第17話 デート中の上司との遭遇は地獄
ショッピングモールに連れていかれたハジメは、ゲンナリとしていた。
まるで22時まで残業した時かのように、顔色が悪い。
『とりあえず、こんなものでいいかな』
レイは汚れを落とすように、パンパンと手を叩いて、満足そうな顔で頷いた。
「あ、よろしいのですか?」
『ギリギリの及第点だね』
「ああ。ようやく終わった……」
ハジメは尋問から解放されたかのように、
(服選びに1時間って、どういうこと……?)
ショッピングモール内の服屋に連れてこられたハジメは、レイが見繕った服を渡されて、着替えた。
だけどその姿を見て、次のように言ったのだ。
『なんか違う! じめにいにはもっと似合う服があるはずだ!』
いきなりレイのファッション魂に火が入ってしまったのだ。
それから一時間に渡って、ハジメは着せ替え人形にされていた。
10回以上着せ替えられて、ようやくレイが納得するコーディネートが見つかったのだ。
「ありがとうございましたー」
会計を終えて、店を出る。
予想以上に高かったのだけど、ハジメには文句を言う元気も残っていなかった。
『せっかくだから、この辺ブラブラしない?』
レイが弾んだ声で誘ったのだけど
「無理。疲れた。歩けない」とハジメは
『オッサン過ぎるなぁ。じゃあ、そこでしばらく休んでて。アタシは自分の服を見てるから』
言うや否や、レイは弾むような足取りで、女性向けの店へと消えていった。
その背中を見届けて、ハジメはようやく息を吐いた。
(服を着替えるのって、こんな重労働だったのか)
改めて、自分の服装を確認する。
藍色のダッフルコートに、英字プリントもないシンプルなグレーのパーカー。
下は抹茶色のズボンだ。
靴も買い変える羽目になって、お高めのキャンバスシューズを履いている。
かなりカジュアルなコーディネートにまとまっているだろう。
(これ、よくイケメンが着ているような服装だよな。服に着せられてない?)
不安になったハジメは、周囲の反応を伺い始めた。
休日だからか、多くの人が行き交っている。
カップル。
家族連れ。
オシャレでお一人様の若者。
色んな人たちの目があるのだけど、ハジメを気にしている人は誰もいない。
(まあ、奇異な目で見られてないなら、いいか)
ふと、ハジメのコーディネートが決まった時の、レイの反応が
顔は隠れてて見えなかったのだけど、仕草だけで
自然と頬が緩んで、目尻が下がっていく。
(レイが喜んでくれたなら、いいか)
そう思うだけで、全身に気力が
(これ以上時間を無駄にしたくないし、行くか)
レイが入っていった店へと向かう。
彼女らしき人影をみつけたものの、一瞬、店に入るのをためらってしまう。
店の中にいるのは、店員も含めて女性ばかりで、あからさまに男子禁制な雰囲気が漂っている。
「おーい。レーイ」
できる限り大きな声で呼びかけても、反応がない。
仕方なさと申し訳なさを抱きながら、店の中に踏み入れる。
すると、レイの声が聞こえてきた。
(ん? 誰かと話してる?)
疑問に思いながらも、声を掛ける。
「レイ。いい服はあった?」
『あ、じめにい、もう平気なの?』
ハジメはコクリと頷きながら、疑問を投げかける。
「誰かと話してなかった?」
『あ、聞こえてたんだ。ただの独り言だよ。人に会わないで配信ばっかしてるから、独り言が増えちゃって』
「あー。なるほど」
ウィンドウショッピングをしていただけというレイとともに、ハジメは店を出た。
すると――
「お、二枝じゃないか。こんなところで奇遇だな」
いきなり声を掛けられた。
声のした方向を振り向くと、ハジメの顔が歪む。
(……ゲ)
声を掛けてきていたのは、上司だった。
仕事以外で会うのは、非常に気まずい相手だ。
しかも、今は双子の妹とのデート中なのだ。
それでも、ハジメはなるべく自然体を取り
「上野課長。奇遇ですね。こんなところでどうしたんですか?」
「ちょっと機嫌取りに娘と妻にプレゼントを買いに来たんだ」
そう言いながら、上司の視線は、ハジメの隣へと向く。
「隣の人は誰だ?」
『あ、アタシは――』
レイが声を出した瞬間、上司の眉がピクリと反応した。
その瞬間、
ハジメは理解したのだ。
たった一声で、メタマちゃんだとバレてしまったことに。
そうなると、上司が次の瞬間、どうなるかは想像に難くない。
暴走だ。
顔バレだけで発狂したのだから、リアルで会ってしまったら、メタマちゃん愛が暴走してしまうだろう。
それどころか『メタマちゃんの兄』というハジメの境遇に、嫉妬心をむき出しにするかもしれない。
(だから、すぐに気絶させるしかない……!)
火事場の馬鹿力を発揮したハジメは、上司の首に強烈なチョップを入れた。
普通は気絶しないのだろうけど、見事にクリーンヒットしたのか、上司の意識が途絶える。
『は!? え!? なに!?!?』
レイは混乱しながらも、倒れこんだ上司を支えた。
「こうするしかなかったんだ。この人は上司だけど、ウェー↑ノさんなんだ」
『え? この人が!?』
上司のハンドルネームである『ウェー↑ノ』は、古参メタマじゃくしとして有名だ。
だけど、同時にセクハラコメントを連投することでも悪名高い。
『この人が、あのウェー↑ノさんか。期待を裏切らないね。いかにもなオッサンだ』
「仕事の時はしっかりしてるんだけどね」
『会議室でメタマの配信を見てるのに?』
「あれは仕事じゃないから」
言った後、ハジメの頭の中にハテナマークが浮かんだ。
「あれ、そんなこと話したっけ?」
『あー。寝ぼけてた時だから、覚えてないんじゃない?』
「……そうなのかな?」
ハジメは納得ができていなかったのだけど、レイは話を戻してしまう。
『それよりも、どうするの? この上司さん』
「目が覚めるのを待つしかないかな」
『その後は?』
「オレに任してくれ。話題を煙に巻くのは得意なんだ」
『それ、自慢にならないからね……?』
レイは不安げな目をしていたのだけど、ハジメに任せることにした。
◇◆◇◆◇◆
気絶から10分後。
ベンチに寝かされた上司が目を覚ました。
「あれ? 俺はどうして……」
「あ、上野課長。よかったです」
上司は周囲を見渡し、自分の状況を理解した。
「あ、そうか。俺はショッピングモールに来て……」
「はい。オレと出会って、突然気絶したんです」
「それは苦労を掛けたな。ありがとう」
お礼を告げた後、上司は
「だが、お前の隣にメタマちゃんがいたような……」
語尾が曖昧だから、まだ確信を得ていないのだろう。
上司の意識が混濁しているうちに、ハジメは畳みかけていく。
「何言ってるんですか。配信の見過ぎで幻覚を見たんじゃないんですか?
こんなところにメタマちゃんがいるわけないじゃないですか。それに、オレは一人で来てますよ」
「あ、ああ。そうかもしれないな。
最近、メタマちゃんの配信を聞きながらじゃないと眠れなかったしな」
(そこまで重症なのか……)
ハジメは少し心が痛んだ。
だけど、自分と妹の安全のためだから、と意思は固い。
「なんでお前はここにいるんだ? それに、二枝にしては格好に気合が入っているな」
(変なところで鋭いっ!)
舌打ちを我慢しながらも、二枚舌を回していく。
「前、メタマちゃんが『ファンのファッションを見る配信したい』と言っていたじゃないですか」
「あ、ああ。そんなことがあったな」
「だから、あらかじめ勉強しておこうと思いまして」
「なるほどな」
上司は得心がいったように頷いた。
「それより、家族へのプレゼントを買いに来たんじゃないんですか」
「あ、ああ。そうだったな。迷惑をかけたな」
「いえ、上野課長が真剣に選んだものなら、絶対に喜んでくれますよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると、気が楽になるよ」
上司は少し不思議そうにしながらも、歩き去っていく。
そして、向かう先はなぜか、
(まさかプレゼントって……。さすがセクハラオヤジ)
ハジメは顔をひきつらせながら、上司が結婚できた理由を本気で考えてしまうのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
読んで頂き、ありがとうございます。
例のごとくギリギリの脱稿なので、誤字脱字等がありましたら、コメントを頂けると助かりますm(__)m
上司のことを「セクハラオヤジ!」と罵りたくなったら、☆や♡をよろしくお願いします!
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