第28話 ヤバイ残業の夜を推し兼妹とともに

 ハジメはフラフラとしながら、帰路についている。

 顔はげっそりとしていて、今でも倒れてしまいそうな足取りだ。



(ひどい目に遭った)



 クソマロ配信を見た後、三人はそそくさと帰ろうとした。

 だけど、現場を横切る時に呼び止められてしまったのだ。



 話を聞くと、かなりの緊急事態だった。

 このままでは品物の納期に影響が出てしまうレベルだ。

 しかも、その品物は、納期と品質に厳しいことで有名な商社から注文されているものだった。

 さらに単価が低いのだから、手に負えない。


 そんな相手は、さっさと付き合いを切れば切るのが一番だ。

 だけど、そうできない事情がある。


 厄介商社は、社長は懇意にしているのだ。

 だからこそ納期が遅れたら、社長の機嫌がどうなるか分からない、という事情もあった。



「だったら、手伝うしかないな」



 上司の鶴の一言により、ハジメとリツは地獄・・の残業に付き合わされることになってしまった。


 尚、上司は30分も経たないうちに姿を消していた。



(本当、あの上司は……!)



 怒りをぶつけるように、玄関のドアノブを荒々しく回す。



「ただいまー」



 真っ暗な部屋に挨拶をしても、返事は無い。

 一人暮らしなのだから当然だ。



「まあ、誰もいないんだけどねー」



 タハハと乾いた笑いを浮かべてから、電気のスイッチを入れる。

 パチッ、ジリリ、と耳に馴染んだ音が聞こえてから、光が灯った。


 いつの間にか落ちていた米粒を拾いながら、リビングへ入る。



「……ん?」



 すると、パソコンのモニターが光っていることに気付く。



(最近使ってないはずなのに……)



 何か拍子で電源ボタンを押したのかな、と独りで納得しながら近づいていく。

 だけど、画面の色に気付いて、慌てだす。



(あれ、ブルースクリーンになってる!?)



 ブルースクリーンとは、パソコンに問題が発生した時に表示される画面だ。


 ハジメは冷や汗をかきながら、急いでパソコンの安否を確認しようとした。


 

 その時――

 


『なんで今日の配信でコメントしてくれなかったの!?』

「うわ!?!?!?」



 画面いっぱいに、少女の怒り顔が映し出された。


 ハジメは驚いた拍子で、尻もちをついてしまう。



「何してくれるんだよ、レイ!!」



 画面に映し出されていたのは、VTuberの『一星雨魂』だった。

 つまりは、ハジメの双子の妹のレイである。


 ブルースクリーンは彼女の悪戯だったのだろう。


 レイはハジメの怒りの言葉を無視して、もう一度繰り返す。



『そんなことより、なんで今日の配信にコメントしてくれなかったの!?』



 メタマちゃん(レイ)に睨まれたハジメは、たじたじになってしまった。



「いや、なんというか……コメントしづらくて」

『お兄ちゃんには、アタシが好きっていう取り柄しかないんだから。ちゃんとしてよ』

「それは流石に酷くないか!?」



 ハジメの情けない声を聞いて、レイはクスクスと子供っぽく笑った。



『でも、アタシはそんなじめにいが好きだよ』

「ダメダメでジメジメなところが……?」

『そうじゃなくってさ。自分じゃない誰かに夢中になれるって、素敵な才能だと思うけどね』



 思わず眉間にしわを作りながら、独り言のようにボソリと返す。



「自分を好きになれないだけだよ」

『じゃあ、自分を好きになれないかわりに、他人を好きになれる才能だ』

「代償がでかいなぁ」



 ハジメはふと、自分の手のひらをジッと見つめた。

 いくら見ても、いくら使っても、自分の手に愛着が持てていない。

 許されるなら、取り換えたいと思う程だ。


 きっと、不器用で、不細工で、なんの誇りも刻まれていないからだ。



『ねえ、じめにいは、アタシ以外の人は好きになれないの?』

「……わかんない」



 ハジメが眉間にしわを寄せると、レイは少し目尻を下げた。

 


『それはそれで嬉しいことなんだけどね。

 でもそんなことじゃ、アタシは成仏できないよ』



 その言葉を聞いた瞬間、ハジメの脳内には、デートした日のことがフラッシュバックした。

 リツの部屋で聞いた言葉。


――幸せになって、アタシを成仏させて



「なあ、本当にオレが〝幸せ〟になれば、成仏できるのか?」

『アタシの本能がそう言ってる。幽霊なのに本能っていうのもおかしいけど』



 ハジメは下唇を噛みしめながら、悲しそうな声で問いかける。



「今の生活は――メタマちゃんでいるのは、楽しくないのか?」

『どうせ説得する気でしょ。無駄だよ。もう決めたことだもん。アタシが頑固なのは知ってるでしょ?』



 ハジメは苦笑した。

 幼い頃からの、妹の頑固さに対する不満がにじみ出ている。



『それにアタシが求めてるのは、安楽死なの』

「安楽死……」

『紙芝居では軽く流したけど、本当に怖かったんだよ。死ぬのって』



 レイは無表情に続ける。



『それに、今のアタシは寝ることもできないの。多分気絶もできなから、苦しみから逃げることも出来ない。これって、とっても怖いことなんだよ?

 だから、安楽死――成仏させてほしい』



 ハジメは息を呑んだ。

 だけど、すぐに言い返したくなって、震える唇を開く。



「オレはまた、妹の死を見ないといけないのか?」

『ごめんね。面倒な妹で』

「もっと面倒をかけてもいいぞ」

『やだよ。これ以上は。潮時だからね』



 そう言うと、レイは悪戯っぽく笑った。

 でもハジメの顔は暗いままだ。



「レイが――メタマちゃんがいなくなったら、オレはどう生きて行けばいいんだよ」

『そのために、アタシは配信をしてるんだよ』

「どういうこと?」



 ハジメの不思議そうな顔を見つめながら、レイは吐息混じりの声で返す。



『一星雨魂として配信したアーカイブは、ずっと残りつづける。いつでも見返すことが出来るし、楽しかった記憶を思い返せるでしょ。

 そのために、アタシは配信していたんだよ』


 

 妹の優しい想いを知って、無意識に手を伸ばす。

 だけど、相手は画面の中だ。

 冷たくて固い感触しか感じられない。



「全部、オレのためか?」

『そうとは言い切れないけど。他のリスナーに宛てたものでもあるよ』

「そこは嘘でも『そうだよ』って言って欲しかった」

『残念。レイちゃんは――メタマちゃんはもう、じめにい一人のものじゃないのだ』



 腰に手を当てながら、ガハハと笑った。

 レイとしての笑い方ではなくて、メタマちゃんとしての笑い方だ。


 有名なVTuberの笑い方を真似ていることは、メタマじゃくしとしては常識だ。

 きっと配信で注目されるために、笑い方を矯正したのだろう。

 一人でずっと練習して。

 必死に努力して。


 それを察してしまったからこそ、ハジメは訊きたくなってしまった。



「……なぁ。レイ」

『なに? じめにい』

「オレに、そこまでする価値があるのか?」



 ハジメのネガティブ発言に対して、レイは「お手上げだ」と言わんばかりに手を挙げた。



『知らないよ。アタシは双子の妹だもん。それだけ』

「そうだよな。オレに価値なんて、ないよな」

『それは違うよ。じめにい』

「違うのか?」



 不思議そうな顔で訊くと、レイはしたり顔で返す。



『全然違う。じめにいのことが好きなアタシ・・・に失礼だよ』

「……そっか」



 ハジメはまた、自分の手のひらを見た。

 今は純粋に|自分だけの手だ。

 だけど、過去に何度も他人とつながっていた手でもある。

 何回も多くの人――学校の友達や、同僚や、客先――数えきれない人とふれあってきた手だ。

 そしてなにより、レイと何度も握り合った手でもある。



(その皆に、失礼なのかな)



 自分のため・・・・・ではなく、他人のため・・・・・に自分を好きになる。

 そう考えると、簡単に受け入れられる気がした。


 だけど、納得できるかとは別問題だ。


 ハジメは腕を広げながら、床に転がった。



「オレが幸せに、かぁ。幸せって一体なんなんだ?」

『知らないよ。じめにいがそんなことを言わなくなればいいんだけどね』

「どういうこと?」

『自分が幸せなことに、疑問を抱かなくなった時ってことだよ』



 ハジメは天井に向かって、手を伸ばした。

 その行動には、深い意味はなかった。



「それは遠いなぁ」

『そんなに遠くないと思うんだけどねぇ』



 そんなチグハグなやりとりを最後に、沈黙が続いた。

 でも重くも苦しくもなくて、まったりとした空気が流れている。



「ふわぁ」



 そんな中、ハジメは大きなあくびを掻いた。



「ごめん。これ以上は頭が回らない。眠い。しんどい」

『お疲れ様。頭は撫でてあげられないけど、』

「あとごめんな。あの時逃げて。見捨てないでくれて」



 眠そうなハジメの声を聞いて、レイはしっかりとした口調で囁く。



『アタシこそごめんね。死んじゃって――幽霊になってまで、我がままを言っちゃって』



 妹の懺悔を聞いて、ハジメは楽しげに口の端を上げた。



「じゃあ、おあいこだ」



 レイは驚いたように目を見開いた後、愛おし気に目尻のしわを作った。

 その後、胸の前に左手を持っていき、ギュッと握りこぶしを作った。

 いつも兄と握っていた方の手だ。



『そうだね。今はおやすみ。じめにい』



 レイの「おやすみ」を聞いたハジメは、芋虫のように床を這いずっていく。

 布団までたどり着くと、毛布を抱き枕代わりにして、掛け布団をかぶった。



(あぁ。今日はぐっすり眠れそう……)



 心の中が少しスッキリしたハジメは、スヤスヤと寝息を立て始めるのだった。






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コメントで指摘頂きましたが、昨日公開した27話について、一部歯抜けの状態で公開しておりました。

大変失礼いたしましたm(__)m

現在は修正済みです。



誤字脱字などありましたら、コメントして頂けるとと助かります。


また『前回とのギャップがひどくない?』と思った人は、♡や☆、フォローなどをよろしくお願いします!

(作者が一番ギャップに戸惑っています('_'))

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