第25話 頭突きと焼き肉とナデナデ

 街中からは登校する子供の元気な声や、小鳥のさえずりが聞こえる。


 カーテン越しでも清々しさが伝わるような、素晴らしい朝だ。


 そんな月曜日。 


 ハジメは布団の中にくるまって、電子時計をボンヤリと眺めていた。


 8時前。

 通勤を始めないといけない時間だ。


 だが、ハジメには一向に動く気配がない。



(あーあ、仕事行きたくない。あんなことがあったし、別に休んでもいいよね)



 ハジメの脳内では、昨日の光景がクグルグルと回っていた。


 双子の妹とデートをして――

 でも妹だと思ってデートしていたのは、実は後輩で――

 後輩の家に本当の妹がいて――


 でも妹は電脳幽霊になっていた。



(意味わからん。設定を複雑にしすぎだろ)



 ハジメは神様に向けて「バカヤロー!」と心の中で叫んだ。


 その後虚しくなってきて、大きなため息をつく。



(仕事に行かないと、何かをやっていないと、色々考えてしまう……)



 ハジメは天秤にかけて、考え始めた。

 『仕事に行かずに、家で悶々と過ごす』か、それとも『仕事に行って、』 



「あーもー!!」



 子供みたいに叫んだ後、勢いよく起き上がる。

 だけど、勢いよく動きすぎてしまったのだ。



「――っ!」



 ビキキ、とヒザや腰に鋭い痛みが走る。

 ついでに小指もぶつけてしまって、変な踊りをしてしまった。

 

 幸運なのか不幸なのか、バッチリと目が覚めたハジメは、いつも通りに通勤し始めるのだった。




◇◆◇◆




 職場のドアを開けたところで、ハジメは固まっている。


 遅刻した訳ではない。

 むしろ普段より早めに着いてしまっている。


 問題は、絶対に出会うことになるだった。

 デートでだまされて、普段から隠し事をされていた相手。


 だけど、ハジメは怒っている訳ではない。

 すべて妹のレイーーメタマちゃんからの指示だったからだ。

 むしろ申し訳なくて、委縮してしまっている。



(そりゃあ、いるよなぁ)



 自分の考えの無さに呆れながら、意を決して、自分の席へと向かう


 そして、その隣の席にはもちろん――



「先輩……」



 後輩のリツがいる。


 だけど、いつもより化粧が濃くて、珍しく香水の匂いを漂わせている。 

 おそらくは顔色などを隠しているのだろう。



「村木……おはよう」



 ハジメは気まずいながらも、声を掛けた。

 すると、リツは少し口角を歪ませながら、ゆっくりと立ち上がる。



「先輩は、まだ眠ってるんですか?」

「なにを言って――」

「ちょっと来てください」



 ハジメはリツに腕を引っ張られた。


 決して抵抗できない力ではなかったけど、抵抗する気にはなれず、職場から連れ出される。


 向かった先は、普段使われない倉庫だった。

 人気が少なくて、ホコリが舞っている。


 少し不快そうに手でホコリを払いながら、リツはぶっきらぼうな口調で

 

 

「先輩、無駄に背が高いですね。ボクの目線に合わせてください」と言った。

「なんなんだよ、全く……」



 文句を言いながらも、リツの命令に素直に従った。



 次の瞬間、ハジメは目を見開いた。



 リツの顔が近づいてきていたのだ。

 かわいらしくて、小さくて、まるでアイドルのような顔が、だ。



(キス!? いや、そうじゃない……!?)



 キスをするにしては、スピードが速すぎたのだ。

 大きくのけ反って、スピードをつけてから顔を近づけてきている。


 しかも、明らかに口と口・・・を合わせようとしていない。

 額と額・・・をぶつけようとしている。


 つまりは、頭突きだ。



 ゴツン、と鈍い音が、広い倉庫に反響した。



「いっっっったっ!」



 絶叫が響き渡った。

 でも、倉庫からの声には誰も気づかないだろう。

 リツは最初から頭突きをするつもりで、ハジメを連れ出していたのだ。



「何するんだよ!」



 ハジメが抗議すると、リツは仁王立ちしながら返す。

 額は赤くなっていて、見るからに痛そうだ。



「先輩、焼き肉が食べたいです。安いのでもいいので」

「図々しすぎるだろ!」

「それぐらいの権利、ボクにはありますよ。あの後どれだけ大変だったか、わかりますか?」



 指摘されて、ハジメはシュンとおとなしくなった。



「悪かったよ」



 くぐもった声で謝っても、リツは組んだ腕をピクリとも動かなさい。

 明らかに怒りは収まっていない態度だ。



「具体的に、何が悪かったんですか」

「……ごめん」

「答えになってないんですけど」

「……」



 ハジメは頭が真っ白になって、何も言えなくなってしまった。

 その様子を見かねたのか、リツが口を開く。



「先輩。レイちゃんとかボクの気持ちはさておき、先輩はどうしたいんですか」

「……わからない」

「じゃあ、なんでそんな後悔してそうな顔を浮かべてるんですか」



 リツの言葉を受けて、ハジメは顔を上げた。

 自分の顔は見えなくても、リツの切なそうな顔で察してしまう。



(ああ、やっぱり後悔してるよな、オレ)



 自覚してしまえば、覚悟を決めるのは早かった。


 ハジメは慎重に言葉を選びながら、乾いた唇を震わせていく。 



「逃げてごめん。レイの願いに向き合えるように、努力するよ」



 自信なさげに告げると、リツはフッと表情を緩めた。



「そこはちゃんと断言してほしいんですけどね」

「無茶言わないでくれ。これで精いっぱいだ」

「まあ、先輩にしては及第点です。頭を撫でてあげましょうか?」



 リツは冗談で口にしたのだろう。


 だけど、ハジメは自分の頭をリツの前に差し出した。



(ちょっとした仕返しだ)


「じゃあ、お願いするよ」

「マジですか」

「村木から言ってきたことだろ」

「そりゃそうですけど……」



 動揺しているリツに、ハジメはダメ押しをする。



「本当に焼き肉を奢るから。ビールも満足するまで飲んでいい」

「はぁ。しょうがないですね」



 焼き肉に行きたい欲に負けたのだろう。

 リツはハジメの頭をそっと撫で始めた。


 最初はおっかなびっくりだったが、少しずつ慣れた手つきになっていく。

 表情も柔らかくなってきて、優しく目を細めていく。



「なんだか、孤児院にいた子供たちを思い出しますよ」

「オレは子供じゃないんだが」

「そうですね。子供だったら、もう一発ぶん殴っていますよ」

「なんでだよ」



 リツは呆れながら、ハジメが手に持っているスマホを指さした。


 

「こんな時ぐらいは、スマホでメタマちゃんの配信を見るのは止めませんか?」



 それに対して、ハジメは不服そうに唇を尖らせながら、リツの口元を指さす。



「それを言うなら、なんでタバコを咥えているんだ?」

「……だって、黙っていると口が寂しくなるんですよ」



 リツはタバコとライターを咄嗟とっさにしまった。


 ちなみに、タバコは有名な両切りタバコ(フィルターなしタバコ)で――

 ライターは、かわいらしくデコレーションされたオイルライターだ。



「村木のタバコ愛も大概だなぁ」

「ああ、先輩には……先輩には、言われたくなかったっ!」



 リツが本当に悔しそうに言うと、二人はこらえきれなくなって、大きな声で笑い合った。


 だけど始業のチャイムが鳴り響いて、慌てて職場に戻るのだった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


リツもハジメも〝優しくて甘いな〟と思った方は♡や☆、フォローをよろしくお願いします!


そろそろ配信回を書きたいのに、話の流れ的に、もう少し後になってしまいそうです(T_T)


あと、前回からキャッチコピー変えてみました

だからと言って、内容に変更はありませんが、新規読者確保のため!

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