第27話 メタマちゃんの高速クソマロ配信
「なんか随分久しぶりですね」
会社の会議室にて、リツは呆れていた。
その場には上司、ハジメ、リツだけしかいない。
そして今は終業後の時間である。
つまり、毎度恒例の『会議室でのメタマちゃん配信視聴』が始まろうとしていた。
「いやー。最近は忙しかったからな。やっと落ち着いて、メタマちゃんの配信を見ることが出来る」
上司は無邪気に言いながら、プロジェクターのセッティングをしている。
書類に承認のハンコを押す時よりも、俊敏な動きだ。
「いやー。今日は定番な内容ですけど、楽しみですね」とハジメが話を振ると
「まったくだ」と上司が深く頷いた。
そうこうしている内に、配信が始まる。
『こんめたまー』
「「こんめたまー」」
当然のように、オッサン二人の声が重なった。
口を動かしながらも、上司はしっかりコメントも打っている。
だけど、ハジメの指は動いていなかった。
それを不思議に思ったリツが、訊ねる。
「あれ、先輩はコメントを打たないんですか?」
「あー。なんとなく、打つのが気まずくてね」
バツが悪そうに言うと、リツは不快そうに顔を歪めた。
「ボクとしては打ってほしいんですけどね」
「どういうこと?」
「多分、不機嫌になりますよ、
事情を知らない上司がいるから、ボカしているのだ。
「そうかなぁ」
リツは大きなため息をついた。
「まあ、いざという時は先輩に押し付けますから。覚悟しておいてくださいね」
「あ、うん……」
ハジメは顔をしかめながらも、配信に目を戻した。
『今日はクソマロを食べていくよー』
その一言で、コメント欄は大盛り上がりだ。
それだけで、メタマちゃんの人気コンテンツであることがわかる。
「クソマロって何ですか?」
リツが訊くと、ハジメが「待ってました!」と言わんばかりに説明をする。
「匿名でメッセージを送れるサイトがあって、そこをマシュマロと呼ぶんだ」
「へー。そういうのがあるんですね」
「そこに送られてくるメッセージの中でも、中身が無かったり意味不明だったりするメッセージをクソマロと呼んでいるんだ」
端的に言ってしまえば、クソなメッセージということだ。
「なるほど。ですが、そんなメッセージは、わざわざ読まなければいいじゃないですか」
「普通のマロより、クソマロを読んだ方が、配信が盛り上がるんだよ」
ハジメが得意げに言うと、リツは「あー」と間抜けな声を上げた。
「ネット文化の悪いところが出てますね」
「ネットなんて、悪ふざけしてなんぼだからな」
「偏見ですよ!」
リツがツッコミをいれている間にも、配信は進んでいる。
『じゃあ、一件目』
メタマちゃんが言うと同時に、メッセージが配信画面に表示される。
@パンツは何色ですか?
『履いてません。ハイ次』
:江戸
:大江戸温泉物語
:エッチコンロ点火! エチチチ
:上は?
(いや、間違ってないけど……)
ハジメは複雑な表情をしていた。
リスナーは知らない事実だが、レイは実は電脳幽霊で、ロボットの体を動かして配信をしているのだ。
もちろん、パンツどころか服も身についているはずがない。
ハジメが反応に困っていると、ガバッ、と上司が立ち上がった。
「あ、これ俺の送ったマシュマロだぞ! やった!」
上司は手を挙げて喜んでいる。
だけど、リツの冷たい視線が突き刺さる。
「これ、セクハラじゃないですか」
「何を言ってるんだ。これぐらい平気でいるぞ。スパチャで訊くやつもいるぞ」
「相変わらずヤバイですね、VTuberの配信って……」
リツの
@いつなったら結婚してくれるんだ?
『あなたが来世になってからです。ハイ次』
:さっさと来世に行ってくるわ
:メタマちゃんはショタコンだった……?
:可能性を残してくれるメタマちゃん優しい。好き
高速でコメントが流れる中、また上司が声を上げた。
「あ、これもオレのマシュマロだ」
「え? 上野課長は結婚してますよね。不倫じゃないですか?」
「問題ない。もうすでに離婚調停中だ。プレゼントにスケスケの下着を、妻と娘に送ったんだけどなぁ。何が悪かったんだ……?」
上司は本当に不思議そうに、首をひねっていた。
その姿を見て、さすがのハジメもドン引きする。
(マジで言っているのか、この人……)
その場には冷たい空気が流れていて、部下の二人は黙っていた。
そんな中、メタマちゃんが明るくクソマロを読み上げる声で響く。
@好きな女に「お前のお〇ぱいを好きにさせてくれ」と告白したらフラれてしまいました。どうすればいいですか?
『メタマちゃんがいるでしょ? キミの恋人にはならないけど。ハイ次』
:辛辣すぎる
:キープされてて草
:かわいそう
:告白のセリフひどすぎて草
すぐに次のクソマロに移行するのだけど、一瞬で空気が凍り付くことになる。
@メタマちゃんのメダマが吹っ飛んだ!
すごくつまらないおやじギャグだったのだ。
『………………』
メタマチャンは黙ったまま、しばらく困った顔を浮かべ続けている。
少しずつ表情を変えていて、困惑具合がひしひしと伝わってくる。
:かわいい
:クソすぎる
:w
:困ってるのかわいい
『ん? 何があったのかな?』
そして、まるで何事もなかったみたいに、次のマシュマロへと移っていく。
:草
:www
:草
:草
コメントが『草』で埋め尽くされる中、次のマシュマロが表示される。
@使っているシャンプーを教えてください
『米のとぎ汁。ハイ次』
:いつの時代だよww
:くさそう
:もっといいシャンプー使ってもろて(スパチャ)
ウェー↑ノ:今とぎ汁飲んできたわwww うめえwww
『何言ってるの。メタマは織姫の転生者なんだから、昔の文化に取り残されてるんだよ』
:そんな設定あったな
:まだ残ってたんだ
:たまに思い出される設定
(いや、ロボットだろ。VTuberだろ。最先端だろ!)
ハジメはついついツッコミを声に出しそうになったが、すんでのところで我慢した。
ハイペースにクソマロが消化されていく。
@オレをペットにしてくれないか?
『いつからペットじゃないと錯覚していた? ハイ次』
:リスナーはペットだった……?
:じゃあエサください
:首輪つけて、お散歩もして
ウェー↑ノ:エッッッッ!
喚起しているコメント欄を前に、リツの眉間にしわが寄っていく。
「なんで興奮してる人がいるんですか」
「推しのペットになるのは、全メタマじゃくしの夢だからな」
「うわぁ……」
次のクソマロに移る。
@おしがま配信してください
『まずはお前がやれ。ハイ次』
メタマちゃんはさっさと次に移ろうとしたのだけど、生意気なコメントに反応する。
:約束だからな。絶対忘れるなよ
『名前覚えたよ。コメントも固定したから。おしがま配信楽しみにしてるね♡』
固定コメントとは、コメントを常に表示している状態にすることである。
普通は宣伝やいいねの催促などに使われる機能なのだけど、リスナーのコメントにも適用することが出来る。
:つるし上げww
:えげつない
:許して下さい
:保釈金です(スパチャ)
『保釈金は草。でも許さん』
ハジメも上司も大声で笑っていた。
でも、リツだけは小首を傾げている。
「あの、すみません。おしがまってなんですか?」
リツが控えめに手を挙げると、ハジメが得意げに説明を始める。
「『おしっこ我慢』の略。おしっこを我慢しながらゲーム配信とか、歌枠配信とかをするんだ」
「ええ……。お笑い芸人でも、そんなことしないですよ」
「世の中、浣腸を入れて配信するVTuberがいるからなぁ」
「もはやVTuberである必要性がないじゃないですか!」
説明をしている内に、次のマシュマロが表示される。
@メタマちゃんから生まれて、メタマちゃんのお兄ちゃんになりたいです。対戦よろしくおねがいします。
:怪文書すぎて草
:因果関係が狂ってるww
:母親を妹にするってこと?
:ヤバ杉wwww
コメント欄が困惑する中、メタマちゃんは軽い口調で言い放つ。
『残念。もうお兄ちゃんはいるんだなぁ』
すると、コメント欄の勢いが一気に増した。
:マジ!?
:解釈一致だわ
:妹属性までつけてきた!?
:お兄ちゃんって呼んで
:実はオレがお兄ちゃんなんだよねw
『お兄ちゃんは単芝を生やさないから! 多分、今も見てると思うな』
:いえーい。お兄ちゃん見ってるー?
:よく見れるなw
:オレだったら恥ずかしくて見れないかも
『まあ、シスコンだからね。喜んで見てるでしょ。きっと今、キモイ顔してるよ』
メタマちゃんの言葉を聞いて、リツがハジメに目をやった。
そして直後に、目を見開いた。
「うわ、先輩、本当にキモイ顔してますよ!?」
「マジで?」
ハジメは自分の顔をグニャグニャとこねくり回して、真顔に戻した。
だけど、すぐに顔がグチャグチャになるような言葉が、メタマちゃんの口から飛び出す。
『まあ、困ったお兄ちゃんだけどね。メタマは好きなんだよね。お兄ちゃんのこと』
コメント欄は温かいコメントであふれていて、ハジメは思わず涙ぐんでいた。
(ああ。メタマちゃんが――レイがここまで言ってくれるなんて……!)
ハジメはしんみりとした思いで、生暖かい息を吐いた。
それからいくつかのクソマロを流してから、配信は終了した。
「それじゃあ、さっさと片付けましょうか。二人とも」
リツの掛け声で、ハジメはプロジェクターを片付け始めた。
しかし、上司は全く動かない。
不思議に思ってリツが近づくと、ブツブツと呟く声が聞こえてくる。
「メタマちゃんは一人っ子じゃなかったのか。兄がいるのか。じゃあ、予想より甘えん坊なのか? そうなると、生理周期は――スリーサイズは――体重は――」
新しく得た情報から、メタマちゃんについて色々考察していたのだ。
しかもかなりプライベートなところまで踏み込んでいて、まるでストーカーのようだ。
その独り言を聞いてしまったリツは――
「うわぁ……」
完全にドン引きしてしまっていた。
その結果、片づけをしている間、明らかに上司から距離を取っていた。
こうして、この日の配信視聴は幕を閉じたのだった。
そして、また夜にひと騒動が起きることになる。
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すみません、5分ぐらい投稿が遅れましたm(__)m
息抜き回にしようと思ったら、想像以上に長くなってしまった……
誤字脱字等があれば、コメントして頂けると嬉しいです
♡や☆、フォローなども待っております!
1/10 コメントでも頂きましたが、色々と中途半端だったりした分を修正しました。失礼いたしましたm(__)m
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