第4章 推しに言われて■■■することになりました

第29話 オタクオッサンの出会い系アプリ奮闘記

 会社の昼休憩中。

 喫煙所にて、二人は雑談をしている。


 後輩のリツはしっとりとした顔で一服している。

 その姿は堂に入っていて、周囲の同僚たちは、チラチラと彼女の様子を伺っている

 その横でハジメは、スマホの画面を落として、大きなため息をついた。



「村木、オレは女にモテると思うか?」

「いや、モテないと思いますけど、なんですか藪から棒に」



 後輩からの毒舌をスルーしながら、本題に入る。



「実はな、最近出会い系アプリをやってみたんだ。幸せになるために」

「はあ!?」



 リツは大きく目を見開いて、身を乗り出した。



「なんてね、です」



 だけど、すぐに肩をすくめて、平静さを取り戻していく。



「まあ、すでに知ってたんですけど。驚いてみただけです」

「なんで!?」



 今度はハジメが驚く番だった。


 予想通りの反応だったのだろう。

 リツはしたり顔で説明する。



「レイちゃんは、先輩のスマホやパソコンに侵入できますからね。エロ動画の検索履までバッチリ監視されてますよ」

「……今後は妹モノだけにしておくか」

「エロ動画を見ないという選択肢は無いんですか?」



 リツは『ムッツリスケベめ』と言いたげな視線を浴びせながら



「それよりも、結果はどうだったんですか? 出会い系アプリをやったんですよね?」と話の続きを催促した。

「3人の相手と出会えた」

「ほほう。悪くないですね。どんな失敗談が聞けるか楽しみです」



 リツは嫌らしい笑みを浮かべて、新しいタバコに火をつけた。



「失敗する前提かよ! 間違ってないけど、性格悪いぞ」

「人の不幸を聞くほど、タバコはおいしくなるんですよ」

「それはそれは素晴らしい味覚をお持ちで」

「ええ。自慢の舌ですよ」



 リツは悪戯っぽく舌を出した。

 薄いピンク色で、とてもかわいらしい形をしている。

 ヘビースモーカーの舌とは到底思えない。


 

(村木は猫舌だけど、本当の猫みたいな舌をしてる)



 そんな面白くないダジャレを考えながらも、閑話休題する。



「出会い系アプリに紹介された一人目。彼女は偶然にもメタマじゃくしだったんだ。しかも、SNSで相互フォローの人だったんだ」

「おおー。運命的じゃないですか」

「ああ。オレも運命を感じて、メタマちゃんについて語り合って仲を深めようとしたんだ」

「共通の話題があるのは強いですね」

「そのはずだったんだが――」



 さっきまで明るかったハジメの顔が、突然曇っていく。 



「少し長いメッセージを送ったら、連絡がつかなくなってしまった。しかもSNSでブロックされてしまったんだ……」



 ハジメはため息混じりに言った。



「先輩。そのメッセージを見せてください」

「別にいいけど……」



 ハジメがスマホの画面を見せると――



「げぇっ!」とリツは思わず、汚い声を出してしまった。



 なんと、そこにはびっしりと敷き詰められた文字列があった。

 よくよく読んでみると、メタマちゃんへの想いが書き綴られていることがわかるが、熱意があふれすぎている。



「このメッセージを送って以来、全く連絡が来なくなった。SNSもブロックされてしまった」

「そりゃそうですよ。最後に『そんなメタマちゃんは、オレの双子の妹なんだ』って書いててますし……」



 リツの言葉に、ハジメは露骨に不機嫌になった。



「メタマちゃんが妹なのは、事実だろ」

「事実でも、信じてもらえるわけないじゃないですか。相手目線、完全にヤバイ人ですよ」

「そうか……?」

「あー。時間がないので次に行きましょう」



 休憩時間の終わりまで残り10分もない。

 ハジメは渋々ながら、話を次に進める。



「二人目は、オタクじゃなかったから、無難なやり取りをして、リアルで会うところまでこじつけたんだ」

「大健闘じゃないですか」

「だけど、待ち合わせバックレされてしまったんだ。それ以降、連絡しても既読すらつかなくなった」



 リツは全てを察したのか「あー」と声を上げた。

 なにせハジメのアレ・・の被害者なのだ。



「一応聞きますが、どんな服装だったんですか?」

「メタマちゃんTシャツ」

「それが原因に決まってるじゃないですかっ!」



 リツが勢いよく指摘してのだけど、ハジメは納得いかなそうに小首を傾げた。



「完成度が低いのが悪かったのか?」

「それ以前の問題ですよ!」

「じゃあ、デートの服装ってどうすればいいんだよ!? 気合の入った服装ってなんなんだよ!? オレにとってはメタマちゃんのTシャツが一番のオシャレなんだよっ!」

「あー。はい。じゃあ最後のエピソードをお願いします」



 リツは面倒臭くなってきたのだろう。

 服装の話を無理矢理切り上げさせた。



「三人目は、実際に会ってデートすることができたんだ」

「え? メタマちゃんTシャツで、ですか?」

「んー。そういえば、何も言われなかったな」



 リツは噂話が好きなオバサンみたいに、ニヤリと笑った。



「絶対に何か裏がありますね」

「そんなことないぞ。ご飯を一緒に食べていると突然、とんでもないことを言われただけだ」

「お、どんなことを言われたんですか?」

「一目ぼれして結婚を考えている。でも病気の弟がいて、すぐにお金が必要なの、って」



 リツは驚きのあまり、くわっ、と目を見開いた。



「結婚詐欺じゃないですか!」

「今思えばそうだったな。その時はピンとこなかったけど」

「え、じゃあどうやって撃退したんですか?」

「撃退というか、メタマちゃんの配信を勧めたんだ」

「なんでそうなるんですか……?」



 困惑しているリツを前に、ハジメは自信満々に言い放つ。



「メタマちゃんの配信で元気になるかもしれないからな」

「えぇ……」

「結果、なぜか話の途中で逃げられてしまった」

「結婚詐欺師と狂信者のようなオタク。どっちもどっちですね。勝手に戦え、って感じです」



 そこまで話し終えると、ハジメは突然項垂うなだれた。

 一通り説明を終えて、不甲斐ない自分に本気で落ち込んでしまったのだ。



「なあ、オレの何がダメなんだ? このままじゃ、幸せになんかなれない……」 



 リツは一瞬だけ天井を仰いでから、ハジメに言葉を投げかける。



「先輩って、誰にも甘いですけど、人に寄り添えない人間ですよね」

「うぐっ……」



 図星をつかれて、ハジメは苦しそうにうめいた。



「ちょっとは加減してくれない?」

「手加減してコレですよ。ダメなところ、もっと挙げられますよ」



 辛辣な後輩に向かって、ハジメは恨めしそうな視線を送る。



「なんか最近、オレへのあたりが厳しくないか?」

「ボクなりの甘え方ですよ」

「じゃあ、もう甘やかすのはやめようかな」

「えー。先輩から取り柄が無くなるじゃないですか」



 リツは無邪気な笑みをこぼしていた。

 その表情がレイに重なって見えて、ハジメは一瞬だけ息を呑む。



「なんか最近、レイに似てきてないか?」

「そうですか……?」



 リツは意外そうな顔をしながらも、続ける。



「まあ、一緒に暮らしていますから、思考が似てきたのかもしれませんね」

「そうだよな。一緒に暮らしているんだよな……」



 しんみりと呟いた後一拍置いて、ハジメは小さな声を絞り出す。



「村木はつらくないのか? レイが消えたら」

「そういうことを聞くからダメなんですよ。先輩は」

「……そうか。そうだよな。ごめん」



 ハジメは叱られた気分になって、口を閉ざした。

 だけど、リツは沈黙を嫌うみたいに、すぐに口を開く。



「ねえ、先輩。もしボクが後輩・・じゃなくなったとしても、こんな風に話してくれますか?」


(どういう意味だ?)



 不思議に思いながらも、素直な気持ちで答える。



「何言ってんだ。当然だろ」

「そうですよね」



 リツは嬉しそうに口角を上げながら、まだ残っているタバコを灰皿に捨てた。



「こんなにかわいくて、先輩みたいなオッサンに構ってあげる美少女なんて、レイちゃんかボクしかいないんですからね」

「……それは本当にそうだよ」



 ハジメが含みのある笑みを浮かべると、それを見たリツが一歩近寄った。

 すると肩が触れ合って、二人の体に甘い痺れが駆け抜ける。



「さっき、ボクがレイちゃんに似てきたと言っていましたけど、レイちゃんの代わりはできませんよ」

「そりゃそうだ」

「でも、穴埋めぐらいはできますからね」

「だったら、オレだって穴埋めできるかもしれないな。似てなくても、一応双子だし」



 横を向くと、自然と目が合う。

 しかも同じ表情をしていた。


 切なくても、つらくても、必死に前を向こうとしている。そんな顔だ。



「確かにそうですね。レイちゃんがいなくなったら、代わりに一緒に住みますか?」

「んー。考えておくよ」



 ハジメはとぼけた表情で曖昧な返事すると、リツは屈託のない笑みを浮かべて、暖かい息を吐いた。



「しっかり言質とりましたからね」



 リツが言い切ると――

 キンコンカンコーン、と。


 ちょうど予鈴が鳴った。


 

「さて、午後の仕事に行きますか。先輩」

「はあ。出席したくない会議があるんだよなぁ」

「そんなこと言ってる暇があったら、さっさと終わらせてきてくださいっ!」



 いうや否や、リツはハジメの背中をグイッと押した。

 声は弾んでいて、顔はちょっぴり赤くなっている。



「ちょ、ま、待ってよ!」



(なんでこんなにテンションが高いんだ!?)



 ハジメは困惑しながらも、背中を強く押されるのだった。





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