第21話 VTuberにして双子の妹は実は■■■■だった

 足首を捻ったリツに肩を貸しながら、ハジメはマンションのエレベーターに乗っている。



「あ、この部屋です。ボクの部屋」



 リツが目配せしたのは、エレベーターを降りてすぐの部屋だった。


 外見は普通の高層マンションだ。

 おそらく築20年ぐらいだろう。

 独り暮らし用ではなくて、ファミリーで住むような場所である。



「よくこんなところに住めるな。うちの会社の安月給で」

「そこはレイちゃん――もといメタマちゃんに出してもらってるんですよ。配信するために、防音設備のしっかりした場所が必要だったので」

「なるほどねぇ」


 

 後輩が自分よりいいところに住んでいることに、少しモヤモヤしながらも、ハジメはリツがドアを開けるのを待った。

 だけど、リツが動き出す気配は全くない。



「早く鍵出してよ」

「ズボンの後ろポケットに入っているので、先輩が出してください」

「痛いのは足だけだろ。自分で取れ」

「それぐらい甘えてもいいじゃないですか」

「甘えじゃなくて、嫌がらせだろ」



 ハジメが突っぱねると、リツは軽く暴れた。



「ぶー。今日の先輩は冷たいですね。頑張ったんだから、少しぐらいいいじゃないですか」

「その頑張った内容が、オレをだますことだったろ。こっちが慰謝料を欲しいぐらいだ」

「……わかりましたよ。自分で取って開けますよ」



 結局、リツは不満そうに唇を尖らせながら、自分で鍵を開けた。


 そして「どうぞお入りください」とハジメを自分の部屋へと招き入れる。



「この部屋に足を踏み入れる男は、先輩が初めてですよ。良かったですね」

「それはいいけど、下着が放り投げられてるぞ」

「あっ!」



 玄関には、キャミソールやショーツが投げ出されていた。

 どれも無地でシンプルなデザインで、全く色気がない。


 リツは少し恥ずかしそうに目を背けながら、下着を蹴ってすみによけた。


 ハジメはついつい下着を目で追ってしまう。



「目に焼き付けてもいいですけど、匂いは嗅がないでくださいよ。洗濯前ですから」

「なんだ、レイのじゃないのか。じゃあ嗅がないよ」

「かなりの問題発言をしている自覚はありますか?」

「……冗談だよ」



 リツは「冗談には聞こえませんね」と呟きながら、靴を脱いだ。

 ハジメも「おじゃまします」と言いながら、リツにならった。 



「ちなみに、今ボクが着けている下着は、赤くて少し透けてるやつです」



 パーカーの首元を引っ張って、見せつけるようにしながら、リツは突然口走った。



「言う必要ある?」

「デートにダサい下着を着ていく女と思われるのは、ボクのプライドが許さないんですよ」

「はは……」


 

 ハジメは曖昧な笑いで返すしかなかった。


 いくら軽口を叩きあっても、ハジメの表情には固さが残っている。

 徐々に緊張が強まっているのだろう。


 その顔を見て、リツは頬を膨らませながらも、玄関の先にあるドアを指さす。



「あの部屋に、レイちゃんがいます」



 深呼吸をしてから、ドアを押し開ける。

 すると、聞きなれた声が耳に入る。



『え。なんで、そんなに密着してるの? まさか、カラオケで一発ヤった?』

「ふざけていると、コンセント引っこ抜きますよ?」



 そこには、レイの顔があった。


 〝いた〟ではなく〝あった〟が正しい。



『あれ、じめにい、めっちゃ驚いている。リツに教えてもらわなかったの?』

「ボクは何も説明してませんし、説明する義務もありません」

『ありゃ、予想以上に怒ってるな』

「今すぐ噴火しますよ……?」

『ごめんごめん。本当に謝るからさ。アタシがプレゼントできるのはお金ぐらいだけど』



 そんな仲睦まじそうなやりとりは、ハジメの耳には入っていなかった。

 ただ目の前の光景を受け入れるだけで、精一杯だったのだ。



「な、なんで……」



 驚愕がにじんだ声を上げると、レイは困ったように微笑えむ表情を浮かべた。


 いや、それは表情と言っていいのかもわからない。


 生身に近い――いや、生身に見えるように作られた顔。

 それを動かしているに過ぎない。


 腕部は隠す気が全くなくて、サーボモータと、それらを支えるフレームがむき出しになっている。

 指はワイヤーを巻き取って動かしているのだろう。


 下半身は無くて、土台に固定されている。


 やはり特筆するべきは頭部だろう。

 おそらくは人工皮膚で顔全体を覆っている。

 髪も、顔のパーツも、パッと見では生身と区別がつかない。

 口や表情の動きも滑らかで、まるで映画のCGがそのまま現実に出てきたようにも見える。


 だけど、中途半端に再現されている分、見ているだけで忌避感が湧いてしまう。



「なんで、ロボット……」

『そうだよ。レイちゃんロボット。この体でいつも配信してるの』



 推しのVTuber『一星雨魂』にして

 死に分れた双子の妹――


 二枝ふたえだれい


 彼女は、ロボットとして、この世で動いていたのだ。


 

「生きて、いるのか……?」

『それは難しい質問だね。少なくともアタシは生きているつもりだよ。体がなくてもね』



 まだまだ混乱する頭をフル稼働して、情報を整理していく。



「AIってやつか?」

『AIとは違うかな。アタシはもっとオカルトな存在――幽霊みたいなもの』


 

 〝幽霊〟という2文字が、ハジメの上に重くのしかかる。

 ハジメの表情が固まっているにも関わらず、レイは淡々と話を続ける。



『ネット――電脳世界でしか生きられないから、電脳幽霊とでもいうべきかな。

 昔のゲームとかラノベとか、SFでもありそうな設定だね』

「はは……」



 ハジメの口から、渇いた笑いが漏れ出た。



『まあ、正確にはロボットの中じゃなくて、ネットワークの中で生きてるんだけどね』



 そこまで言うと、レイは不満そうに頬を膨らませた。



『ねえ。じめにい。あんまり反応がないとつまらないんだけど』

「ご、ごめん……」

『まあ、驚くのはわかるけどさ。ジメジメしすぎだよ』



 少し冷たい空気が流れた後、意を決したハジメが口を開く。 



「本当に、レイ、なのか?」

『アタシはそう思ってるよ。じめにいには受け入れ難いかもしれないけど』

「なんなんだよ、それ……」

『ま、この辺の面倒な話は後にしてさ』



 レイが手を叩くと、ガシャンと金属音が鳴った。



『じめにい。一つだけ、お願いを聞いてくれないかな』

「なんだ?」



 嫌な予感に冷や汗を滲ませながら、ハジメはレイの顔を凝視した。


 少し寂しそうに、彼女は微笑んでいた。

 まるで子供の巣立ちを見守る、母親のように見える。


 だけど、所詮はロボットの顔だ。

 きっとレイの感情の1パーセントも表現できていないだろう。


 張り詰めた空気の中、自然と、ハジメの喉がゴクリと鳴った。

 ゆっくりと、ぎこちない動きで、無機質な唇が震える。



『アタシをさ、成仏させてほしいんだ』



 その願いは、ハジメにとって残酷すぎるものだった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んで頂き、ありがとうございます!


今回で第2章は終了

次回から新展開となります


次の展開が気になった方、またはズボラな美少女が好きな人は、♡や☆をよろしくお願いします!


1/5 一部修正しました

  レイのロボットの姿の設定を『四肢あり』→『下半身なし』に変更しました

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