第39話 大切なお知らせ 後編
ハジメは部屋の真ん中で仁王立ちをしていた。
まるで宿命のライバルを待つかのような、ピリついた雰囲気が漂っている。
目の前のモニターは真っ暗で、物音一つ聞こえない。
だけど突然、モニターに人の姿が映って、明るい声が響く。
『やっほーい。じめにい!』
待ちかねた声が聞こえると、ハジメはゆっくり
レイは兄の姿をみると、ギョッと目を見開いていた。
それに気づいていないのか、ハジメは
「もう村木とはいいのか?」
『うん。これ以上はよくないと思うから。どっちにも』
「そうか」
ハジメはパソコンに映ったレイの姿を見る。
VTuber『一星雨魂』としての姿だ。
実際のレイの姿はデータとして残っていから、パソコンやスマホの中ではメタマちゃんの姿で動いている。
「忘れないうちに、お母ちゃんからの伝言を伝えておく」
『伝言? あんなに話したのに』
少しだけ眉根にしわを寄せながら、告げる。
「『お供え物は何がいい?』だって」
レイは「なんじゃそりゃ」と言いたげな顔を浮かべた。
『ナニソレ。娘の幽霊に訊くこと?』
「本当だよ。なんか、〝オレたちの母親〟って感じだよな」
『全くだね。変なところでズレてる』
レイもハジメも同じ表情で頷き合う。
だけど、嫌そうな雰囲気は全くない。
『お供え物かー。今まではずっと甘い卵焼きだったから、今度はハンバーグがいいな。
カレー、ハンバーグ、卵焼きのローテーションがいいかも』
「子供っぽいなー」
『いいじゃん。母親の味といえば、こういうやつじゃん』
「わかったよ。そう伝えておく」
『よろしくね』
レイは笑顔を向けた後、フッと目を伏せた。
『でも、まだお供えしてくれるんだ』
「きっと死ぬまでお供えするだろ」
『確かにそうだね。複雑な気持ち』
そして、目をつむりながら続ける。
『でも、二人の子供で良かったと心の底から思えるよ。死んだ後に気付くなんて、バカみたいだけどね』
「そんな家族で、レイは幸せだったか?」
『じめにい、それは言葉を間違ってるよ』
ハジメが困惑していると、レイは少し硬い口調で告げる。
『私はね、〝幸せ〟なんて口を裂けても言えない』
「なんで……」
『だってそうでしょ。15歳という若さで死んで、死んだ記憶を持ったまま電脳幽霊になっちゃって、人並みの青春なんておくれなかった。
こんな人生、全然〝幸せ〟じゃないよ』
ハジメは息を呑んだ。
なにも言い返せなかった。
だけどそれ以上に、レイの表情に見惚れていた。
儚げなのに力強い。
見ているだけで未来が明るくなる。
そんな、日の出のような顔だった。
『でも、でもね。家族には、親友には、恵まれたんだよ。あとリスナー達にもね。
それだけが救いかな』
「……恵まれた」
人生は不幸だったけど、周囲の人間には恵まれた。
それがレイなり妥協点なのだろう。
『本当に今までありがとう。大好きだよ。じめにい』
「ああ。オレも大好きだよ」
『リツちゃんのこと、よろしくね』
「ああ。任せとけ」
ハジメは力強く頷いて、自分の胸を叩いた。
だけど、その胸元を見た瞬間、レイの顔が露骨に歪んだ。
『じめにい、その……すごく言いづらいんだけど……』
「なんだ?」
不思議そうに頭を
『なんで
「これがオレの気持ちなんだよ!!」
ハジメはデートの時に来ていた
いや、それだけではない。
鉢巻やハッピまで身に着けている。もちろん、メタマちゃんがプリントされている。
まるでアイドルライブの最前列でサイリウムを振るオタクのような恰好だ。
さらに、部屋はメタマちゃんのグッズで埋め尽くされている。
アクリルスタンドや抱き枕カバー、タペストリーなどなど。
本棚や壁、天井やデスク周りに至るまで、メタマちゃん尽くしだ。
この空間だけで、メタマちゃんの顔が無数に存在しているだろう。
かなりカオスな空間だ。
『あーもー。別れの雰囲気が台無しだよ!』
よっぽど不満なのだろう。
レイは駄々をこねるみたいに叫んだ。
それに対して、ハジメは――
「それでいいだろ」
ふてぶてしくも言い切った。
そして、真面目な顔で続ける。
「涙ばかりの別れなんて、疲れるだけだ。
別れの辛さを伝える暇があったら、感謝と好きの気持ちを目一杯伝えたい」
ハジメの言葉を聞いて、レイは「はあああぁぁぁぁ」と深いため息をついた。
だけど、愛情にあふれた表情を浮かべている。
『そうだね。そっちの方がじめにいらしい』
「そうだろ?」
『痛いほど伝わったよ。じめにいの気持ち』
「そうだろそうだろう」
自信満々にうなずくハジメを前に、レイは悪戯っぽく笑った。
『でも、強がっているじめにいは嫌いだから、目一杯泣いてもらおうかな』
突然の発言に、ハジメは目を見開く。
「何をする気だ?」
『アタシが別れを伝える相手は、まだまだ大勢残ってるからね。誰かわかる?』
家族とリツにはもう別れは済ましている。
それ以外の大勢といえば、思い当たる節は一つしかない。
「……リスナー?」
『正解。卒業配信。やらないとね』
「やるのかよ。この流れで」
『当たり前でしょ。アタシはVTuberなんだから』
いうや否や、レイが映っていたモニターが切り替わる。
メタマちゃんのチャンネルページだ。
5分後に開始される配信枠が立てられている。
《大切なお知らせ》
それだけが書かれたサムネイル。
全く中身のない画像だ。
だからこそ、いろいろな想像を掻き立てられてしまう。
ユーチューバーやVTuberが『大切なお知らせ』とサムネイルに書く場合、主に3パターンに分けられる。
本当はどうでもいいような、くだらないことを知らせるパターン。
ライブとかグッズ販売など、お祝いするような出来事を発表するパターン。
そして、最悪なパターン。
すでにコメント欄は大荒れ状態だ。
:どうせ大したことじゃないだろ
:楽しみにしてます
:ドキドキ
:うそだろ?
:こわいんだけど
:お前ら! 気をしっかり持てよ!
:そんな……
:wktk
いろんなスタンスの人が見受けられる。
強がりだったり、楽観視していたり、不安になっていたり、反応は様々だ。
でも、皆に共通していることがある。
VTuber『一星雨魂』が好きということだ。
不穏な雰囲気の中、配信が始める。
『みんなー。こんメタマー』
:こんめたまー
:こんメタマ!
:こんめたま~~
:こんメタマ
おっぱジメ:こんメタマ!!!
日々の訓練の賜物だろう。
いつも通りに挨拶コメントが流れている。
ハジメも『おっぱジメ』として反射的にコメントしていた。
『みんな突然ごめんね。今日は大切なお知らせがあるの』
メタマちゃんが言った瞬間、コメントが高速で流れていく。
:なになに?
:お?
:やめて……
:さっそくきた!
:焦らさないの好き
:大丈夫だよね?
不安がる声。
期待する声。
茶化す声。
感情が渦巻く配信の中、メタマちゃんは告げる。
『メタマは今日をもって――』
言葉が出なかったのかもしれない。
口が止まってしまった。
でも息を整え直して、改めて口を開く。
『今日を持って、活動を無期限休止します』
一瞬だけ、コメントの流れが止まった。
『急な発表になってごめんね』
コメントが動き始める。
:言葉にならない
:は?
:嘘だろ
:ありえない
:え?
:なんで
コメント欄が動揺していても、メタマちゃんは口を動かし続ける。
一瞬でも言葉を止めてしまったら、喋れなくなってしまうのだろう。
『でも、配信が嫌になったとか、みんなのことが嫌いになったとかじゃない。もっと明るくて、前向きな理由なの』
:じゃあなんで
:悲しい
:どうすればいいんだよ
ハジメはコメントも打てずに、ただ配信を眺め続けていた。
それが精一杯だった。
『ごめんね。詳しいことは話せないから。
でもね、みんなに推してもらえた時間はかけがえのないものだと思ってるし、すっごくうれしかった。
今でも大切に思ってるし、ずっとずっと好きだよ。
こんなメタマを推してくれて、ありがとうございました』
:オレも好きだよ
:今までありがとう
:こちらこそありがとう
:つらい
ハジメは瞬きもしていない。
目が乾いていくのにも気付いていない。
『一星雨魂としての活動は終わってしまうけど、織星としてずっと見守ってるからね』
:そんな設定だったなw
:見守っててね
:そんな
:いきなり復活した設定草
:そんなのってないよ
「じゃあ、おつメタマー。皆元気でねー」
:おつめたまー
:おつめたま。元気でね
:おつメタマ。楽しかった!
:最初の最後のコメント。おつめたま
:お疲れ様。おつメタマ
ハジメは必死にキーボードを打っていく。
おっぱジメ:おつメタマ
配信が終わった。
モニターが真っ暗になる。
自分の顔が反射していて、直視できなくなる。
「…………」
静かだった。
まるで世界において行かれたかのように感じる。
徐々に状況を理解できてきて、目頭が熱くなってくる。
もう彼女はいなくなってしまったのだ。
無意識に、自分の肩を抱きしめる。
「レイ……メタマちゃん……今度こそさようなら。お疲れ様」
ポロポロと大粒の涙が流れていく。
悲しさはある。
でも、それよりも大きな気持ちがある。
なんでわかるのか。
だって、涙を流すのが全然辛くない。
悲しいだけなら、こうはならない。
「ありがとう。今まで本当にありがとう。ずっと好きだよ」
口をついて出た言葉。
それがすべてを物語っていた。
推しと双子の妹。
最愛の存在を失った。
でも――
ハジメの心に傷はない。
それどころか、感謝と好きの気持ちに満ちあふれている。
レイとの――メタマちゃんとの繋がった時間は、思い出は、好きな気持ちは
一生消えないのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
すみません、かなり投稿が遅れました。
このエピソードは予想以上に執筆カロリーが高かったです。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
でも、もうちょっと続くんじゃよ。
次回エピローグです
遺された二人の今後が気になる人は、♡や☆、フォローをよろしくお願いします
満足したからって、フォローを外さないでくださいね! 絶対!!!!!
もうちょっとだけ続くんですから!!!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます