第19話 デートの終わりは突然に
『おおー。これは予想以上の豊富さだね』
多種多様な料理が並べられた店内。
映画館で痴話喧嘩の末のディープキスを見せつけられた二人は、バイキングに来ていた。
ショッピングモールから少し離れた場所にある、ホテルでやっている
コスパが良いことで有名なお店で、ハジメは運よく予約を取れていた。
(確か村木が今度行きたい、と言ってた店だよな)
そんなことを考えながら、目の前の料理たちを見ていく。
エビフライ、ミニハンバーグにオムレツといった子供向け料理。
エビチリやマーボー豆腐といった中華料理。
ステーキやグラタンなどなど……。
その他には、種類豊富なドレッシングとサラダや、名前の知らない料理がある。
だけど、最近胃腸が弱ってきたハジメにとっては、選択肢が少ない。
(とりあえず脂っこいものは避けよう。酒を飲んでないのに肝臓がフォアグラだから)
ある程度ヘルシーなものを選んで席に戻ると、レイがすでに座っていた。
だけど、テーブルの上を見た瞬間に驚愕してしまう。
「え、取りすぎじゃない?」
レイの取り皿には、大量の料理が盛られていた。
〝並べられている〟ではなく文字通り〝盛られている〟だ。
漫画かテレビの大食い企画でしか見ないような、食べ物の山が出来ていた。
『あ、うん。ごめんごめん。体が言うこと聞かなくて……』
「どれだけお腹空いてたら、そんな言い訳するの」
『あ、あはは』
レイは呆れかえったような笑い声を零した。
「食べ切れる?」
『この体だったら、大丈夫だとは思うんだけど……』
(さすがにおかしくない?)
ハジメは疑問に思ったのだけど――
「ぐぅ」と自分のお腹が鳴ってしまって、腹ごしらえを優先することにした。
「『いただきまーす』」
示し合わせてもいないのに、声が重なった。
双子にはよくあることだから、どちらも気にせずに、箸を取る。
しばらく食べて顔を上げると、ハジメはギョッとした。
「そんなに食べ方汚かったっけ?」
レイの口の周りが汚れていた。
黒くてわかりづらいが、服にも汚れがついてしまっている。
まるで幼児のような食べ方だ。
『あ、えっと、その……一人暮らしが長かったから、かな』
「食べながら喋らないでよ。ってか、どうやって喋ってんの?」
『あー。体が言うこと聞かないから……。あまり気にしないで』
(なんか、今日ずっとおかしいな)
最初、ハジメは訝しんでいたのだけど、頭の中で不思議な化学反応が起きて、あらぬ結論に至ってしまう。
(もしかして、会っていない間、すごくつらい目にあって……)
「レイ。きっとお前も色々あったんだね……。
今日はオレのおごりだから、いくらでも食べてくれ。お金のことは気にしなくていいからっ!」
『いや、バイキングだから! いくら食べても料金変わんないんだけど!』
そんなやり取りをしながら、バイキングを食べ終えて、二人は外に出た。
まだ日が高くて、時間はある。
『じめにい。行きたいところがあるんだけど』
「どこ?」
『カラオケ』
その4文字を聞いた瞬間、ハジメの眉間に濃いしわができた。
「いいけど、オレは歌わないぞ」
『じめにい、とんでもない音痴だもんね』
「実際に歌うより、口パクの方がうまい自信がある」
『胸を張ることじゃないから、それ。まあ、アタシも歌わないけどね』
レイの言葉を聞いて、ハジメは意外そうに目を丸めた。
「じゃあ、行く意味なくない?」
『休憩するのにちょうどいいかな、って。こんなにお腹いっぱいだと動きづらいし。基本引きこもりだから、歩くのも疲れたし』
「賛成。もう大分疲れちゃったし」
『じゃあ、休憩がてらに行こうよ』
そうして、ハジメとレイはカラオケに向かうことにした。
初めての入店だったから、会員カードの作成に時間を取られつつも、無事にカラオケルームに入る。
ドリンクで喉を潤わせながら一息つくと、レイが口を開く。
『今日はじめにいの知り合いに会えるとは思えなかったよ』
デート中に出会ったのは、上司と同僚だった。
どちらもかなりのインパクトを残していった。
「できれば記憶を消してほしいけどね。仕事ではちゃんとデキる人達なんだ」
『本当かな? 今度、じめにいの職場を見に行きたいな』
「勘弁してくれ……」
妹が職場に来る想像をしてしまって、ハジメの瞳から光が消えた。
『ねえ、じめにい』
「なんだ?」
『仕事はどう?』
レイからの質問に、ハジメは曖昧に答える。
「可もなく不可もなく」
『ナニソレ』
「楽しい時が1割、苦しい時が3割、残りの6割は虚無」
ハジメは自分で言ってて、苦々しい顔になってしまった。
『半分以上が虚無じゃん。全然楽しくなさそう』
「まあ、生活する金が欲しくて仕事してるだけだし」
『ねえ、じめにい。職場にいい人はいないの?』
「いい人って……」
考えても誰も浮かばなくて、首を横に振った。
『たしか、かわいい後輩がいるんじゃないの?』
「ああ、村木か。たしかにかわいいけどな。オレに興味なんか無いだろ」
ハジメが素直に答えると、レイは含みのある笑い声を出した。
『あはは。どうだろうね』
「なんだよ。意味深な笑いだな」
『興味がなければ、親しく接したり、一緒にラーメン食べに行って、身の上話をしたりしないと思うんだけどね』
「そうかなぁ。結構誰にでもフランクだからなぁ」
ハジメが納得いかなそうな表情をしていると、レイが弾んだ声で提案してくる。
『ダメ元で告白してみたら? そうしたら、わかるかもよ。
妹としては、兄がずっと童貞なのは心配なんだよ』
「心配……ダメ元で告白って……」
ハジメが戸惑っていると、レイは真剣な声で告げる。
『じゃあさ、じめにい。ちょっとお願いがあるんだけど』
「お願い?」
『じめにい。今からアタシに告白して』
「はあ!?」
突然の要求に、ハジメはうろたえてしまって、ジュースを零しそうになった。
『昔はあんなに言ってくれてたじゃん。
好きだって。久しぶりに聞いてみたくなっちゃった』
「でも……」
言い淀んでいると、レイはさらに畳みかける。
『アタシのことはメタマちゃんだと思えばいいじゃん。
推しに告白なんて、いつもしてるでしょ?』
(確かにレイはメタマちゃんだけど、妹だし……)
ギブアップを訴えるように、上目遣いでレイの方を見る。
だけど、帽子とマスクのせいで、彼女の顔は良く見えない。
(そういえば、なんで密室でも顔を隠してるんだ? いや、そんなことは今はどうでもいいか)
「じめにい。言ってみて」
顔が見なくても、双子の兄であるハジメは、声音だけで理解してしまった。
妹は本気で、譲る気は一切ない。
それほどに固い思いが、声にのっていた。
「わぁったよ」
ハジメは妹の圧に負けてしまった。
要求に応えようとして、息を吸い込んで、言葉を発しようとした。
その時――
「こんなんやってられるかああああああああああ!!!」
突然レイが立ち上がって、大声を上げた。
そして、かぶっていた帽子とマスクを地面に投げつける。
胸元から何かを取り出したかと思うと、、バキッ、と踏みつぶした。
その後、
「レイ……?」
いや、違う。
声も顔も、レイのそれらとは、全く違う。
同じなのは、背格好と胸の平らさだけだ。
「もう茶番は終わりです。あとは自分の目で確かめてください」
動物のように愛くるしくて、中性的な顔。
平日は必ずというほど見ている、とても目に馴染んだ
ハジメの表情が、さらに驚愕するものへと変わっていく。
「ねえ、
そう低い声で言い放ったのは――レイだと思ってデートしていたのは――仕事の後輩の〝村木律〟だった。
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本日は全国的に大きな出来事がありましたが、生存報告もかねて、いつも通り更新させていただきました
(私の住んでいる地域は影響が小さかったです)
ご理解のほど、よろしくお願いします
1/2 加筆修正しました
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