第2章 推しか妹か、それとも■■■■か
第11話 カオスな復帰配信
工業団地が少し寝静まった頃。
ある歯車工場の会議室にて、VTuber――『
『今日はやばいゲームをやっていくよ!』
メタマちゃんの元気そうな声が響くと、冴えない中年男性の「きたー!!」という歓喜の声が続いた。
メタマちゃんにドハマリしてしまった、工場の平社員である。
尚、ユーザー名は『おっぱジメ』である。
(あれ? どうしたんだ?)
ふと自分の声しか聞こえないことに疑問に覚えて、ふと自分の横に視線を移す。
「グスッ、グスッ、よかったよおぉぉ」
ハジメの上司――
この上司はメタマちゃんの古参ファンにして、二人の子供を持つ
最近、メタマちゃんに多額のスーパーチャットをしているのが家族にバレてしまって、家では冷遇されているらしい。
尚、ユーザー名は『ウェー↑ノ』である。
そんな彼が今泣いている理由は、家庭環境のせいではない。
今日はメタマちゃんの顔バレから、4日後。
満を持しての復帰配信なのだ。
感激するあまり、涙を流してしまったのだろう。
(いや、それでも泣きすぎじゃないか?)
大の大人のメソメソ泣きを目撃してしまって、ハジメは少し距離をとった。
そんな混沌とした空気なんて、どこ吹く風か、パソコンからメタマちゃんの
『このゲーム、めちゃくちゃリクエストがきてたんだよね。みんなも好きだなー』
メタマちゃんがゲームについて軽く説明をはじめた。
要約すると、女子高生同士の会話の中から、隠されたセンシティブワードを見つけていくというゲームである。
炎上からの復帰配信で実況するゲームとしては、かなり過激である。
(まあ、そういう過激なところも素敵なんだけど)
ハジメは盲目的な感想を抱きながら『サイコーすぎるw』とコメントを打ち込んだ。
ふと「すみません」と、隣から弱々しい声が上がって、ハジメは上司の反対方向に視線を移す。
「これ、ボクは絶対見たくないんですけど」
声を上げたのは、
ハジメの直属の後輩で、中世的でかわいらしい顔が特徴的な女性である。
最近の悩みは眉間のしわであるらしい。
暇さえあれば、眉間を揉みほぐしている程だ。
そんなリツだが、今は嫌な気持ちが前に出過ぎて、ブルドックのような顔になってしまっている。
「下ネタは嫌いか?」とハジメが訊ねると
「下ネタ自体は平気ですけど、それで先輩と上司が喜ぶ姿は見たくないんですよ」とリツは苦々しそうに答えた。
(否定はできない)
しかしハジメとしても、ここで「わかった」と言えない事情があった。
ついつい隣で涙を拭いている上司を見てしまう。
まだ泣いていて、いつもの威厳はどこにもない。
それどころか、不発弾のような不安定さを感じさせる。
最近の上司は情緒不安定で、いきなり発狂してもおかしくないのだ。
仕事中にずっと「こんめたまこんめたまこんめたまこんめたま」と念仏のように呟いていた程である。
もしもの時が不安なハジメにとっては、頼りになる後輩(生贄)は生命線なのだ。
「まあ、そんなこと言わずに。この後ラーメンでも奢るからさ。最近、かなり苦労かけてるし」
ハジメがネコ撫で声で誘惑すると、リツはピクリと反応した。
まるで腹ペコの野良ネコみたいなリアクションだ。
「……ギョーザと半チャーハンもつけていいですか?」
予想外の言葉に、ハジメは少しだけ返事が遅れた。
「え? そんなに食うの?」
「あぁ!? 悪いですか?」
今度はライオンのように睨みつけてくる。
猫をかぶる気が起きないぐらい、怒り心頭なのだろう。
ハジメは親に首根っこを掴まれた子猫のように、シュンと大人しくなった。
「いえ、なんでもないです……」
濁そうとしたのだけれど、リツの怒りは収まっていない。
「別にいいじゃないですか。いっぱい食べるぐらい。みんな、ボクに幻想を抱きすぎなんですよ。タバコを吸っていたり、大飯食らいだったり、」
リツがまくし立てていいき、
だけど、突然――
『かいめんたい!!!』
とメタマちゃんの大声が響いた。
それだけではなく、さらに続いていく。
『ぼいん!』
『うんこ!』
『パンチラ!』
『いくいくー!!!』
ウェー↑ノ:エッッッッッッ!!!
:草
:ヤバすぎ
:恥じらいはどこに置いてきた
:wwwwwwwww
:腹痛いwww
突然、下ネタの嵐が巻き起こっていた。
コメント欄は、まともに読めないスピードで流れている。
所々荒らしコメントも見えるのだけれど『草』や『ww』などのコメントのせいで、すぐに埋もれてしまっている。
もしかしたら、メタマちゃんの策略なのかもしれない。
冷や水を掛けられて冷静になったリツは、ニコニコしながら下品な言葉を叫ぶVTuberをジトッと見つめて
「いやー、ここまで臆面もなく恥じらいもなく叫べるのはすごいですね。尊敬はできませんけど」と呆れていた。
その横で――
「また楽しそうなメタマちゃんを拝めて嬉しいよ……」
上司は、また涙を流してしまっていた。
そんな上司を無視して、リツは振り向く。
さっきから、一人だけ静かなことに気付いたからだ。
「あれ、先輩どうしたん――」
そこには――
「……頭が痛くなってきた」
「え?」
頭を抱えるハジメの姿があった。
普段だったら、メタマちゃんの下ネタに大はしゃぎしているはずなのに。
ハジメの様子を見て、リツの顔がなぜか真っ青になっていく。
「病気ですか!?」
普段の行いのせいか、本気で心配されるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
配信終了後。
帰宅の準備中に、ハジメが手を挙げた。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「早くしてくださいよ。お腹ペコペコなんで。待たせすぎると、デザートも頼みますよ」
「あー。がんばる」
「あ、でも、手はちゃんと洗ってくださいよ。ハンカチは持ってますか?」
ハジメは面倒くさくなって「へいへい」と適当に返事をした。
途中からは、完全に『面倒見のいい母親』と『思春期の息子』のやり取りである。
トイレに入ったハジメは、急いでスマホを取り出す。
そして、メタマちゃんにダイレクトメッセージを送る。
VTuber『一星雨魂』は、ハジメの推しであると同時に、双子の妹――
彼女が顔バレしたことにより、発覚した。
ただし、もう死に別れたはずなのだけど……。
《ちょっと、さっきの配信は酷くないか? 兄として見逃せないんだけど》
まるで待っていたかのように、すぐに返事が来る。
《なに? きもいんだけど》
とても圧のある返信だ。
ハジメの頭の中では、不機嫌そうな妹の顔がありありと浮かんでいる。
一気に弱気になったハジメは、しおらしいメッセージを送る。
《あ、いや、面白かったです》
《あーゆーのが好きなの? へんたい》
眉をひそめながらも、本題を書き込んでいく。
《でも、家族として恥ずかしいよ》
ハジメが頭を抱えていた理由が、これだった。
双子の妹と発覚したからこその悩みだろう。
今度はすぐに返事が来なかった。
(何か地雷を踏んじゃった?)
そうドギマギしていると、ピロン、と通知が鳴った。
《ばーか。もう連絡よこしてくんな》
辛辣なメッセージの映る画面を見たまま、固まってしまった。
だけど、すぐに表情が変わっていく。
(ああ、そうだよ。レイはこうじゃなくっちゃ!)
ハジメは嬉しさのあまり、クネクネと身悶え始めた。
その上、顔はニタニタしていて、とてもだらしがない。
その場にリツがいれば「気持ちワル!」と叫んでいただろう。
ハジメは双子の妹のせいで、マゾヒスト気味に育ってしまっていたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なんで推しのクリスマス配信見ながら、こんな文章書いてるんだろう……
この話のために、セルフレイティングの『性描写あり』追加したし……
♡や☆、よろしくお願いします( ゚Д゚)
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