第18話 スプラッターと双子とディープキス

 下着屋に消えていった上司のことは忘れて、ハジメとレイはショッピングモールを散策している。



『ねえ。次はどうする?』

「なにも考えてない」

『ナニソレ』

「オレの最初のプランでは、ショッピングモールに来る予定なんてなかったから」



 ハジメが困った顔で告げると、レイの眉がピクリと動いた。



『え、そのプラン見せてよ』

「別にいいけど……」



 ハジメはスケジュール表を表示して、スマホの画面を見せた。


 レイは最初、興味津々に画面を覗いたのだけど、すぐに嫌そうな顔に変わった。



『うわ、きも……。どこのお偉いさんのスケジュールだよ』

「やっぱり、気合を入れすぎた?」



 ハジメの立てたスケジュールは、分単位で調整された緻密なものだった。

 食事をする時間も短くて、移動時間も余裕がない。


 なお、トイレや休憩の時間なんて一切考慮されていない。


 気合を入れたというよりは、机上の空論みたいなスケジュール管理だ。



『最初から予定崩れてよかったわ。これは……』

「遅刻してきた人が言うセリフじゃないだろ」

『あんな痛い格好をしてきた人が言うセリフでもないでしょ』



 お互いに痛いところをつつきながら歩いていると、あるものに目が留まった。

 


「これなんてどうだ?」



 ハジメが指をさしたのは、映画館の案内ポスターだった。

 デートの定番と言えるだろう。


 だけど、レイから色のよい返事は返ってこない。



『映画かぁ。ほとんどの場合、レンタル落ちとか配信落ちした後見ればいいや、ってなっちゃうんだよね』

「わかるけど。家で見た方が、周りを気にしなくてよくて気楽だし」

『隣や前の人のマナーが悪かったら、金を払って拷問されているようなものだしね』



 映画館プランは却下の流れになって、ポスターの前を立ち去ろうとした時だった。


 レイの足が不自然に止まった。

 まるで、誰かに呼び止められたみたいに。



『ごめん、お花摘み』

「あ、うん」



 ハジメの返事を聞くよりも早く、レイは



(いきなり尿意がきたのか?)




 それから数分後、レイはトボトボと戻ってきた。

 どことなく、元気のない歩き方だ。


 そして開口一番、こう言った。



『えー。映画館行こうか』

「え、どうしたの? いきなり」



 ハジメが驚きながら訊くと、レイは気まずそうに顔を背けた。



『気分が変わったから。仕方なく』

「なんだよ、それ」

『かわいい妹が一緒に映画をみてやるんだから、感謝しろ!』



 結局、ワガママな妹に押し切られてしまい、映画館へと向かう羽目になってしまった。


 人でごった返す映画館に入り、チケット売り場の列に並ぶと、レイが電子掲示板を指さした。



『えー。これ。この映画が見たい』



 それを見た瞬間、ハジメの顔色が青ざめていく。


 彼女が選んだのは、ピエロみたいな恰好をした男が、血みどろのナイフを持っている映画だった。



「なんだこれ……? ホラー? B級っぽいな」

『ホラーというよりスプラッターみたい』

「こんなの好きだったか?」

『なんか、結構話題になってるらしい。笑えるって。だから興味本位かな』



 ハジメは不服に思いながらもチケットを購入して、シアタールームへと入る。


 その間、レイはちゃっかり山盛りのポップコーンを買っていた。



(うわ、人少な)



 休日なのに閑散としたシアタールームに一抹の不安を覚えながら、指定席に座る。



「せっかくならラブストーリーみたいな、もっとデートっぽいのが良かったなぁ」



 ハジメがついつ呟いてしまうと、レイが『はぁ!?』と控えめに声を上げた。

 映画館だから自重しているのだろう。



『兄妹でいい雰囲気になってどうすんの。その後ラブホにお持ち帰りでもしたいの?』

「ゴホッ!」


 妹の言動が衝撃的で、ハジメは咳き込んでしまう。



「いきなり何言うんだよ!」と叫びながら横を見ると――



「ごほっ、ごほっ」



 何故かレイも咳き込んでいた。

 ハジメがとりあえず背中をさすると、レイが一瞬ピクッと反応した後、落ち着きを取り戻した。



『ごめんごめん。ポップコーンが変なところに詰まったみたい。おにいのリアクションが面白かったから』



「ほら、始まるよ」


 

 ハジメは不安を抱きながらも、映画鑑賞に集中することにした。





◇◆◇◆◇◆





 映画を見終わった後、ハジメの顔は青くなっていた。



(スプラッターって、あんな過激なの?)



 衝撃映像の連続を目の当たりにして、グロッキーになってしまったのだ。



『いやー。きつかったね』

「それにしても元気そうに見えるけど……。見ながらポップコーンを食べ続けてたし」

『あー。精神が疲れただけだから。体は元気みたい』

「なんだよ、それ」



 レイの言動に違和感を覚えて、眉間にシワが寄る。



(なんか、さっきから言動と行動が合っていない時があるよな

 たまに自分のことなのに他人事みたいに言うし……)



 だけど、その理由も原因も全く見当がつかず、ハジメは自分に都合いい解釈に行きついてしまう。



(まあ、レイなりにはしゃいでるのかな?)



 ポジティブシンキングをしていると「おーい」と男の声が聞こえた。


 とっさに振り向くと、見慣れた顔がいた。



「お、やっぱり二枝じゃないか」

「あ、あかがね。こんなところで会うなんて」



 出会ったのは、あかがねりょうだった。

 ハジメの同期にして、暑苦しい筋肉バカである。


 ハジメの視線は、自然と彼の横にいる女性に向く。



「隣の人は、例の彼女? デートにでも来たのか?」

「ああ、そうだ。愛しい愛しい俺の彼女だ」



 同僚の彼女の姿を見て、ハジメの頬が少しひきつった。



(言っちゃ悪いけど、見た目から地雷系っぽい)



 体系は少しだけぽっちゃりとしていて、肌は青白い。


 ピンクと黒を基調にした服に、ヒラヒラのフリルがついている。

 前髪は長くて、なるべく顔を隠しているように見える。


 そのため顔はよく見えないものの、美人そうには見えないが、化粧が濃いのは見て取れる。


 ハジメが同僚の彼女に気付いたように、同僚もハジメの隣にいる人に気付く。



「えっと、隣の女の子は――」と同僚が訊くと

「妹」とハジメは軽く答えた。



 背中を軽く叩くと、レイは控えめに自己紹介を始める。



『あ、はい。じめに……はじめお兄さんの妹のレイです。よろしくお願いします』

「レイちゃんか。いつもお兄さんにはお世話になってるよ。よろしくね」



 普通の初対面同士のやり取りだったのだけど、それを見て豹変した人物がいた。


 同僚の彼女である。


 さっきまではうつむいた表情だったのだけど、今は嫉妬に満ちた魔女のような顔に変わっていた。



「ねえ。私の前で、他の女に声を掛けるってどういうつもり!?」



 同僚の胸倉をつかんで、叫んだ。



「い、いや、そういうつもりはなくてだな……」

「そういうのやめてって、いつも言ってるじゃん!」

「これぐらいは仕事の付き合いなんだから、仕方ないだろ!」



 突然始まった言い争いは、さらにヒートアップしていく。



「いつもそうだよね。そうやって、私の気持ちはないがしろにして!」

「俺はいつもお前のことだけを考えてるよ」

「絶対嘘! 私にそんな価値はないでしょ!?」

「そんなこというなよ!」

「もういいよ。そうやってリョウは他の女のところに行っちゃうんだ!」

「俺はお前しか見てないし、興味ねえよ!!」



 次の瞬間――

 ドン、という音が響いた。 



(壁ドン!?)


 

 同僚が彼女を壁際に追い込んで、壁を叩いていたのだ。


 ハジメは内心驚きながら、同僚と彼女から目が離せなかった。


 同僚は慣れた手つきで彼女のアゴをクイッと上げて、顔を近づけていく。

 彼女もそれを受け入れて、唇が重なる。


 しかも、重なるだけでは収まらず、お互いの口を食べるように絡ませていく。

 おそらく、口の中では舌同士を濃密にねぶり合っているのだろう。


 端的に表現すると、ディープキスである。



(ここでやることか!?)



 まるで、感動的なクライマックスシーンのような熱気とムードだ。

 しかも洋画のような情熱的なキスである。


 当人たちにとっては、確かに感動的な場面なのだろう。

 だがしかし、見せつけられている外野にとっては、たまったものじゃない。



(ラブストーリーを見たいと言ったけどさ、文字通り生々しすぎるだろ)



 そんな具にもつかない感想を抱きながら、レイの手を引っ張る。



「あー。行くか。この二人は放っておこう。どうせ二人だけの世界に旅立ってるから」

『そうだね』



 レイとハジメは白けた雰囲気のまま、映画館を後にするのだった。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

今年最後の更新となります!

いつも読んで頂き、本当ありがとうございます

読者がいるからこそ、この物語を書き続けられています


来年も、年始も変わらず毎日投稿を続けていく予定ですので、よろしくお願いしますm(__)m


それでは、よいお年を

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