第5話『敗北の代価』
(どうする、どうする……! 無理やり包囲網を破るか!? いや、これだけ大掛かりな偽装をやってのける魔族だ! それくらい計算して布陣してるはず! 強行突破は愚の骨頂! なら、ワンチャンにかけてこいつを不意打ちで……)
カフカは瞬時に考えを巡らせ、仲間たちにアイコンタクトを送る。
彼らはその意図を理解し、魔法使いのアマンダは小声で詠唱を始めた。
時間を稼ぐため、カフカはヒルデブラントに語りかける。
「はっ! ずいぶんと回りくどい手を使うもんだな、ヒルデブラント! よっぽど
「それは貴様らが勝手につけた
「な、なんだ」
「
願ってもない申し出。
しかし、その意図が分からず、カフカは困惑する。
「どういうことだ? なにが目的なんだ? なぜさっさと皆殺しにしない?」
「無論、それは容易い。だが、
技が見たい? なぜそんなことを?
カフカはますます混乱した。
「わ、技なんか見て、どうするんだ? 僕の剣技でも盗もうってのか? それに何の意味がある?」
「く、ははははははは!」
突然、ヒルデブラントは豪快に
「――いやはや、人間にそう問われる日が来るとは思わなんだ。
確かに、技を磨くなど、本来の魔族にはない発想だ。そのような行いは弱者の所業。
生まれつき、人間よりも遥かに個として優れた生命である我ら魔族が、なぜ人間の技など身につける必要がある?
ただ腕力を振るい、無造作に捻り潰せばそれで済むというのに……
昔を懐かしむように、ヒルデブラントはしみじみと口にする。
「だが、そのような考えは今や古い。貴様ら人間は我々に追いつきつつある。短命でありながら、数千年にも渡って技術を研鑽し続けた。剣を。戦技を。魔法を。なぜそのような真似ができた?
そう、学習だ。
優れた師から技を学び、改良し、新たなモノを生み出す。そうして貴様らは我らに抗う存在となった! 素晴らしい! 学びとはまさしく至高の概念だ!」
高らかに力説するヒルデブラント。
だが、カフカはバカ正直にそんな長広舌に耳を傾けていたりしなかった。
チラリ、とカフカは横目に魔法使いのアマンダへ視線を送る。
(いけるか?)
(大丈夫)
彼女はすでに最上級呪文の詠唱を終えており、いつでも魔法を放てるようだった。
「故に――」
「エーリヒ! やれ!」
「おう!」
ヒルデブラントの演説を遮り、カフカは号令を出す。
同時に、レンジャーのエーリヒが懐から手投げ弾を取り出し、投げつけた。
炸裂。
目もくらむような閃光が辺りを覆い尽くす。
もちろん、予め視界を手で遮っていたカフカたちには何の効果もない。
「イグナーツ! アマンダ!」
「わかった!」
「【――燃え盛れ・
詠唱の最終部分を完成させたアマンダが、業火の火球を放つ。
合計三十小節ある『
カフカは戦士のイグナーツに呼びかけ、火球で身を隠すようにして、二方向から挟撃を仕掛ける。
火球が炸裂し、爆風が周囲を席巻する。
(もらった……!)
勝利を確信するカフカ。
だが、
「故に――強者たる我ら魔族が『技』を学べば『百戦危うからず』だ」
信じられない光景だった。
『
彼らの不意打ちは、完全に読まれていたのだ。
「一騎打ちと言ったはずだ。下がれ」
睨まれた戦士のイグナーツは、ただ後ずさることしかできなかった。
カフカは我に返ると、慌てて飛び退って距離をとる。
対するヒルデブラントは、ゆっくりと正眼に剣を構えた。
「さあ、貴様の技を、
(こっちから約束を破ったのに、律儀なヤツだ……ってことは、勝てば見逃すってのも、嘘じゃないだろう……)
ならば、やるしかない。
カフカは水剣流・中段の構え『清流』で待ちの姿勢をとる。
「水剣流か。後の先を旨とする、非常に合理的な剣法だ。肉体強度、反応速度で上回る
ヒルデブラントが不意に剣を振りかぶり、踏み込むと同時に脳天めがけて振り下ろしてくる。
なんとか剣を左下に傾け、受け流すカフカ。
一呼吸さえ置かず、今度は水平斬りを放つヒルデブラント。
剣だけでは受けられない。
とっさにそう判断したカフカは、全身を使って衝撃を殺す。
だが、数メートル身体が飛ばされ、危うく意識までもを手放しかける。
「ふむ。そこそこできるな。
追撃は止まらない。
嵐のごとき猛攻を、カフカは全神経を集中してさばき続ける。
「どうした? 返し技が来ぬな。これでは水剣流の醍醐味を堪能できんではないか」
(畜生、こいつ! 完全に遊んでやがる! なのに……! う、受けるだけで、精一杯だ……!)
一撃一撃が致命のそれ。
かすっただけでも命に関わる斬撃をしのぎ続けているだけでも、カフカの剣技は驚嘆に値する。
だが、ヒルデブラントの剣は彼のはるか上を行っていた。
「……特に得るものはなかった。所詮は
十
彼が見切りをつけたのも無理はない。
カフカはすでに息を切らし、『清流』の構えをつくるだけでも精一杯だったからだ。
ヒルデブラントが大上段に剣を振りかぶる。
「冥土の土産に、一つ教えてやろう。後の先を極めるには――先の先をも極めねば、話にならぬということを」
(頭か!? いや、そう思わせての胴狙い、もしくは足……ダメだ、ぜんぜん絞れない! なんて立ち姿だ! いや、大丈夫だ。どこを狙われようが関係ない! 僕は水剣流の
トス、とヒルデブラントが一歩踏み込む。
(上段!)
そう当たりをつけたカフカ。
瞬間、ヒルデブラントの剣がブレる。
上段の軌道を描いていた
それだけではない。
ヒルデブラントの腕自体が異常に伸長し、彼の左斜め後ろから回り込むように変化した。
カフカからすれば、いきなり背後から斬りかかられたに等しい。
知らない。こんな技、見たこともない。対処できるはずもない。
自分は、仲間を守れずに、死ぬ。
十年前、彼がまた駆け出し冒険者だった頃の思い出が脳裏をよぎる。
野心に満ち、自身の約束された成功に思いを馳せ、夜ごと仲間と夢を語り合った、黄金の日々。
だが、そんな甘やかな思い出は、すぐに砕け散る。
Aランク昇格後、即座に受注したAランククエストにて、カフカのパーティは
才能にあふれ、しかし経験不足な若い冒険者にありがちな末路だ。
幸いにも、カフカ自身とアマンダは命からがら生還した。
だが、残り二人のレンジャーと剣士は、呆気なく散った。
同じ村の出身で、幼馴染の四人組だった。
それ以来、カフカはAランクのクエストを受けることをやめた。
受けられなくなった。
(ああ。流れるんだ。本当に。走馬灯――)
ガキン!
「一本ですね。勝負あり、ということで、横槍失礼しました」
見れば、すんでのところでルフレオが割って入り、ヒルデブラントの剣を止めていた。
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