第35話 上司と退職届とやりたいこと
「本気なのか?」
「はい」
会社の会議室。
上司の戸惑った声を聞いて、ハジメは強く頷いた。
まるで当然のように、プロジェクターでメタマちゃんの配信が流されている。
そsれなのに、メタマじゃくし二人は真剣な表情を浮べている。
『今日は会社の中を荒らしまくるゲームをやっていくよ!』
推しの明るい声が響いた。
でも、二人の目線は
リツがその場にいたら「明日は大雪ですか!?」と
「そうか。お前もか……」
上司はテーブルの上から1通の封筒を持ち上げた。
『退職願』とマジックペンで書かれている。
「……申し訳ないですけど、会社を辞めさせてください」
深く息を吐いた後、上司は重々しく口を開く。
「最近、村木と同棲してると噂がたっているが、そのせいか?」
ハジメたちの会社では、社内恋愛が禁止されている。
もし発覚した場合、どちらかが退職しなければならない。
「それも理由の一つですが、それだけではないんです」
「聞いてもいいか?」
ハジメはコクリと頷いて、弾んだ声を出す。
「やりたいことができたんです」
「やりたいこと、か」
「はい。VTuberです」
ハジメの平然と言う姿を見て、上司の顔が歪む。
「おい。流石に」
「実はもう活動をしていまして……」
そう言いながら、ハジメはスマホの画面を見せた。
自分の動画サイトでのチャンネルだ。
「そうか。そういうことか……」
ハジメは『メタマちゃんに対する想いが熱すぎる』せいで話題になった配信者(今はVTuber)だ。
メタマじゃくしである上司はもちろん、その存在を認知していたはずである。
反応からして、その配信者=ハジメとは気づいていなかったのだろう。
「収益化はしてるのか?」
「はい」
「生活できるのか?」
「まだ厳しいですけど、ファンコミュニティで支援を
上司は嬉々として語るハジメの目を見て、下を向いた。
若々しく見えて、眩しかったのかもしれない。
「そうかー。お前もやっと一人前になってきたと思ったんだがなー」
「すみません」
「いや、謝ることじゃない。人には合う合わないがあるからな」
上司は懐かしむようにテーブルを撫でる。
「お前には色々と手を焼かされたよ」
「そうですね。あんまり飲み込みが良くなかったので」
ハジメが苦々しく言うと、上司は父性あふれる笑みをこぼした。
「入社したばかりの時は真面目だったんだがなぁ。少しずつ」
「慣れてくると、適当にやることを覚えてしまいまして……」
「お前に言わなかったが、他の部署から苦情がきてたんだぞ」
「え……」
ハジメは意外そうに目を見開いた。
「だから、俺が露骨に叱ってたんだけどな。そうすればお前が他の誰かに怒られることはなくなるだろ」
「知らなかったですよ……」
「知らなくていいんだ。恩を着せるつもりはなかったからな」
突如、メタマちゃんの『ヒャッハーーーーー!!!』という絶叫が会議室に響いた。
画面内では、オフィス内の机をすべて破壊している。
上司は頬を緩ませて、ハジメに向き直る。
「お前とメタマちゃんについて語るようになって、すごく楽しかったんだ」
「オレも楽しかったです」
「村木もよく付き合ってくれたよ」
そう言いながら、上司は退職願を懐に入れた。
もう止められないと理解したのかもしれない。
「なあ、村木とは仲良くやれそうなのか?」
「喧嘩ばっかりしてますけど、なんとかやれてます」
「一緒に生活し始めたばかりの時はそんなもんだ。少しずつ相手との共同生活に折り合いをつけて、互いにすわりがいい場所をみつけるんだ」
「大変ですね」
ハジメが苦々しく言うと、上司は目を細めた。
まるで過去の自分を見るみたいに。
「お前たちが付き合いとはなぁ」
「オレも最初は想像もできませんでした。成り行きで一緒に住むことになりまして」
上司はハジメの目をまっすぐ見た。
ハジメは気恥ずかしくなって、目を少し背ける。
「正直な話、村木とのことは子供みたいに思ってたんだ」
上司はしっとりとした口調で続ける。
「特に村木は、娘とほとんど同年代だしな。趣味に付き合ってくれる、理想の子供だった」
「……実際の家庭がうまくいってなかったからですか」
「そうだな。それもあるかもしれない」
ハジメは何も言えなかった。
家庭を持ったことがなから、上司の気持ちは想像もできなかった。
「それもこれで終わりか。村木はお前がいるから付き合ってくれていたんだろうしな」
「何を言ってるんですか。
ハジメの言葉を聞いた瞬間、上司の瞳が揺れた。
普段は瞳が濁っているのに、今は少しだけ光っている。
「上司でなくなっても、俺と関わってくれるのか」
「当然じゃないですか」
「そうか。そうだよな。お前はそう言ってくれるよな」
上司は感無量といった様子で、目元と口元を手で覆った。
それから少し震えた声で、次のように訊ねる。
「なあ。俺はいい上司だったか?」
「いえ、全然。嫌な上司でした。今は少し変わりましたけど」
ハジメは容赦なく答えた。
「いい上司でいようと努力しなかったからなぁ」
「努力してくださいよ」
「上司なんて、喫煙所で
ふいにメタマちゃんの配信が目に入る。
ゲーム内で、会社のあるあらゆるものを破壊しつくしていた。
見るからに爽快そうだ。
上司は
「最後にお願いを聞いてくれないか?」
「内容にもよりますけど……」
上司は「そこは嘘でも二つ返事しろよ」と言いたげに口を曲げた。
その後、殴るジェスチャーをとる。
「辞める前に、社長をぶっ飛ばしてくれないか?」
「嫌に決まってるじゃないですか。自分でやってくださいよ」
「だよな。半分冗談だ」
二人は同時に笑い出した。
目尻に大きなしわを作って、唾を飛ばし合っている。
辞める時になって初めて、二人は心の底から笑い合えたのだ。
なんとも不器用なオッサン達である。
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読んで頂き、ありがとございます!
すみません、また5分程投稿が遅れましたm(__)m
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