第9話『新たな才能』

「あたしも魔法使ってみたい! 教えて!」


 唐突にそんなことを言い出したセリカに、ルフレオはどう返したものかと頭を悩ませる。

 ヒルデブラントを倒してから三日後。

 ルフレオは街の近くにある開けた野原で、カフカたちを交え、剣や魔法の指導に当たっていたところだった。

 アマンダが魔法のコツを教わっているのをじっと見つめていたセリカは、冒頭のセリフを言い放ったのである。

 

「はあ……それはまた、どうしてですか?」


「あたしもアンタみたいに、ドカーン! ってすっごい魔法で敵をぶっ飛ばしてみたい! あれどうやったの?」


「あのねー。あの爆発魔法がどれだけ高度な魔法か分かってないでしょ? あんたみたいなペーペーは、大人しく剣の素振りでもしてなさい」


「『雷神の石弩フードゥル・アルク』はもう覚えたわ! 新しいことがやりたいの!」


 実際のところ、彼女の『雷神の石弩フードゥル・アルク』の型は完璧だった。

空刃くうは』で刺突を魔力の刃に変換しても、一切姿勢が乱れることはない。

 セリカの成長速度を鑑みれば、そろそろ新しい技を教えてもいい頃合いだった。


「では、新しい雷剣流の型をお教えしましょう」


「剣は今はいい! 魔法がやりたい!」


「定義的には、魔力を使う『空刃くうは』や『身体強化』も魔法の一種ですよ? あなたは十分に魔法を扱えています」


「そういうんじゃないの! 呪文一つでドカーン! ってヤツがいい!」


 よっぽどルフレオの【蒸気爆発魔法スチーム・ロアー】に心を奪われてしまったらしい。

 セリカの両目には、くっきりと『魔法』の二文字が刻み込まれているようだった。

 ルフレオは真摯に説得を試みた。


「あのですね。極論を言えば、剣士に魔法は必要ありません。剣術と戦技せんぎを極めれば、それだけで並みの魔法使いでは手のつけられない存在になれますから。

 むしろ、実力行使にあたって、呪文の詠唱という一手間が不可欠な魔法は、単独での戦闘には不向きとの見方が強いんですよ。ましてや、剣と魔法の両立など、常識的にはありえないことでして――」


「でも、アンタはやってるじゃない」


「なんか嫌味だわ」


 セリカとアマンダにツッコミを入れられ、ルフレオは急いで訂正を加えた。

 

「……何事にも例外はありますが」


「とにかく! アンタにできて、あたしにできないなんて道理はないわ! やればできるかもでしょ! 教えなさいよ!」


「あんたね。仮にも師匠に向かってその口の利き方はないんじゃないの?」


「え? 別にいいじゃない。ね?」


「ははは……これが彼女の個性ですから」


「ほら!」


「何が『ほら』よ。見捨てられてるじゃない」


「え、嘘でしょ!?」


「気づいてなかったの!?」


 セリカは必死にルフレオに詰め寄る。

 

「ルフレオ、あたしのこと、見捨てたりなんかしないわよね!?」


「見捨てませんよ。絶対に」


「よかったあ……」

 

 心底ほっとしたように胸をなでおろすセリカ。

 基本的には自信過剰、傲岸不遜極まりない彼女だが、年相応にナイーブな一面もある。

 また、本人が感覚派なせいか、理屈よりも感情を優先しがちだ。

 理詰めで否定するより、まずは一度体験させてみたほうがいいかもしれない。

 そう思い、ルフレオは講義を始めた。


「そもそも、魔法とはなにか、セリカさんはご存知ですか?」


「魔力を使って、なんかすることでしょ?」

 

「正解です。魔法とは、人間の体内に存在する魔力を用い、この世界を構成する物質の性質を変化させる術法全般を指します。

 呪文とは、物質に対して働きかけるのに必要な言語のことです。人間には人間の言語があるのと同じように、物質には物質の言語が存在します。ここまでは大丈夫ですか?」


「大丈夫……だと思う。たぶん」


「呪文にも、剣術と同じように、様々な種類があります。火、水、地、雷、風の五大属性を司るものが主流ですが、これ以外にも無属性など、数多くの呪文が発見されており、一説には魔法の数だけ最適な呪文系統が存在するとのことです」


「五大属性以外って、例えばどんなの?」


「私が知る限りでは、光や闇、重力、空間、時間などですね。まあ、適性を持つ者が少なく、研究はほとんど進んでいないようですが」


「そのへんは人間が使うのはほぼ不可能って言われてるわね。そもそも、呪文の発音自体が不可能だったり、必要な魔力量が多すぎたりで」


「じゃあ誰なら使えるのよ」


「魔族。だから『魔』法って言うのよ。元々、魔法は魔族が使ってたものなんだから。それを研究して、人間でも使えるように改良したのが、今の呪文体系ってわけ」


「ふーん……」


 あまり座学的なことには興味がないのか、空返事をするセリカ。

『いいから早く実践をさせろ』と顔に書いてあるかのようだ。

 ルフレオは講義の内容を一気に短縮した。


「これから、セリカさんが、どの系統の魔法に適性があるかを調べようと思います」


「どうやってやるの?」


「いろいろな検査方法がありますが、今回は一番簡単なものにしましょう。これは『窒息法』と言いまして……」


「……なんか、聞くだに物騒なんだけど」


 嫌そうな顔をするセリカを尻目に、ルフレオは木の枝で地面に魔法陣を描き出す。


「この中心に立って、限界がくるまで息を止めていてください。そうすれば、あなたの系統適性が分かります」


「なんで息なんか止めるの? 立ってるだけじゃダメなの? 戦技せんぎを使うとか」


「魔法を使ったことのない人間でも、命の危機に瀕すると無意識に身体から純粋な魔力が放出されます。それを検出し、最も適性の高い系統の魔法に自動的に変換するのが、この魔法陣の役割なんですよ」


戦技せんぎで使う魔法は無属性――すでに変換されている魔力だから、この魔法陣の検査には使えないのよ」


「無属性なのに純粋な魔力じゃないってどういうこと?」


「知らないわよ! あたしだってそう教わっただけなんだから!」


「『無属性』という呼び方がよくないとは思いますが……とりあえず、今のところはそういうものだと思っておいてください」

 

「……よくわかんないけど、とにかくやってみるわ」


 そう言って、セリカは恐る恐る魔法陣の中に足を踏み入れると、口をぷくっと膨らませて呼吸を止めた。


「ふーん、セリカのヤツ、系統検査やってるのかい? 僕にも見物させてくれよ」


「俺も俺も!」


 剣の修練をしていたカフカたち剣士陣も、魔法陣の周りに集まってくる。

 

 三分後。


「……長くない?」


「剣士ならこのくらい普通だろ、なあルフレオ?」


「まあ、そうですね」


 十分後。


「おい、まだかよ」


「ま、まあ、才能ってヤツだな。僕も本気を出せば……」


 三十分後。


「こいつ、本当はこっそり息してるんじゃないのか?」


「そうだ、おいどうなんだよルフレオ! 絶対ズルしてるぞセリカのヤツ!」


「いえ、そうは見えませんが……」


 一時間後。


「いつまで息止めてんだこいつ……」


「人間じゃねえ……」


「どう考えてもおかしいだろ! 肺活量がどうこうってレベルじゃないぞこんなの!」


「セリカさん。一旦出てください。仕切り直します」


「? まだぜんぜんいけるけど」


「いえ、あのですね。息が苦しくなってもらわないと困るんですよ、この検査は」


「分かってるわよ、そんなこと」


「……ちなみに、今までで一番長く息を止めていた時間はどのくらいですか?」


「さあ? 測ったことないし。今やったのが一番長いと思うけど」


 つまり、まだ上限は先だということだ。

 平然とした様子のセリカに、ルフレオは底しれぬものを感じた。

 人間が酸素を必要とする生物である以上、呼吸をせずにはいられない。

 だが、魔力とは時に常識を容易に覆す現象を引き起こす。

 

 セリカの場合、長時間、呼吸を必要としなくなる戦技せんぎ『無呼吸』を無意識に発動していたのだろう。

 やろうとした行動を、知識がなくとも戦技せんぎとして実現できる。

 これが、セリカの才能の一つだ。


「セリカさん、打ち合いをしましょう。私から一本取れたら、【蒸気爆発魔法スチーム・ロアー】をお教えします」


「本当!? 言ったわね。本気でいくわよ!」


 十数分後。

 

「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ……! あ、アンタ本気出したでしょ! ズルいじゃない! そんなんじゃ、勝てるわけないでしょ!」


「出しますよ。でないと面目が立ちませんから。……セリカさん。もう一度魔法陣に入ってください。今ならすぐに窒息法ができるでしょう」


 確かに、セリカは覚えも早いし、スピードも目を見張るものがある。

 だが、それだけだ。

 動きは直線的で、型も身についていない我流の剣術。

 スペックでゴリ押せるのは今のうちだけだろう。

 

 このままでは、上位の魔族との戦いにはついていけない。

 だからこそ、自分がしっかりと導いてやる必要がある。

 そう思い、ルフレオは一切の手加減をせずに試合に臨んだ。

 

 もとより、彼女を疲れさせるのが目的だったので、適当なところで切り上げるつもりだった。

 だが、あまりに食い下がってくるものだから、つい熱が入ってしまった。


「……ふたりともバケモンだな」


「あんな戦い、ついていけるわけねえよ……」


「あれで魔法もSランク級って、どういうことなの……」


「くっ……! 僕だって、いつかはあんな風に……!」


 三者三様の反応を見せるカフカパーティをよそに、セリカは魔法陣に足を踏み入れる。

 呼吸を止めてから、およそ一分後。


「っ!」


 魔法陣が激しく発光したかと思うと、ズドン! と落雷のような轟音とともに青色の閃光がほとばしり、暴風が吹き荒れる。


「っ……! なんっつーポテンシャルだよ……」


「こんな分かりやすい反応見たことねえ……」

 

「系統検査でこれって、魔力量はほとんど魔族並みね……」


「しかも二属性も適性があるのかよ!? 本当にふざけてんな、こいつ!」

 

 カフカたちが驚愕する中、ルフレオは当たりを引いたなと思っていた。

 

「セリカさんの適性は雷電属性と、疾風属性ですね。素晴らしい。雷剣流と相性抜群です」


「そうなの?」


「雷剣流には、雷電系に適性がないと、真価を発揮できない型がありますから」


「そうなんだ! やっぱりあたし、天才ってことね!」


「で、でも、適性があるからって、魔法が使えるかどうかは話が別よ?」


「ふん、負け惜しみね。今に見てなさい。アンタの魔法なんて、すぐに超えてやるんだから!」


 しかし、アマンダの発言は正しかった。

 セリカは何度やっても、雷電魔法の初歩の初歩である【雷電系初級魔法フラッシュ】すらまともに発動できなかったのだ。


「もう! なんでよ! ちゃんと詠唱してるじゃない! 【雷電系初級魔法フラッシュ】! 【雷電系初級魔法フラッシュ】!」


「セリカさん。もっと明確に魔力の流れと、変換元となる空気の存在を感じ取ってください。魔法はそこがキモなんです」

 

「そんなの分かんないわよ!」

 

「ほーら、言ったでしょ? なんでもかんでも才能だけでなんとかできると思ったら大間違いってことよ! これに懲りたら、真面目に修行することね」


「むうううー!」


 アマンダに煽られ、ムキになって詠唱を繰り返すセリカ。

 だが、結局、日が暮れても彼女は魔法の発動には成功しなかった。

 

 ◆


 翌日。

 ギルドにやってきたセリカに、ルフレオは声をかける。

 

「セリカさん。修行ですよ。【雷電系初級魔法フラッシュ】の練習をしましょう」


 しかし、セリカは億劫そうに顔をあげると、ぷいっとそっぽを向いた。

 

「……やらない」


「どうしてですか」

 

「だって、できないんだもん。つまんない」


「何事も、本来はそういうものです。魔法一つ発動するにも、地道な瞑想と精神修練の積み重ねが必要なんですよ」


 このセリフを言うために、昨日一日をセリカの魔法修行に費やしたようなものだったのだが、セリカの反応は実にそっけないものだった。

 

「なにそれ。めんどくさ」


(この才能娘は……)


 なまじセンスがある分、『努力して何かを習得する』という発想自体がないのだろう。

 しかし、それでは宝の持ち腐れだ。

 どんな原石とて、磨かなければただの石。

 

 魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダー、特に上位の将は、天性の才を持ちながら、百年単位で研鑽を続けている者たちばかり。

 ただの人間がポテンシャルだけで勝てるほど、甘い相手ではない。

 ルフレオは辛抱強く説得を続ける。

 

「しかし、【雷電系初級魔法フラッシュ】は覚えておいて損はありません。単純な目眩ましですが、魔族にも有効です。この機会に習得しておきましょう」


「いーやーだー! 面倒なことはきらーい! もっと簡単にできることだけやりたーい!」


「やれやれ……」

 

 子どものような駄々をこねるセリカに、ルフレオは本気で説教をしようかと考えていたとき。


「ルフレオさん、セリカさん! お二人に、騎士団から剣術指南の依頼が来ているのですが……」


 受付嬢からの言葉に、セリカがぱっと顔を明るくした。


「それ、やりたい!」


 ◆

 

「セリカさん、着きましたよ。ここが王都です」


「んぅ……もうちょっと寝る……」


 ルフレオの肩を枕に、ぐずるセリカを揺するルフレオ。

 

「いえ、ここが終点なので、降りてもらわないと困ります」


「やだ、寝る……」


「まったく……ほら、行きますよ」


「にゃっ!? そ、そんな持ち方ないでしょ、仮にも十六の乙女を――!」


 ルフレオは夢うつつのセリカを肩に担ぐと、迷惑そうな顔をしている御者に頭を下げつつ馬車を降りた。

 地面に下ろされたセリカは、カンカンになってルフレオに文句を言い始めた。

 

「アンタね、もっと女の子の扱いってものをわきまえなさいよ! いい歳して! まるで人を荷物みたいに!」


「だったら人前でよだれを垂らしながら寝るのをやめなさい。はしたない」


「た、垂らしてないわよ!」


 口元を慌ててこするセリカ。

 ドルアダンをって、およそ三週間。

 宿場町をいくつか経由しながら、馬車を乗り継ぎ、ルフレオたちはここクラリオン王国の王都へとやって来ていた。

 

 さすがに王都だけあって、その発展ぶりは地方のドルアダンとは比べ物にならない。

 赤レンガと木材を組み合わせた、二階建て、三階建ての建物が軒を連ね、その下を多くの買い物客や冒険者たちが行き来している。


「じゃ、さっそく鍛錬場に行きましょ! どこなの?」


「いいんですか? せっかく王都まで来たのですから、少し店でも見て回っては」


「え? 別にどうでもいいわよ。服とかアクセサリーとか興味ないし。あ、でも武器屋は見てみたいかも。そろそろブーツ、新しいの欲しかったのよね。今のヤツ、穴空いてるから」


 セリカの年齢は十六。

 普通なら、身だしなみや服装にも気を使い出す年頃のはずだが、どうもセリカはそのあたりへの関心が全くないようだ。

 髪は適当に二つに縛っただけで、服はいつも同じシャツとショートパンツにロングブーツという、洒落っ気の欠片もない装い。

 将来有望な剣士を育成する身としては、セリカには色恋沙汰にかまけていられても困る。

 だが、ほんらい謳歌すべき青春を無下にしていないかという老婆心も芽生えないではない。


(難しいものですね……)


 師匠として、どこまで弟子の人生に関わってよいものか。

 あくまで他人と一線を引くか、それとも父親代わりのつもりで口出しするか。

 悩みどころではあったが、ひとまずセリカの意思を尊重することにした。


「では、行きましょうか」


 ◆


「……ああ。お前らか。こっちだ」


 騎士団の鍛錬場にて。

 用件を伝え、冒険者証を提示すると、守衛の騎士は胡乱げな目つきでルフレオたちを見てからそう言った。

 行き交う騎士たちも、ルフレオたちに怪訝そうな目を向けてくる。

 中には、露骨に舌打ちをする輩もいるほどだ。

 

「なによ、こいつら。せっかく来てやったのに」


「まあまあ……騎士と冒険者なんて、昔からこうですから」


「そうなの?」


「あんまり、ここで詳細は話せませんけどね」


 通されたのは、率直に言って物置のような部屋だった。

 全体的に埃っぽく、掃除が施された気配はない。

 壁際には雑然と木剣や防具が積み上がっており、天井の四隅には蜘蛛の巣が張っている。

 ギシギシと軋む粗末な木製の椅子に腰を下ろして待っていると、ドアが開いて一人の騎士の男がやってきた。


 短く刈り込んだ緑髪に、くっきりと目立つ鷲鼻。

 入ってくるなり、挨拶もせず、男はジロジロとルフレオたちを値踏みするように見下ろしてくる。

 見かねて、ルフレオのほうから先に名乗ることにした。


「初めまして。ルフレオと、こちらはセリカです。本日はお招きいただき、大変光栄に存じま――」

 

「まず、最初に言っておこう。我々は、貴様らの指導など必要としていない」


 喧嘩を売られた気配を察知したセリカが、小声で「は?」と漏らすのを聞きながら。

 ルフレオは、


(また面倒なことになりそうですね……)


 と心の中でため息をついていた。

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