第14話『触れてはならないもの』

「では、試合開始!」


 ルフレオの号令の直後、セリカが動いた。

 弓を引く『雷雲』の構えからの、最速の『雷神の石弩フードゥル・アルク


 ズドン!


 木剣から放たれた『空刃くうは』――刺突と同等の威力を持つ魔力の刃が、ブリギッテを襲う。

 だが、直後にセリカは愕然となった。


「嘘、でしょ……」

 

「す、すげえ! 微動だにしてねえ!」


「いったい、何をしたんだ!?」


 見れば、ブリギッテは大振りな木剣を上段に構えた姿勢のまま、一歩もその場から動いていない。

 破壊されたのは、彼女の背後にある壁だけだ。

 その場の誰もが、ブリギッテの防御術を見抜けていないようだったが、ルフレオだけは違った。

 

(セリカさんの『雷神の石弩フードゥル・アルク』を木剣の柄でいなすとは……)


 剛剣流の構えは、敵の先手をとることを想定した攻撃的なもの。

 従って、受けは不得手なはずだが、ブリギッテほどの使い手ともなれば、小技でさばくくらいはお手の物というわけだ。

 

「凄まじい威力と速度だ。驚嘆に値する。なるほど、確かにこれ一つで、下位の神将程度なら一蹴できるだろう。思い上がるのも無理はない。だが」


 ブリギッテは不敵な笑みを浮かべた。


足りん・・・な。開始前の構え。魔力の流れ。筋肉の力み方。あれでは『これから突きを放ちます』と自分から教えているようなもの。露骨すぎて、罠かと思ったくらいだ」


「くっ……!」


「さあ。もっと技を見せてみろ。その歪んだ性根ごと、癖を叩き直してやる」


「な、舐めるんじゃないわよ!」


 セリカは己を奮い立たせるようにそう叫ぶと、得意のフットワークでブリギッテの周りを回り始める。

 だが、ルフレオとの初戦とは違い、周囲に足場となるものがないため、その速度は格段に落ちていた。


「どうした? さっきからぐるぐると犬のように回って。踊りでもしているのか? 悪いがいちいち見てはやれんぞ」


「ふん! 老眼で追いきれないだけでしょ! 年増のエロ女!」


(構えを一切崩さない……どの角度から攻められても問題はないということですか)


 セリカとしては、ブリギッテの姿勢を崩して隙をつくろうという魂胆なのだろうが、どうやらその見込みは甘かったようだ。

 

「そちらが来ないのなら、こちらから往くぞ」


 ス、とブリギッテが一歩足を踏み出す。

 その瞬間、セリカの身体が一気にこわばったのが遠目でも分かった。

 あれでは、動きがバレバレだ。


「ダメです、セリカさん!」


 とっさに叫んだが、時すでに遅し。

 ブリギッテの踏み込みをチャンスと見たセリカが、彼女の背後から乱雑に斬りかかったのだ。

 なんの工夫もない、速さに任せただけの突撃。

 それを、ブリギッテが見逃すはずがない。


 やおらブリギッテが身を回し、回転しながらカウンターの斬撃をセリカに見舞う。

 先ほどの踏み込みは、セリカを釣るための引っかけだったのだ。

 

「っ――――!」


 天性のセンスで、かろうじて反応したセリカだったが、予め技を置いていた・・・・・ブリギッテのほうが、一瞬早かった。


 ドゴォッ!


 脇腹へ木刀の横薙ぎを食らったセリカの身体が、くの字に折れ曲がる。


「がはっ……!」


 数メートル離れたところに落下し、もがき苦しむセリカ。


「うわっ、えげつねえー! モロだぜ!」


「あばらイッたんじゃねえか!?」


「さすが団長。客人だろうと容赦ねえな~」

 

 否。

 ブリギッテの怪力なら、セリカを壁まで飛ばすことくらい容易なはず。

 つまり、手加減されたのだ。

 恐らく、木剣を振り切らず、触れた瞬間に寸止めしている。

 卓越した筋力と、鍛錬がなければ、あんな芸当はできない。

 

(完敗、ですね)


 木剣の先端を杖のように地に着け、ブリギッテがルフレオを見やる。


「一本。……でよろしいか、ルフレオ殿」


「ええ。文句なしです」


「ま、まだよ……! まだあたしは……!」


「セリカさん。残念ですが、ここまでです。これ以上、あなたが傷つくのを見過ごすことはできない」


「なんで、なんでそんなこと決めつけるのよ!」


『雷神の石弩』フードゥル・アルクとフットワーク。今のあなたの技は全て見切られている。このままでは、百年続けても結果は同じです」


 そこへ、ブリギッテが見下げたように言い放つ。


「凡人の努力など無価値、と貴殿は言ったな。だが、これでよく分かっただろう。才能の多寡だけが、勝負の趨勢を決めはしない。努力を怠る才人など、凡人以下だということがな」


「うっ、ううう――!!」


 敗北を受け入れられないのか、砕けんばかりに奥歯を噛み締め、嗚咽を漏らすセリカ。

 これまで築き上げてきた自信やプライドが、完膚なきまでに突き崩されたのだ。

 その心痛は、察してあまりある。


「ふはははは! どうだ小娘! これが騎士の力だ!」


「団長はな、お前みたいなガキにどうこうできる相手じゃないんだよ!」


「その程度で、なにが魔王討伐だ、笑わせるぜ!」


 ゲオルクとバルナバスが一蹴された鬱憤もあるのだろう。

 かさにかかってセリカを小馬鹿にする騎士たちに、ブリギッテが怒りもあらわに声を荒らげる。


「貴様ら――」


「セリカさんが負けてしまったので、次は私の番ですね。どなたか、お相手していただけませんか?」


 さほど大声を出していないのに、ルフレオの言葉は不思議とよく通った。

 調子づいていた騎士たちは、冷水を浴びせられたように表情が凍る。

 ルフレオはセリカが取り落とした木剣を拾うと、怯む騎士たちに向かって歩いていく。

 先に声を上げたはずのブリギッテでさえ、ルフレオから発せられる怒気の凄まじさに気圧されてしまっていた。


「構いませんよ。一人が不安なら、二人がかりでも三人がかりでも……全員で来られても、私は逃げも隠れもしません。正々堂々、正面から迎え撃って差し上げます」


 ルフレオの歩みに合わせて、三十人近くいる騎士たちが退いていく。

 まるで、見上げるほどの巨獣を恐れるかのように。


「おや? どうされました? まさか、私のような中年男一人に、誇り高き王立騎士団のお歴々が怯えているなんて……そんなことはありえませんよね?」


「く、クソ……! やってやらあ――!」


「バカ、よせ!」


 挑発に耐えられなくなった騎士が、喚き声を上げながらルフレオに斬りかかる。

 

「てやああああ――!」


 裂帛れっぱくの気合とともに、大上段から振り下ろされる剣。

 しかし、直後。


 バキャッ!


「ッ――!!」


 まさしく一瞬の出来事だった。

 剣を振り抜こうとしていた騎士が、次の瞬間には後頭部から地に叩きつけられていたのだ。

 打たれた騎士は白目をむいて泡を吹き、ピクリともしない。

 

 ルフレオのやったことは単純だった。

 ただ、騎士よりも速く剣を振り、その額を打ち抜いた。

 それだけだ。


 これは、どの流派に属する技でもない。

 剣技と呼べる代物でさえない。

そんなもの・・・・・は使うまでもないのだと、言外にルフレオはそう彼らに告げていた。


「次」


 絶対零度の凍てつく声音で、ルフレオはつぶやく。

 その冷たさで、騎士たちはようやく実感する。

 自分たちは、触れてはならない逆鱗モノに触れてしまったのだと。

 

「わ、悪かった……」


「許してくれ……あの娘を笑ったことなら謝る……」


「何をおっしゃいますやら。セリカさんが負けたら、次は私の番だと、さんざん息巻いていたのはあなたがたでしょう。私はそのご要望に則っているだけです。さあ――次は、どなたですか?」


 騎士たちはオオカミに囲まれた子ヒツジのようにすくみ上がっていた。

 もはや、この場にいる騎士全員を打ちのめすまで、ルフレオの怒りは収まらないだろう。

 ルフレオは無表情のまま、ゆっくりと歩き出した。


「来ないのなら、こちらから――」


 そのときだった。


「――重ね重ねの非礼、深くお詫び申し上げる」


 ルフレオの前に滑り込み、四肢を地についたブリギッテが、深々とこうべを垂れる。

 

「彼らの言動はすべて、多忙にかまけ、部下の教育をバルナバスに任せていた私の責任だ。ヤツは今日付けで更迭こうてつ処分とする。故にどうか、とがを問うのは私一人でご勘弁願いたい」


 ブリギッテの決死の懇願に、ルフレオはしばらく黙っていたが、やがてニッコリと破顔した。


「いえ、こちらこそ申し訳ない。つい、頭に血が上ってしまって。ここは私の至らなさも含めて、手打ちということにしましょう」


 打って変わって柔和な態度に戻ったルフレオに、ブリギッテはホッとしたように表情を緩めた。

 

「そう言っていただけてなによりだ、ルフレオ殿」


「今日のところは、一旦引き上げましょうか。とてもものを教える空気ではない。剣術指南のほうは、後日また改めてということで」


「了解した。これで、あの馬鹿どもも、貴殿らの実力を重々に理解したことだろう。今日は無駄な労力をかけてしまってすまない。

 いろいろと手続きがあるのと、馬鹿どもを教育し直さねばならんので、指南再開は一週間後とさせてもらう。ゆっくり休んでくれ」


 こうして、王都初日の騒動は、結果として丸く収まる形となった。

 屈辱の敗北を喫した、セリカを除いて。



 ◆ ◆ ◆


 読者の皆様へ

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!感謝感激の至りです!

 ここで、作者からのお願いです。

 おもしろい、続きがみたいと思われた方はブックマーク、評価をおねがいします。

 おもしろくないと思われた方も、面倒でしょうが評価での意思表示をしてくれたら嬉しいです。

 おもんないけど読めたから☆ひとつ。

 まあ頑張ってるから☆ふたつ。

 そんなつけかたでもかまいません。

 今後の執筆の糧にしていきます。

 作者としては反応が見えないのが一番ツライので

 何卒よろしくお願いします!

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