第11話『騎士の洗礼』


「さあ、セリカ嬢。その剣を取る勇気がおありかな?」

 

 即決だった。

 パシッと奪い取るように木剣を握る。

 

「ないと思った? こいつらみたいな雑魚相手なんて、素手でもハンデが過ぎるくらいよ。両手を縛るくらいがちょうどいいかしら?」


 セリカの嘲弄に、居並ぶ騎士たちがいきり立った。

 

「なんだと……!」


「ゲオルク! やっちまえ!」


「てめえ負けたら、騎士団の恥晒しだぞ!」


「見ててくださいよ、先輩がた! 王立騎士団を侮った報い、あのガキにたっぷり思い知らせてやります!」


「いいぞ、その意気だ!」


「男見せろ!」


 たちまち運動場は闘技場と化す。

 円形状に周囲を囲む騎士たちの真ん中で、声を上げた騎士ゲオルクとセリカが向かい合った。


「セリカさん」


「なによ。まさか、『あんな安い挑発に乗るな』なんて言わないでしょうね?」


「いえ。助言を一つだけ。。あなたなら、それで十分です」


「……? 言われなくても、そのつもりだけど」


「なら結構。存分にあなたの力を示すように」


 それだけ言って、ルフレオは下がった。

 バルナバスのえがいているシナリオは、すでに読めた。

 だが、セリカはそのはるか上を行く。

 その信頼があったからこそ、彼は何も口を出さなかった。


「いやあ、愛弟子と我が部下との試合。楽しみですなあ。これでお互いの指導者としての力量が量れるわけだ!」


 暗に、『セリカが負ければお前の恥にもなるぞ』と脅してくるバルナバス。

 しかし、ルフレオはそんなことは気にもとめていなかった。

 

「どうでしょうね。私はまだ、彼女に大事なことを教えられていない。願わくば、今回の招聘がそのきっかけとなればよいのですが」


「またまたご謙遜を! 王都にも轟いておりますぞ、貴殿の名声は! なんでも、『ドルアダンの奇跡』の再来とまで呼ばれているそうですな!」


「言い過ぎですよ。まぐれが重なっただけです」


「はっはっは! そんなに心配せずとも、弟子を信用なさればよろしい! 彼女は必ず、貴殿の期待に応えてくれるはずです!」


「ああ、そこは心配していませんよ。これっぽっちもね。むしろ、対戦相手の方……ゲオルクさんでしたか。彼の心配をしたほうがよさそうだ」


「なんですと?」


「防具をつけさせてあげてください。彼女はまだ手加減を知らない。悪くすれば殺してしまう」

 

 バルナバスは薄気味悪い仮面を脱ぎ、本性をあらわにした。

 

「……貴様。騎士を冒涜するのも大概にしろ。私の部下が、あのような小娘に、木剣相手で死ぬことなどあるか!」


「あるから言っているんですよ」


「ほう……いいだろう」


 そう言うと、バルナバスは大声で叫んだ。


「ゲオルク! こちらのルフレオ氏からありがたいご提案があった! お前だけ、防具をつけてもよいとのことだ!」


 すると、ゲオルクは憤激し、木剣を折れそうなほど握りしめた。


「……は? 腐れ冒険者風情が。この俺に気遣いでもしているつもりか……? 舐めやがって!」

 

「安い挑発だ! 乗るんじゃないぞゲオルク!」


「騎士たる我らに言葉はいらず! ただ剣でのみ語ればよい!」


「そうだ!」


「その小娘が負けたら、次は貴様の番だ。中年!」


 最高潮にヒートアップした運動場。

 審判役の騎士が進み出ると、右手を天高く掲げる。

 

「殺す……ぶっ殺してやる!」


「…………」


 怒り狂うゲオルクとは対照的に、セリカは感情を一切出さず、ただ無言で突きの構えを作った。

 

「では両者、向かい合って――はじめ」


 その手が降りきった瞬間、鍛錬場が揺れた。

 

 ズドン!


「「「っっ…………!?」」」


 何が起こったのか、一瞬誰も理解できないようだった。

 審判が号令をかけた瞬間に、ゲオルクは壁まで吹き飛ばされたのだ。

 無論、背後にいた騎士たちも巻き添えである。


「かっ……」


 ゲオルクは血を吐くと、昏倒した。

 堅いカシの木でできた壁材は大きく窪み、そこに手足の捻じくれたゲオルクが詰め込まれているようだった。

 その胸は深く陥没し、肺にまで損傷が到達しているのは明らかだ。


「ふーん……そういうことね。『初撃に全力』って」


 対するセリカは、手元でボロボロに崩れ去った木剣の破片をパンパンと振り払っていた。

 彼女に渡された木剣は、腐りかけの廃棄品だったのだ。

 セリカは愉快そうに笑いながら、ルフレオを振り返る。

 

「アンタの出番はなさそうね」


「どうやらそのようです」


 ルフレオは満足げにうなずいた。


「木剣で『空刃くうは』だと!? しかもあの威力……!」


「副団長……いや、団長殿に匹敵するのではないか、あの娘!」


 予想外の力を見せたセリカに、騎士たちがどよめく。

 ルフレオはニコニコしながらバルナバスの顔を覗き込んだ。

 

「いやー、指導者としての力量が分かってしまいましたね、バルナバスさん?」

 

「や、やかましい! ヤツは出来損ないの恥晒しだ! 物の数にも入らんわ! もういい、ヘルント! お前が出ろ! 我が騎士団の三番手たる貴様の力、冒険者どもに見せてやれ!」


「わ、私ですか……」


「恐れるのか、あの程度の小娘を!」


「そ、そうおっしゃるのでしたら、副団長殿が直々に戦われてはいかがでしょう。少なくとも、私には、彼女の相手は務まりません」


「なんだと!?」


「それもそうだ。副団長が戦っているところは、近頃見たことがないぞ」


「人にやれやれ言うくせにな」

 

 雲行きが怪しくなってきたところで、ルフレオがそっと煽りを入れる。

 

率先垂範そっせんすいはん。人の上に立つ者は、自分から手本を示すものですよ。バルナバスさん? ゲオルクさんの恥をすすぐには、あなたが出なければ話にならない。ほら、現にもう部下の心が離れ始めている。このあたりでガツンとあなたの威厳を知らしめておかないと、あとあと苦労しますよ?」


「ぬうう……!」


 とうとうバルナバスは憤然と宣言した。


「よかろう! 小娘、次はこの私、団長に次ぐ二番手であるバルナバスが相手をしてやる!」


「何番手でもいいけど次はまともな剣を用意しなさい。でないと真剣わたしのを使うわよ」


「ほざけ! 初めから真剣勝負しんけん以外ありえぬわ!」


「ふーん、なら、こっちもそのつもりでいくわ」


 殺気立つ二人に、ルフレオが後ろから声をかける。


「バルナバスさん。あなたの剣の腕前はいかほどで?」


「聞いて驚くな! 剛剣流は皆伝Aランクまで修めておるわ!」


 胸を張るバルナバスに、ルフレオは内心落胆する。

 わざわざ王都まで足を運んだのに、副団長で皆伝Aランクとは。

 未だ姿を見せない、団長に期待するしかなさそうだ。

 しかし、一撃の重みを重視する剛剣流使いであるなら、セリカの学びにはなるだろう。

 そう思い、ルフレオはセリカに人指し指を立てた。

 

「セリカさん。一つ、条件をつけます」 


「条件?」


使


 衝撃的な言葉に、セリカは愕然として食って掛かる。

 

「はあ!? じゃあどうしろってのよ!」


「避けてください。バルナバスさんの剣をよく見て、学んでくるように」


 当然のことながら、バルナバスは怒髪天に達していた。


「貴様! 真剣勝負で剣を使うなだと!? どこまで私を見くびれば気が済むのだ!」


「おや。ご不満でしたら、利き手は背中で縛らせましょうか? それでも五分の戦いになると見ていますが」


「戯れ言を……!」


 こめかみに青筋を浮かべていたバルナバスだったが、そこで唇を歪め、嫌らしい笑みを浮かべた。


「ははん。魂胆が読めたぞ! あくまで修行というていにして、負けたときの言い訳にするつもりだな!? 冒険者らしい、卑怯な考えだ!」


「どうとでも解釈していただいて結構。彼女が負けたら私が出ます。これでよろしいですか?」


「いいだろう! 言質は取ったぞ。貴様の弟子が無様に地を舐めるところを、指をくわえて見ているがいい!」


 ドスドスと荒々しい足取りで、バルナバスはセリカと相対した。


「小娘! もはや貴様など、私の眼中にない。一刀のもとに斬り捨て、あのルフレオとかいう舐め腐った中年男を叩き潰してくれる!」


「アンタがルフレオを? そりゃ無理ね。天地がひっくり返っても無理」


 審判役が、手を掲げ、振り下ろした。

 

「では、試合開始!」

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