第34話 ハジメのセンスは壊滅的
モニターを前に、ハジメは困惑顔を浮べている。
モニターにはメタマちゃんが映し出されているけど、隣にもう一人いる。
イラストで描かれた男性だ。
ハジメは彼を指さしながら、呆れたように言う。
「なあ、これはイケメンすぎないか?」
『これぐらいは普通だよ』
イラストの男性は、女性向け恋愛ゲームに出て来そうな見た目をしている。
甘い声で「俺の女になれよ」と囁く姿がありありと浮かぶような、俺様系イケメンだ。
なぜ、そんなイラストを表示しているのか。
ハジメの次の言葉が答えだ。
「これ、オレのVTuberとしてのアバターなんだよな?」
イラストレーラーに依頼していたキャラクターデザインの初稿だ。
ハジメはイラストレーターに詳しくないため、レイに一存していたのだけど、予想外のものが出てきていた。
ハジメの困惑した声を聞いて、リツが突然「ぶほっ!」と噴き出す。
「これが先輩? いひひひひひっ」
余程笑いのツボに入ったのか、聞いたことのないような奇妙な引き笑いをしている。
(そんなに笑うなよ……)
ハジメは最初、不服そうにしていた。
でも、リツが楽しそうに笑っているからいいか、とすぐに思い直して、モニターに向き直る。
「もっと普通なオッサンでいいじゃないか。実際、そういうVTuberはいるし。穀物みたいなVTuberだっているんだから」
『それじゃあ、新規客を得るのが大変だよ? 見た目は釣り餌ぐらいに割り切ろうよ』
ハジメは腕をクロスしてバツマークを作って、口を「いー」と
「いーや。イヤだ。絶対にイヤだ」
『ありゃ。今日は頑なだね』
「こんなのオレじゃない。もっとブサイクじゃないとイヤだ!」
『言ってて悲しくならないの……?』
レイの呆れ顔を見ても、ハジメの考えは変わらない。
「声だって合っていないだろ。オレの声、イケボでもないし」
『わかんないじゃん。素の声からイケボな人って少ないし。試しにイケボだしてみてよ』
「うわ。想像しただけでも寒気がする」
『まあまあ。何事を試してみないとわからないでしょ』
(まあ、一回やってみれば気が済むだろ)
ハジメは「んんっ」と咳払いをして、声を整えた。
それからできる限り顔を引き締めて、少しでもイケメンに成り切ろうとする。
そして、生温かい吐息を漏らしながら、イケボを出そうとする。
「オレノ オンナニ ナレヨ」
イケメンを意識しすぎるあまり、片言になっていた。
それを聞いたリツは一瞬固まった後
「ブホッ!」と、また噴き出した。
苦しそうにお腹を抱えているのに、まだまだ笑いが治まらない様子だ。
その姿を見てしまって、ハジメは拗ねてしまった。
「絶対にイヤだ! もうイヤだ! 2度とやんない!」
『ちょっとリツちゃん、じめにいが完全にヘソ曲げちゃったじゃん!』
「だ、だって、面白すぎるから……!」
リツはの笑い声は止まっていない。
「絶対にイヤだからな!」
『しょうがないな。この案は無しだね。じめにいに似合うと思ったんだけど』
「
『んー。そうかなー?』
レイはとぼけたように言った。
「大体、オレの今のリスナーはほとんど男だしな。イケメンはウケが悪いだろ」
『あー。確かにそうかもね。初期からのリスナーは本当に大事だ』
「そうそう。リスナーが喜んでくれるのが一番だ」
ハジメの何気ない言葉を聞いて、レイは意外そうに「ほう」と息を吐いた。
『やっぱり、じめにいは配信者に向いてるよ』
「どういう意味だよ」
『リスナーを大切にしてるところだよ』
「そんなに大事にしてるかなぁ」
『メタマちゃんであるアタシが言うんだから、間違いないよ』
ハジメは納得がいかなそうな表情を浮べているけど、レイの顔は自信満々だ。
『じゃあ、イラストレーターさんに頼んでみるよ。もっとブサイクにして、って』
「よろしく頼む」
そして、レイはイラストレーターに変更要望を伝えたのだけど、困惑されたのは言うまでもないだろう。
尚、リツはしばらく、腹筋の筋肉痛に悩まされることになった。
(ざまあみろ)
◇◆◇◆
『じめにい。アバターの動きも完成したよ』
「まじか!」
キャラデザは修正されていて、冴えないオッサンに変わっている。
実際に動かしてみても、動作がモッサリとしていて、全く輝きがない。
「そうそう。こういうのでいいんだよ!」
『こだわりの方向が間違っている気がするけど……』
ハジメはとことん、オッサンっぽさを求めてしまったのだ。
イケメンな要素は微塵も残っていない。
『もうじめにいがいいながら、それでいいや』
レイはさっさと匙を投げて、スマホの画面の中で肩をすくめた。
そのスマホを持っている女性は、かなり不機嫌な様子だ。
「というか、先輩。最近ずっとウチにいますよね」
リツが口を尖らせて言うと、ハジメは横を向いて返す。
「まあ、配信していると自然にな」
「多分、自分の部屋よりも、ボクの部屋にいる時間の方が長いですよね」
「そうだな」
「じゃあ、いっそのこと、この部屋で一緒に住みますか?」
「はあ!?」
あまりに突然すぎる提案に、ハジメは目を剥いた。
すると、ロボットを使って折り紙を折っていたレイが、嬉々として声を上げる。
『お、いいじゃんいいじゃん。久しぶりにじめにいと一緒に住めるし』
「レイはそれでいいのか?」
『アタシが決めることじゃないでしょ。当事者が決めることじゃん』
レイに突き放されると、ハジメは情けない顔になった。
まさに優柔不断だ。
「オレが決めないとダメ?」
『ダメに決まってるでしょ』
「ダメに決まってますね」
ハジメは思わず「はああぁぁぁ」と大きくため息をついた。
それでもまだ縋ろうとする。
「すぐに答えださないとダメか?」
「先延ばしにしないならいいですよ」
『じめにいは絶対先延ばしにするじゃん』
「うぐっ……」
バッサリと切られてしまって、ハジメはぐうの
そして、ハジメは考え始めた。
リツと同居して、どういうメリットがあるのか、デメリットがあるのか。
メリットは配信をする環境が整っていること。
そして、レイと一緒に住めること。
デメリットは非常に大きいものだけど、対処法はハッキリしている。
(魅力的だし……。まあ、なんとかなるかなぁ)
案外早く、ハジメの意思は固まった。
「じゃあ、一緒に住もう。そっちの方が楽だし」
「お、素晴らしい決断ですよ、先輩」
リツに握手を求められたけど、ハジメはジェスチャーでストップをかけた。
「だけど、一つだけ約束してほしい」
「お、いい御身分ですね。住まわせてもらう立場なのに。でもボクは寛大なので、聞いてあげましょう」
リツは偉そうに仁王立ちしながら言った。
その姿を見て、ハジメの眉がピクリと動く。
(なんか最近、村木のキャラが変わってない?)
でも結局「今の方が接しやすいからいいか」とスルーすることにした。
そして改めて、同居の条件を告げる。
「村木は料理を作らないでほしい。最悪オレが作るから」
それを聞いて、リツの顔が真っ赤になった。
「なんでですか! こんなにかわいいボクの手料理が食えないって言うんですかっ!」
「もう嫌なんだ。塩辛くて、油まみれのオムライスは食べたくないんだ。どんだけバターと塩コショウを入れたんだよ!」
「せっかくケチャップでハートを描いたんですよ!?」
「それで味がよくなるわけないだろ!」
「ボクはおいしかったですよ!?」
「タバコで舌がやられてるんだろっ!」
ハジメとリツの言い争いはヒートアップしていき、喧嘩へと発展していく。
その横で、レイはひっそりとほくそ笑んでいた。
『いやー。二人とも素が出てきてるねー。仲良くなってきてるねー』
折り紙でカエルを作り終わると、ピョンピョンと跳ばせて遊ばせている。
そして、何気なく口にする。
『アタシが成仏できる日もそう遠くないなー』
その声は、バカップルみたいに喧嘩する二人には届いていなかった。
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読んで頂き、ありがとうございます!
また、少し投稿が遅れました。申し訳ございません
準備が整ってきたので、そろそろ■■■■ックスです!
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また、誤字脱字等がございましたら、コメントで教えていただけると助かりますm(__)m
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