第36話 1680万色に光るお祝い!
『じめにい、お疲れ様でした!』
「お疲れ様です!!」
カコン、と乾杯の音が軽やかに響く。
テーブルの上にはピザやお寿司など、パーティらしい食べ物が並べられている。
ハジメの新しい
「ありがとう」
ハジメはレイとリツと乾杯を交わしててから、ビールに口をつけた。
少し奮発して買った、お高めのビールだ。
だけど、一口飲んだだけで顔が真っ赤になってしまった。
その姿を面白そうに眺めながら、ザルのリツが言う。
「いやー。先輩が会社を辞めるとは、何か感慨深いものがありますね」
『これは大きなことだよね。8年近くも勤めていたんだから』
レイの言葉を聞いて、ハジメは目頭を押さえた。
(8年……)
その重みに、ハジメは押しつぶされそうになった。
小学校でも6年。それよりも長い。
大学の入学から博士課程まで(助教になるまで)で最短9年。あまり変わらない。
今30歳だから、人生の4分の1以上。
それだけの期間。
勤めてきた会社から離れた。
しかも、病気になったわけでも、不祥事を起こしたわけでもない。
純粋に自分の意思で、退職を願い出た。
(清々しいはずなのに、なんか虚しい)
自分の大事な8年間を、自分自身で否定してしまった気分になる。
だけど、同時に『もう辛い想いをしなくていい』という解放感もある。
春のように暖かな風が吹いているのに、
でも――
(だからこそ、頑張んないとな。8年間が無駄じゃなかったと思えるように)
脱サラしてVTuberとして生きていく。
30年生きてきて、最も大きな決断だった。
高校も大学も会社も、全部
もし入れなかったとしても、ぼんやりとしながら他の道に進んでいただろう。
妹と両親がいれば、それで満足だった。
だからこそ、自分の意思というものが薄かった。
そんなハジメの姿は、今はない。
「さあて、みんなのために頑張んないとな!」
ハジメはグイッとビールを飲んで、ピザを頬張った。
どこか若々しく見える。
その横顔を前に、レイが満足げに笑った。
『おおー。じめにいもいい顔になってきたね。イケメンじゃない?』
「やめてくれー。イケメンにはなりたくない」
『なにそれ……』
レイは一瞬戸惑ったけど、すぐに機嫌がよさそうに笑った。
『ほらほら、じめにい、カンパーイ!!』
「かんぱーい」
レイに突然ジョッキを差し出されて、ハジメは戸惑いながらも応じた。
カコン、と軽快な音が響いくと、レイは屈託なく笑った。
「あはははは」
(テンションが異様に高いし、目が痛いぐらいカラフルだ)
ハジメは、レイが持っているジョッキを見た。
なんと1680万色に光ることで出来るジョッキである。
端的に呼ぶなら、ゲーミングジョッキだ。
製作者であるリツは現在、無我夢中でご飯を食べている。
口元にピザソースがついている。
寿司はネタだけを食べていて、残ったシャリやガリは、ハジメの取り皿の上に移している。
まるで好き嫌いが激しい子供みたいだ。
だけど、機械工作の技術は一級品なのだ。
大学の研究で結果を残して、レイのロボットを作るほどだ。
『そういえば、じめにい、先月の稼ぎはどうだったの? 確か今日わかるはずだったよね』
ハジメは4本の指を立てた。
食費ぐらいならギリギリ稼げている状態だ。
『まあまあだね。とりあえず一安心かな?』
「まあ、先輩はまだまだヒモですけどね。ボクの方が稼ぎは上ですし」
「うぐっ!」
リツに痛いところを突かれて、ハジメの顔が歪んだ。
「しょうがないだろ。もう二足のワラジは限界だったんだよ。仕事は苦痛だったし……」
「先輩は怒られてばかりでしたもんね」
「もうあの頃のオレには帰れないんだ。リスナー達に肯定される快楽を覚えてしまったら、普通の仕事なんてできない」
『じめにいもすっかり配信沼にハマっちゃったね』
ハジメは複雑な笑みを浮かべた。
純粋に喜べないけど、楽しいからいいか、と言った表情だ。
その横で、リツがわざとらしく「あ、そうだ」と声をあげた。
「先輩。ボクはこれから〝先輩〟をどう呼べばいいんですか?」
ハジメは一瞬、リツが言っている言葉の意味が分からなかった。
だけど、数秒かけて「あー。そうか」と納得した。
「会社を辞めたらから、もう先輩後輩じゃなくなるのか」
「そうですよ。早く決めないと困ってしまいます」
ハジメとリツは目を閉じて悩み始めたけど、レイだけは冷たい目をしていた。
『大体、ヤルことヤってるのに、先輩呼びなのがおかしいんだよ』
「「ごほっ」」
二人は同時に咳き込んだ。
「なんで知って……!?」
『配信中だからって、バレないと思った? 甘いね。電脳幽霊のスペックを舐めないで』
「ちょっと盗み見はやめてくださいよ!?」
『大丈夫大丈夫。最初しか見てないから』
二人の顔が真っ赤に染まった。
ハジメは元々酔いで赤かったからか、少し青ざめている。
「それでもアウトですよ!」
『まさか二人が酔った勢いでヤルなんて――』
「もうやめてくれ!」
「そうですよ!」
二人からの猛抗議を受けて、レイは「ヤレヤレ」と言わんばかりに肩をすくめた。
ハジメとリツは肩がぶつかり合っているのに、気にしている様子がない。
体が触れ合っても、
その姿を見て、レイの
『ねえ。じめにい、リツちゃん、今幸せ?』
レイの突然の問いに、リツは迷いなく答える。
「ボクは幸せですよ。こんな生活がずっと続けばいいと思ってます」
対照的にハジメは、慎重に言葉を選びながら答える。
「幸せだよ。楽しいよ。推し活も、配信も、私生活も……。人生で今は一番幸せかもしれない」
そして、続ける。
「これも全部、レイのおかげだ」
ハジメの温かい声に、リツも頷いた。
レイはおもむろに下を向いた。
ロボットの顔だから、もう死んでいるから、涙も出ない。
『そっか。そうだよね』
小さく呟いた後、明るい表情に切り替わる。
『今日はいっぱい祝わないとね! かんぱーい!!』
レイはゲーミングジョッキを高く掲げて、カラフルに光らせた。
「うわっ、眩しいからやめろ!」
「ちょっ、先輩、いきなり動かないでください!」
「あははははははは」
ハジメ。
リツ。
レイ。
三人は仲良く笑っていた。
ゲーミングジョッキの光が、ディスコのミラーボールのように見えるほど、陽気な空気だ。
■ジ■ジ■ジ■ジ…■…
その輝きの裏で――
かすかなノイズが、レイの声に混じっていると知らずに。
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