第6話『先の先の先』
「なんたる俊足……貴様ほどの『縮地』の使い手は見たことがない!」
「そうですか。私は五人は知っていますよ。私以上の使い手をね」
ルフレオがガアンと剣を弾く。
放心していたカフカが、ルフレオに問いかけた。
「お、お前……いつから」
「あのグランドゴブリンの後をつけてきました」
「
「……あなた、歳はおいくつで?」
「歳だと? 百と十五だ。それがどうした!」
「ああ、
「どういう意味だ!」
「
「くっ……!」
一杯食わされた屈辱に歯噛みするヒルデブラント。だが、すぐに笑みを取り戻す。
「なるほど。人間にしてはやるようだ。であれば、貴様の技、
「いえ、あなたのお相手はこの子がします」
そこで、ルフレオは今しがた飛び出してきた茂みの方――セリカを見やる。
すると、おずおずといった調子で、隠れていたセリカは顔を出した。
ヒルデブラントの表情が怒りに歪む。
「舐めるな! そのような小娘風情に、この
「そう思うのなら、斬って捨てればいい。彼女は私の弟子。相手にとって不足はないかと」
「貴様……! 弟子を死地に送り込むことに、
カフカが絞り出すように叫ぶ。
「そ、そうだ! そいつは
「
すると、痛いところを突かれたと言わんばかりに、ヒルデブラントが苦い顔をする。
「……七十二だ。なにか文句でも?」
それを聞いたルフレオは、鼻でせせら笑った。
「ああ、本当に
「おのれ……! いいだろう! その小娘を
怒り狂うヒルデブラントに背を向け、ルフレオはセリカのもとへ戻った。
「適当に挑発しておきました。あとは頑張ってください」
「あとは頑張ってって……本当にあたしなんかで勝てるの!? アンタがサクッと片付けてくれればそれでよくない!?」
「それではあなたのためにならない。実戦こそが修行の成果を試す絶好の機会ですよ。
――自信を持ってください。あなたは強い」
ルフレオはポンとセリカの背中を押すと、腕を組んで木に寄りかかった。
どうやら、本当に手を出すつもりはなさそうだ。
(ええい。仕方ない。やるしかないか)
セリカは武者震いをしながら、ヒルデブラントの前に進み出る。
全身から発せられる怒気が、彼を実体以上に大きく見せていた。
「小娘。あの男に何年師事した」
怖い。
「……五日」
怖い。怖い。
これほど強大な相手に、自分なんかの剣が通じるのか?
不安で胃が潰れそうだ。恐怖が肺が縮むようだ。
「五日だと!? なんだ、何も学んでおらんではないか! つまらん! 卑劣な男め。弟子を差し出し、
ヒルデブラントが腹立たしげに吐き捨てる。
違う。ルフレオはそんな男ではない。
短い間だったが、ちゃんと自分に技を教えてくれた。癖を直してくれた。
自分に――戦うってことを教えてくれた。
「不憫な娘よな。貴様も。弱者はいつも利用される。だが、安心しろ。一撃で殺してやる。あの男に余計な技を見せるつもりはない」
突きの構え。速度重視。自分と同じだ。
セリカもまた、教わったばかりの技、雷剣流・突きの構え『
「ほう、
カフカは水剣流の
後の先に特化した彼が敗れたというのなら、このグランドゴブリン、瞬発力においては絶対の自信を持っているに違いない。
『修行のときは、自分は誰よりも弱いと思いなさい』
ルフレオの弟子になった日。最初の修行での言葉を思い出す。
『弱いからこそ、強くなりたいという思いが強くなる。鍛錬に身が入る。でもね、いざ戦うときになったのなら――』
腹が据わる。乱れきっていた心が一本に整う。
震えは止まった。
「――いいえ、アンタの剣なんか、ハエが止まるわ」
『――自分は誰よりも強いと信じなさい。思い込みでもいい。それが、あなたの身体から恐れを消してくれます』
「ほざくな、小娘――!」
決着はルフレオの予想通り、一撃で決まった。
先に動いたのはヒルデブラント。突きに見せかけた斬撃を軌道変化させ、逆袈裟の斬り上げへ。
だが、先に斬ったのはセリカだった。
雷剣流・突きの型『
爆ぜるように地面を蹴ったセリカはヒルデブラントの変速斬撃を回避。
あたかも雷撃のごとき鋭い一刺しは、ヒルデブラントの胴体を広範囲にえぐり抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます