第13話『宝の持ち腐れ』

「団長、いったいどうしちまったんだ!? 普段から何考えてるのか、よくわからん人ではあったが……」


「いきなりあのルフレオとかいうおっさんに『抱いてくれ』なんてよ!」


「嘘だああああ団長おおお! 嘘だと言ってくれええええ!」


「溜まってたんじゃないのか?」


「な、なにしてるんですか団長! 早くこちらを羽織ってください……!」

 

 騎士団三番手の騎士、フルントにコートをかけられ、上半身下着姿だったブリギッテは、そこで我に返ったように首を振った。


「わ、私は今、なにを……ルフレオ殿を見た瞬間に、頭の中が沸騰したようになってしまって……」


 そんな彼女の様子を、ルフレオはじっと観察していた。

 細身からは想像もつかないほどの怪力。

 高い社会的地位を持ちながら、公衆の面前で自我を失うほどの強い性的衝動。

 純粋な人間とは考えにくい特徴だ。


(サキュバスか、それともオーガか……いずれにせよ、魔族との混血ハーフである可能性は高い)


 人間と魔族の間で子どもが生まれることは、非常に珍しい。

 そもそもとして、種が違うのだから当然の話だ。

 だが、奇跡的な確率によってそれが実現した場合、子は双方の長所を受け継いでいることが多い。

 

 たとえば、ヴァンパイアとの混血ならば、吸血による眷属作成能力と長命を有していながら、日光を完全に克服していたりする。

 仮にブリギッテがオーガとの混血であるなら、オーガ由来の怪力や性欲の強さと、人間由来の社会性や自制心を両立していることもうなずける。

 

 考えごとにふけっていると、脇腹をセリカに小突かれた。


「ちょっと。なにムッツリしてんのよ、あんなの冗談に決まってるでしょ? 本気にするんじゃないわよ、このスケベ」


「あ、ああ。そうだ……すまない、ルフレオ殿。少々、どうかしていたようだ。先の妄言については忘れてくれ」


「ええ。分かっていますよ」


(この反応、あそこまで強い衝動に襲われた経験はなさそうですね。ということは、男を見れば見境なし、というわけではない。なにか条件があるのでしょうか?)


 自分の特徴といえば……そう、魔族エルフとの混血であることだ。

 自身と同じ混血の血に本能が刺激され、性的衝動が発露した。

 そう考えるのが自然だろう。

 本人が発動のトリガーを自覚していないことも、混血が希少な存在であることを鑑みれば、説明がつく。

 ルフレオはそう納得したが、ブリギッテがもじもじしながら尋ねてきた。


「い、いちおう聞いておくが、ルフレオ殿に妻はいるのか?」


「は? なに言ってんのアンタ。いるわけないじゃない」


「聞かれたのは私なんですが……まあいないんですけど」


 そう答えると、ブリギッテは嬉しそうに何度もうなずいた。

 

「そうか……いや、他意はないのだ。気にしないでくれ」


 すると、なぜか不機嫌そうに眉をしかめたセリカが、ずいっと二人の間に割って入った。

 

「ちょっと、ルフレオはあたしの・・・・師匠なんだから。のんきに女と乳繰り合ってる暇なんてないのよ。残念だったわね」


「た、他意はないと言っただろう! ただ確認しただけだ!」


「へえ。なんのために?」


「それは、その……な、なんとなく気になっただけだ! 世間話の範疇だろう、この程度は!」


「ふ~~~~ん……だ、そうですけど。ルフレオさん、なにかコメントはございますか?」


(あれ? セリカさん、怒っていらっしゃる?)


 柄にもなく丁寧な口調で問いかけてくるセリカに、ルフレオは内心冷や汗をかいていた。

 

(女性の心の機微には謎が多すぎる……魔法よりも遥かに複雑で難解だ)


 セリカが自分に惚れている、ということはまずない。

 なぜなら、彼女はまるっきり恋愛に関心がないからだ。

 服飾や身だしなみを整えることに興味を示さないことからも、それは明白である。

 だいいち、自分のような冴えない見た目の中年男に恋をする少女などいるはずもない。

 

 では、単なる師匠に過ぎない自分に、なぜセリカが独占欲めいた感情をあらわにするのか。

 わからない。

 二千年・・・かけて積み上げた知識や経験をもってしても、たった一人の少女の情動を解き明かすことさえできないとは。

 つくづく、人間というものは奥が深い。深すぎる。

 ルフレオは取り急ぎ、無難な返答をすることにした。


「いやあ……ははは、別に普通のことかと」


「いい? アンタは、あたしが、魔王を倒せるように鍛えることだけ考えていればいいの。それ以外のことにうつつを抜かすなんて言語道断よ。もっと師匠としての自覚を持ちなさいよね」


「いやもう、おっしゃる通りです」


「わかればいいのよ」

 

「なぜ貴殿は弟子なのにそんなに偉そうなのだ……」


 ブリギッテからのごく順当なツッコミに、セリカは胸を張って答えた。


「あたしはね、ルフレオがどうしてもって言うから弟子になってあげた・・・のよ。弟子入り志願の逆ね。だからあたしのほうが偉くて当然ってわけ」


「ふん。あまり健全な師弟関係とは言えんな。その調子では、師匠たるルフレオ殿の指示にも反発しているのではないか?」


 図星を突かれたセリカが、面白いように目を泳がせる。

 

「そ……そんなことないわよ」


「……と、言っておりますが、ルフレオ殿。なにかご意見は」


「恥ずかしながら、おっしゃる通りです」


「やはりそうか」


「なっ……! ルフレオ! アンタ、この女の肩持つわけ!?」


「事実を申し上げたまでですが……」


 それまでやり込められていたブリギッテが、意趣返しのように肩をすくめた。

 

「まったく。師匠の言葉に逆らうとは、人に教えを賜る者としての態度がなっていないな。そんなことでは、いかに優れた師を持とうと宝の持ち腐れだ。いかに才能があろうと、遠からず頭打ちだろう。魔王を倒すなどという絵空事は、夢の中でえがいているといい」


 その途端、セリカの目つきが一気に剣呑になった。

 

「……はあ? もう一度言ってみなさいよ。なにが絵空事ですって?」


「『騎士はごとを忌むべし』誰でも分かることを二度聞く馬鹿者には、身体で教えるしかあるまいよ」


「へえー、楽しみだわ。万年発情期のお盛んな騎士サマが、どんな教えを授けてくれるのかしら? あんまり変態じみたのじゃなきゃいいんだけど」


「お、おいおい……あのガキ、えらい目に遭うぞ」


「団長の『教育』は半端じゃない。止めに入ったほうがいいんじゃないか?」

 

「じゃあ、お前が行けよ」


「嫌だよ。おっかない」

 

 バチバチと火花を散らす二人の後ろで、騎士たちがあわあわとお互いを小突き合っている。

 しかし、ルフレオはこれを好機と捉えていた。

 ブリギッテの言ったことは、おおかたルフレオと同意見だった。


 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

 口で言って理解してくれれば一番なのだが、それが無理なら一度痛い思いをしてもらうしかない。

 セリカは新しい技を教わることを好みはするが、習得のための努力は極端に嫌がる。

 これでは、いつか才能だけではどうにもならない領域に足を踏み入れたとき、限界を迎えるだけだ。

 

 そんな修行嫌いのセリカに、修行の重要性を教え込むには、修行によって練り上げられた剣術によって打ち負かされるほかないだろう。

 それも、思いもよらない相手によって。

 

 そのことを期待し、ゲオルクやバルナバスとの決闘も見守りに徹したのだが、彼らではセリカの才能を超えられなかった。

 だが、混血であるブリギッテならば。

 

「ルフレオ殿。差し出がましい申し出で恐縮だが、貴殿の弟子に少々、教訓を授けて差し上げたいと思う。よろしいか?」


「ええ。存分にやってください」


「今度はつまんない条件つけたりしないでしょうね」


「もちろん。全力で戦っていただいて結構です。審判は私が務めましょう」


「それがいい。私も無論、加減はするが、必要だと思ったらすぐ止めに入ってくれて構わん」


「はっ! 無意味な気遣いね。止めに入る間もなく片付けてやるわ!」


 二人に木剣が配られ、運動場の真ん中で対面する。

 険悪な目つきでにらみあげるセリカと、超然とした姿勢を崩さないブリギッテ。

 彼女たちから少し離れた位置で、ルフレオは試合開始を宣言する。


「では、始め!」

 

 こうして、セリカとブリギッテの試合が始まった。


 

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