第10話『騎士の嘲弄』
「まず、最初に言っておこう。我々は、貴様らの指導など必要としていない」
男は居丈高にそう言ってのけた。
自分たちで呼びつけておいて、この言い草。
無礼を通り越して、意味不明だった。
「……えー、どういう意味でしょうか」
「我ら騎士は、物心ついたときから騎士となることを定められ、そのための鍛錬を積んできているのだ。
Sランクだかなんだか知らんが、成り上がりの冒険者風情に教えを請う気など、微塵もない」
「な、なんですって!」
「事実だろう。腕にものを言わせ、金と名誉だけを生きがいにする貴様らとは、品格が違うのだ! 騎士というものはな!」
いきり立つセリカをせせら笑うように、男は悠々と片手を腰にやった。
「いいか。今回、貴様らを
「へーえ、でもアンタもまだちょーっとだけ忘れてることがあるんじゃない?」
「なに?」
「セリカさん。そのへんで……」
「うっさい」
セリカが煽りモードに入ったことを察し、止めに入ったルフレオだったが、あっさりと一蹴された。
「礼儀よ。れ・い・ぎ。人に会ったらまず挨拶。名乗られたら名乗り返す。
あたしみたいな
(つい先日、私が教えた礼儀ですけどね]
男は顔をこわばらせ、ピクピクと眉を痙攣させていたが、やがて低音で凄んだ。
「……いいだろう。では名乗ってやる。私はクラリオン王国騎士団副団長バルナバス・ヴァンデラー。
騎士の家ではな、小娘。目上への言葉遣いを誤ると、その場で足腰が立たなくなるまで打ちのめされるものだ。貴様にもそうしてやろうか?」
「冒険者の世界ではね、騎士サマ。舐めたヤツはその場でぶった斬るのよ。アンタにもそうしてあげましょうか?」
「そんな物騒なしきたりはありませんよ」
「あいたっ!」
一触即発の雰囲気の中、ルフレオはセリカの頭に軽く手刀を入れた。
それから、改めて男――バルナバスへと向き直る。
「私の弟子が失礼しました。バルナバスさん。彼女の言動は、全て私の不徳がいたすところです。叱責でしたら、私がお受けいたします」
「叱責だと!? その程度で事が収まるとでも――!」
激昂したバルナバスが、腰の剣に手をかける。
その瞬間、ルフレオはすっと
「――――」
何気ない所作だが、バルナバスにはルフレオの言外のメッセージが、はっきりと伝わっていた。
そちらがその気なら、こちらにも用意がある――。
ルフレオの放つ威圧感に気圧されたのか、バルナバスは冷や汗をかきながら居住まいを正した。
「……い、いや。所詮は子どもの言うことだ。本気になどなるものか」
「さすがに分別がついていらっしゃる。やはり騎士様は違いますね」
「ふん! 分かっていればよいのだ!」
なんとか緊張が解けたところで、伝令の騎士が走ってきた。
「副団長! 全員の集合が完了いたしました!」
「よし。貴様ら、ついてこい」
去り際。
バルナバスがセリカをにらみつけると、セリカもまた彼に強烈なガンを飛ばしていた。
(これはまた、一波乱ありそうですね……)
心の中で嘆息しながら、ルフレオはバルナバスたちの後について行った。
◆
運動場にて。
五列横隊で整列した騎士たちの前に、ルフレオたちは案内される。
疑念。
不快。
軽蔑。
負の感情のこもった視線が、一斉に浴びせられた。
そんな中、バルナバスが朗々とした声を響かせる。
「紹介しよう! 彼らこそが、我らが団長によって招聘されし、Sランク冒険者のルフレオ氏とセリカ嬢だ。
さぞかしけなされるのだろうと予想していたが、むしろ逆。
バルナバスは過剰なまでにルフレオたちを褒め称えてみせた。
その醜悪な満面の笑みには、悪意がみちみちている。
「なんなの? 気味が悪いわね」
「そうですねー……」
セリカの懸念にそう返しつつ、ルフレオはバルナバスの考えていることがおおかた予想できた。
バルナバスは大仰な仕草でセリカのほうを指し示す。
「そして、このセリカ嬢の剣術はまさしく一騎当千! ここにいる誰であろうと、敵いはすまいよ」
「副団長殿! 異論があります! 我ら誇り高き王立騎士団が、そのような小娘に引けを取るはずなどございません!」
「口を慎め、馬鹿者!」
声を上げた騎士を怒鳴りつけはしたが、本気ではないだろう。
バルナバスはニヤニヤしながら、かたわらの騎士に合図した。
「騎士であるなら――剣で語るがいい」
すぐに二本の木剣が用意され、声を上げた騎士とセリカの二人に差し出される。
バルナバスがおちょくるように猫なで声を出す。
「さあ、セリカ嬢。その剣を取る勇気がおありかな?」
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