第12話『騎士の衝撃』

「でやああああ――!」


 猛然と突撃してきたバルナバスは、大上段に振りかぶった剣を振り下ろす。

 セリカはとん、と後ろにステップし、その一撃を回避。

 直後、ドガァ! とバルナバスの剣が大地を割った。

 続く二撃目。

 薙ぎ払う格好で放たれた斬撃は、『空刃』《くうは》となって宙を駆け、運動場の壁を深々と斬り裂いた。

 さらに三撃目。

 薙ぎ払いの慣性を殺さず、鋭い足払いからの袈裟斬り。

 バルナバスが剣を振るうたびに運動場は破壊され、轟音が鳴り響く。

 

「うおおっ! すげえ威力だぜ、副団長の剣!」


「さすが剛剣流の皆伝Aランクだ……!」

 

 バルナバスの破壊力に沸き立つギャラリー。

 しかし、当のバルナバスは、すでにセリカに勝負を挑んだことを後悔し始めていた。


(クソッ……! 何も分かっておらんバカどもめ! 『二の太刀なし』が剛剣流の旨だというのに、三撃も放ってなお、かすりもせんだと……!?)


 剛剣流。

 それは、一撃の威力を重視した流派の一つ。

 だが、ただ闇雲に、力任せに剣を振り回すだけの喧嘩殺法ではない。

 

 牽制、フェイント、足運び、体捌き。

 もちろん、敵に素早く肉薄するための身体能力も必要不可欠だ。

 それら全てを駆使し、敵を打ち倒す強力無比な斬撃を繰り出すのである。

 むしろ、とどめとなる一撃よりも、そこに至るまでの過程こそが、剛剣流の真髄と言ってのける師範もいるほどだ。

 

 乱戦になりがちな戦場において、敵一人との交戦時間は短ければ短いほどよい。

 背後から斬られる危険を減らせるからだ。

 ならば、どうするか。

 すなわち、『剛剣流に二の太刀なし』。

 敵は一撃で、迅速に仕留めるべし。

 そう教えられ、三十余年に渡って、バルナバスは剛剣流を鍛え続けてきた。

 

 だというのに、目の前の雷剣流を少々かじった程度の小娘――セリカには、それらがまったく通用していないのだ。

 ただ目でこちらの動きを追っているだけでは、決して対応できないような連携も、セリカは難なくかわしてしまう。

 まさに、天賦の剣才だ。

 百年に――否、千年に一人と言うべき逸材。


「お、おい。なんかおかしくねえか?」


「副団長の剣がかすりもしないなんて……!」


「あのセリカってガキ、何者なんだよ!」

 

(いったい……なんだったのだ!? 私の三十年は……!)


 絶望の二文字がバルナバスの脳裏を染め上げる。

 これまでの血のにじむような鍛錬も、苦労も、圧倒的な才能の前には無意味なのか?

 と、不意にセリカが口を開く。


「アンタの流派――剛剣流だっけ? 一発が大きいだけじゃない。その一発を当てるまでの道のりも計算され尽くしてる。なるほどね。


(バカな……見抜いたというのか!? 数分にも満たないこの試合で、剛剣流の極意を!)


「剣禁止の理由も分かったわ。あたしじゃたぶん、アンタの剣は受けられない。受ける技術がない。だから避けろって意味だったのね。でも、まあ要するに――」


「うるあああああ!」


 バルナバスは大声を発しながら、渾身の一振りを放つ。

 しかし、それもまた虚しく空を切った。

 そこに、ごくわずかな隙が生じる。

 常人であれば、そうと認識さえできないほどの。

 

 二の太刀なしを謳う剛剣流とて、バカ正直にそれを盲信しているわけではない。

 連撃の概念は当然のごとくあり、先人たちによって何百年と研鑽されている。

 今、バルナバスが放ったのは、十連撃の締めの技。

『もうこれ以上、他の技に繋げられない』という限界点。

 瞬きにも満たない空隙を、セリカの天性の戦闘センスは見逃さなかった。

 弓を引くように拳を構えるセリカ。

 

「――回避に徹すれば、アンタの剣なんて、ちっとも怖くないってことよ。騎士サマ」


 ドゴォッ!


 砲撃のような打撃音。

 セリカの全体重を乗せたパンチがバルナバスの顔面に突き刺さる。


「ぶげぁっ!」


 二回、三回と地面をバウンドしながら吹き飛んでいったバルナバスは、ちょうど運動場の入り口付近で、ズザザザーと顔面をこすりつけながら停止した。

 セリカは首を振って、顔にかかった前髪を払うと、傲慢に言い放った。

 

皆伝Aランクだかなんだか知らないけど、アンタたち凡人の努力なんて、あたしの才能の前にはゴミ同然ってわけ。分かった?」

 

「クソ、舐めやがって……!」


「よくも副団長を……!」

 

 嘲弄するセリカに、こめかみへ血管を浮かべながら悔しがる騎士たち。

 そんな中、バルナバスはよろめきながら立ち上がった。

 鼻は豚のように潰れ、前歯も無惨にへし折れた顔面は血みどろで、正視に耐えない有様だ。

 

「こ、小娘が……! ふざけおって……! 私はまだ、負けては……!」

 

「――副団長。状況の説明を要求する」


「っ!? だ、団長……!?」


 そこで初めて、バルナバスは運動場の入り口に、今一番現れてほしくない人物がいることに気がついた。

 氷のように輝く長い銀髪に、流麗な顔立ち。

 女性にしては長身で、引き締まった肢体からはみなぎるほどの魔力が発せられている。

 表情こそ普段と変わらぬ無表情だが、彼女が途方もない怒りに駆られていることが、バルナバスにはすぐ分かった。


「な、なぜここに……お戻りになるのは昼過ぎのはずでは……」

 

「肯定だ。故に、貴様には私が到着するまで、客人をもてなすよう命令していた。違いないな?」


「そ、そうですが、これにはいろいろと訳がありまして……」


「ほう。さぞや複雑な事情があるのだろうな。丁重に・・・もてなすよう指示した客人を物置・・に通し、剣術の指導を賜るどころか、部下に喧嘩をふっかけさせた上に惨敗。挙げ句、あろうことか、素手の客人相手に自分だけ真剣で勝負を挑んでおいて無様に敗北するなど――とても王立騎士団の副団長たる者の行いとは思えん」

 

「ひ、ひいっ!」


(ぜ、ぜんぶバレている!)


 団長と呼ばれた女性は、やおらバルナバスの胸ぐらを掴むと、片手で軽々と持ち上げてみせた。


「この――――恥を知れ、大馬鹿者がああッッッッッ――!」


 バゴォン!


 団長はバルナバスの顔面を思い切り殴り飛ばした。

 血しぶきと齒の破片を撒き散らしながら、バルナバスはノーバウンドで運動場を横切り、壁に激突し――そこで意識が途絶えた。


 ◆


「本当に、申し訳ないッッッッッ!」


 ドゴン!


 土下座した団長が額を打ちつけた勢いで、地面に亀裂が走った。


「常々、冒険者の方々への敬意がない男だと思っていたが、まさかここまで愚かだったとは……完全に想定外だった。もう、どう詫びればよいかもわからない。これはもはや私の一存で片をつけられる事態を超えている。上と協議し、然るべき補償と、改めての謝罪を検討させていただきたい」


「いいわよ別に、補償ホショーとか謝罪シャザイとか面倒くさい。それより、アンタ強いの? 強いならあたしと勝負してよ。それで勘弁してあげる」


「そういうわけにはいかん。いやしくも王立騎士団の長の座を預かる者として、最低限のけじめをつけなければ、私は恥ずかしくておもてを歩くことさえできん。副団長はもとより、この愚行を祭りのように楽しんでいた愚か者どもも含めてな」


 ずっと気まずそうにしていた騎士たちが、ギョッとしたように身をすくませる。

 あまりにも律儀な謝りように、セリカも対応に困っているようだった。

 

「だーかーらー、そういうのはいいって……」


「とりあえず、顔を上げてください、団長殿。土下座されたままでは、こちらも話がしづらくて仕方ない」


「で、では、お言葉に甘えて……」


 ルフレオのとりなしで、ゆっくりと団長が顔を上げる。

 そして、ルフレオと正面から視線が合った。


「――――」


「? どうされました?」


 その途端、団長は目を大きく見開き、呼吸が止まったように固まってしまう。

 頬がみるみるうちに上気し、鮮やかなべにを差したようになった。

 まるで、恋に落ちた乙女のように。

 

「る、ルフレオ殿。こ、此度こたびの非礼の詫びについてだが……」


「いえいえ、そんな。団長殿がこうして誠意を込めて謝罪をしていただいただけで十分」


「そのようなことはない! 口先だけではなんとでも言える! 頭などいくら下げても減りはしない! だ、だから、この私、ブリギッテ・バルンシュタインなりの、最上級の謝罪として……」


「謝罪として?」


 団長ことブリギッテは、ためらうように口ごもり――意を決したように叫びながら、上半身の衣服を引き千切った。


「わ、私を――抱いてくれッッッッッ!!」


 耳をろうするほどの大声の反響が消えたあとも、運動場は静まり返ったままだった。

 誰も、ブリギッテのセリフを飲み込みきれていなかったからだ。

 だが、やがて、


「「「ええええ――――!?」」」


 騎士たちの悲鳴混じりの絶叫が鍛錬場に響き渡った。

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