だって――アンタにもあるじゃない、守れなかったこと!」


 セリカの叫びが、ルフレオに鋭く突き刺さる。

 

(っ――――)

 

 最悪の記憶が蘇る。

 死に瀕した最愛の少女。

 虚ろな眼差し。

 冷えていく肢体。

 流れ出る血液が、己の手を赤く染めていく。


『――――』


 青ざめた唇がかすかに動いた。

 あのとき、エリカは最期になんと言ったのだったか。

 思い出せない。

 脳が過去の再生を拒んでいる。深く刻み込まれたトラウマ。

 心を壊しかねないほどの損傷を忘却するために。

 

「ごっ……ごめん。言い過ぎた。ごめんなさい」


 顔面蒼白になったルフレオに、セリカがとっさに謝罪の弁を口にする。

 だが、ルフレオは曖昧にうなずくだけだった。


(もう、誰も喪いたくない。死ぬのなら、私一人でいい――)


 気まずくなったのか、セリカは何も言わずに走り去っていく。

 そんな彼女を目で追うこともせず、ルフレオは一直線にカフカのもとへ向かった。


「カフカさん。お願いがあります」


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