エピローグ

エピローグ

「リツー。起きろー。もう朝だぞ」



 寝室に、ハジメの声が響いた。



「んぁ」



 間抜けな声をあげたのは、リツだ。


 ベッドに寝ながら布団を頭までかぶっている。

 それでも身じろぎして、なんとか起きようとしているのは見て取れる。



「もうちょっとだけ……」

「これ以上は遅刻するぞ」

「……ぐがぁ」



 結局、リツはまたイビキをかき始めてしまった。

 その様子を見た瞬間、ハジメの額には青筋ができる。



(毎日毎日……!)



 プツン、と。

 堪忍袋の緒が切れて、布団を無理やり奪い取った。


 すると、下着姿のリツが姿を現す。


 キャミソールとショーツ

 胸の大きさからして、ナイトブラは必要ないのだろう。


 リツは恨めし気にハジメをにらみつける。



「ちょっと、やめてくださいよ。寒いじゃないですか」

「だったらちゃんとパジャマを着ろ。自分で時間通りに起きろ」

「少しは顔を赤らめてくださいよ」

「見慣れすぎた」

「最近のハジメさんは可愛げがないですねぇ」



 ハジメと雑談しているうちに目が覚めたのか、ムクリと立ち上がった。

 そして、あくびをかきながらも洗面所へと向かっていく。


 その後姿に、ハジメは呆れた視線を送った。



(どんどんだらしなくなってないか?)



 それでも仕事場では、バリバリ仕事をこなしているらしい。


 なぜそんなことを、退職済みのハジメが知っているのか。

 それは、上司と連絡を取り続けているからだ。


 ハジメはおもむろにスマホを取り出して、一枚の写真を表示させた。


 上司と娘とのツーショット写真だ。

 昨夜、興奮気味なメッセージとともに送られてきたものである。

 


(上司もなんだかんだで愛されているんだよなぁ)



 メタマちゃんの卒業配信後、上司は抜け殻のようになっていた。


 上司は家族を失っても、メタマちゃんを推し続けていた。

 そんな彼女が突然卒業してしまったのだから、かなりショックだったのだろう。


 だけど、それに気づいた娘が連絡してくれたらしい。


 それからは少しずつだけど、関係が修復されているらしい。


 上司曰く「同居していない方が仲良くやれている」とのことだ。



(雨降って地固まる、なのかな)



 黄昏たそがれていると、リツが洗面所から出てきた。



「ごはんをくださーい」

「あーはいはい。ちょっと待ってて」



 ハジメは慌てて朝ごはんの用意をした。


 一緒に食卓を囲んでから、出勤するリツを玄関で見送る。



「それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」



 リツは外に出ようとしたのだけど、突然踵を返した。


 そして、上目遣いになった。

 ハジメはすぐに「何かを要求するときの態度だ」と察した。



「ねえ、ハジメさん。ちょっと。今日は業務が重いんですよ」



 それだけでピンときた。



「あーはいはい」



 ハジメはリツの頭を撫でた。

 それだけで猫みたいに機嫌がよくなって、



「今日は記念配信をするんですよね。ハジメさんも頑張ってください」

「うん。ありがとう」



 リツはステップしながら通勤していった。


 それからしばらく、ハジメは家事をこなしていく。


 リツが脱ぎっぱなしにした下着を片付けて、洗濯をして、掃除をした。



(こういうの、得意じゃないんだけどなぁ)



 それでも在宅で仕事をしているから、ハジメが担当している。

 それにリツは家だとガサツだから、まだハジメの方がマシなのだ。


 昼頃になると、配信用の防音室に入る。

 お隣さんとの騒音トラブルがあって、最近設置したのだ。



(使ってみると、この狭さが落ち着くんだよな)



 そんなみすぼらしいことを考えながら、防音室に入る。


 パソコンを起動されて、配信ソフト(OBS)を開く。


 声をチューニングして、配信環境が整っていることを確認した。


 VTuberのアバターは、冴えないオッサンみたいな見た目だ。

 ハジメが一番しっくりくるキャラデザなのだ。

 

 気合を入れて開始する。



『サムネや配信タイトルからわかる通り、今日は10万人の記念配信をするぞ!』



 たった一声で、スパチャが流れてくる。

 ハジメの人気が伺える。



「いやぁ、ここまで大変だったな」



 ハジメは配信の中で、これまでの活動を振り返り始めた。


 すると、自然にメタマちゃんの話につながってくる。



(折角だから少し語るか)



 そう決意して、すこし仰々しく語っていく。



「オレの人生はあの時、大きく変わったんだ」



 リスナーの反応を無視して、ゴリ押しする。

 


「そうだな。折角の機会だから少しだけ話そうかな」



 それから無理矢理ながらも話した。

 メタマちゃんが実は双子の妹で、電脳幽霊になっていたこと。

 メタマちゃんのおかげで配信をしていること。

 そして、メタマちゃんの卒業配信の真実。


 話を終えると、コメントは大荒れしていた。



:妄想おつ

:さすがにそれはないww

:え?

:頭大丈夫?



 誰も信じていないのだろう。

 辛辣なコメントばかりだ。


 その中で、一つのコメントが気になった。



:大人になれよ 



 ハジメは思わずため息をついてしまう。



(オレたちは、大人になりきれてないのかなぁ)



 世間からは、そう見られているのかもしれない。


 子供っぽい趣味に金を使う。

 いつか引退するか分からない、アイドルや配信者に金を使う。


 会社に勤めず、遊びみたいなことでお金を稼ぐ

 社会的信用のない仕事につく。


 そういう人間は『ダメな大人』や『大人になりきれてない人間』とみなされることが多い。



(でも、それでもいいよな。『辛い』ってずっと愚痴を言うだけの生活よりは)



 ハジメはリスナー達に弁明するために、口を開こうとした。


 その時――


 一つの赤スパが目に入った。


 メッセージはとても短いのに、異様に目を引く。



■■■■:おめでとう(赤スパ)



 来るはずのないメッセージ。

 一瞬で、様々な可能性が脳裏をよぎる。


 重要なのは、誰からのメッセージなのか。



(ありえない……)



 ハジメはその名前を、すぐに呼ぶことができなかった。


 声が震えてしまったから。

 でも感謝を伝えたくて、必死に舌を回す。



「ありがとう。ユーザー名――」



 万感の思いを込めて、叫んだ。


 その瞬間、この配信は伝説となったのだった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

かなり投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした

正直このエピローグの展開はかなり葛藤があり、書くのに予想以上に時間がかかってしまいました。


今回で本編は完結となります!

ここまで読んでいただきありがとうございました!


ですが番外編として、話の都合上書けなかった配信回などをまだまだ投稿する予定ですので、フォロー・・・・は外さず・・・・待っていただけると嬉しいです!

(流石に明日1/25は休みます)


改めて、ここまで読んでいただきありがとうございました!

ここまで読んで☆を入れていない人がいましたら、入れていただけるとメチャクチャうれしいです!!


※このあとプロローグを読むと、一層楽しめるかもしれません

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る