第10話 顔バレしたVTuberは■■■■した双子の妹で
「せんぱーい。生きてますかー?」
リツの声が聞こえて、ハジメは首を回した。
しかし動きがたどたどしい。
カチコチに凍った表情も相まって、ホラー映画の殺人人形のように見えてしまう。
「何があったんですか?」
「メタマチャン カオバレ」
まるでロボットのように平坦な声で告げると、リツは独りで納得したように
「ああ、なるほど……だからですか」と小声で呟いた。
その後すぐに気を取り直して、ハジメに向き直る。
「別に中身が分かったって変わんないじゃないですか。中の人がいることなんて、最初からわかりきってるんですから」
「デリケートなことをハッキリ言わないでくれ」
ハジメが潤いの無い声を出すと、リツはバターのように甘い声で返す。
「事実ですよ」
「悪趣味だ」
「いい趣味と言ってください」
「それ、ただの皮肉じゃん」
リツとくだらないことを話し合っていると、ハジメの頭の中が勝手に整理されていく。
徐々に次に
(状況はよくわからないけど、1つだけ確かめないとなぁ)
やっといつもの調子に戻り切ったハジメは、リツに対して微笑んだ。
「ありがとう。大分落ち着いてきた」
そう告げたのだけど、リツの表情は晴れていない。
「先輩、本当に大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど」
「オレなんかよりあっちを何とかした方がいいぞ」
ハジメが指差すと、リツも視線を移す。その先には――
「うあ、あああ、ぁああアアアアアア!!!」
精神が崩壊して、発狂する上司の姿があった。
周囲の社員たちは意味が分からなくて、アタフタするばかりだ。
いつもはドッシリと構えた上司が、パソコンの画面を見ていただけで豹変したのだから、当然の反応だ。
しかも、その理由は『推しのVTuberの顔バレ』なのである。
状況を把握していて、なだめられる人物は、リツを置いて他にいない。
それを理解してしまったからこそ――
「もうこの職場、イヤ……」
リツはひっそりと、一筋の涙をこぼしたのだった。
一向に落ち着きを取り戻さない上司を自宅に連行した後、ハジメとリツは会社に戻ってきていた。
すると、ちょうど終業のチャイムが鳴った。
「ボクはもう帰りますよ。頭痛薬を買って帰ります」
後輩からは有無を言わせない迫力がにじみ出ていた。
実際はまだ23歳なのだが、まるで大きな子供を持つパートのおばちゃんのような風格だ。
「あ、ああ。お疲れ様」
ハジメがしどろもどろに返すと、リツはフラフラと帰っていった。
その背中を見送ると、ハジメも荷物をまとめだす。
(さて、一応連絡してから行くか)
スマホを操作して《今から帰る》とだけメールを送って、すぐに立ち上がる。
「お疲れ様でーす」
職場を出て、更衣室で作業服から私服に着替えて、会社を後にする。
早足で駅まで足を運び、電車に乗る。
ただし、普段帰宅するのとは逆方向の便だ。
(帰るのは久しぶりだな)
そう思いながら、SNSを確認する。
今回の一件でお気持ち表明して、反転アンチになった人。
おそらくはVTuberがリアルを出すのが許せない人なのだろう。
手元配信の前もお気持ちを垂れ流していた人である。
熱心なファンたちは、極力顔バレに触れないようにしつつ、メタマちゃんを心配している。
その他には、炎上を楽しむ野次馬。
VTuberそのものに対するアンチ。
対立煽りをしようとする愉快犯。
まだネットニュースには取り上げられていないが、いろんな人たちを入り交じり、かなりの話題になっていた。
(これだけ話題になってるなら……)
ふいに気になって、メタマちゃんの登録者数を確認する。
配信前は20万人ぐらいだったのに、21万人を超えていた。
(『悪名は無名に勝る』というやつか)
いきなりピロン、とスマホの通知がなった。
メタマちゃんが、一言だけSNSに投稿したのだ。
《草。お祭りだねー》
(いや、あなたが火種なんですけど?)
思わず、眉間に皺が寄ってしまう。
呑気な推しを見ていると、今回の出来事をちっぽけに思えてしまうし、。
いや、そもそもメタマちゃんが
(あんなに動揺していたオレがバカみたいだ)
そう思った矢先、もう一度通知が鳴る。
《メタマじゃくしのみんな、心配かけてごめんね。みんなの優しい言葉に泣きそうになっちゃった》
メッセージを見ているだけで、自然と頬が緩む。
(ああ、これだけで嬉しくなっちゃうんだもなぁ)
今回の事件があっても、メタマちゃんは応援したい気持ちは変わっていない。
それに気づいただけでも、少しだけ自分に自信を持てた気がした。
『まもなく○○、○○です。お出口は左側です』
ふと停車のアナウンスが流れて、思考が遮られる。
(あぁ、もう着いたのか)
目的の駅に着いたハジメは、少し重い足を引きずりながらも、電車から下車した。
駅から歩いて20分。
住宅街の中にある一軒家の前で、ハジメは足を止めた。
二階建てで、小さな庭が付いている。
国民的アニメでよく見るような家だ。
深呼吸をしてからチャイムを押すと、すぐにドアが開かれて、中年女性が面倒くさそうに顔を出した。
ハジメの母親だ。
「いきなりどうしたの」
「メールしたじゃん」
「それでも急すぎるでしょ。『今から帰る』だけだったし」
「ちょっと、妹の顔が見たくなっただけだから」
「それなら早く会ってきなさい」
ハジメ母が振り返ると、セミロングの黒髪がバサリと広がる。
(ちょっと白髪増えた?)
母親の髪に時間の流れを感じながら、家に入る。
まずはリビングに向かう。
ソファに座ってテレビを見ている父親に目をやって、軽く手を挙げた。
「帰ってきた」
「おう」
端的なやり取りだけ済まして、今度は奥の部屋へと向かう。
シンプルな
ピシャン、と。
ノックもせずに、襖を開ける。
部屋の中は電気もついてなくて、まだ暗闇に慣れない目では、部屋の輪郭すら見えない。
それでも、ゆっくりと足を踏み入れる。
馴染んだ家の中なのだから、見えていなくても歩くことができる。
目的の場所でゆっくりと腰を落とすと、ハジメは目尻を下げた。
「レイ。久しぶり」
それがハジメの双子の妹の名前だ。
目が暗闇に慣れてくると、視界がくっきりと見えてきて、少女の顔が徐々に浮かび上がってくる。
にこやかな笑顔を浮かべていて、とても幸せそうだ。
でも、その表情は微動だにしていない。
暗い茶色の、子供が入るサイズの家具のようなもの。
扉が開いていて、その中央に飾られている写真だ。
そこに映っている顔は――
推しのVTuber『一星雨魂』
その
それ以上は語る必要もないだろう。
「あんた、長すぎるわよ」
母親に声を掛けられて、ハジメは我を取り戻した。
いつの間にか電気が点けられていたことにも気づく。
しばらく呆けていたのだ。
「ねえ、お母ちゃん」と無意識に声を掛けてしまうと
「なに?」とハジメ母は不思議そうに返した。
少しだけ唇を震わせてから、固まった舌を回す。
「レイの葬式のこと、覚えてる?」
「忘れるわけないでしょ」
「そうだよね。オレも骨壺の重さまでよく覚えてる」
頓珍漢な問答に、ハジメ母は「相変わらずおかしい子ね」と言いたげに肩をすくめた。
「そんなことより、どうせ夕食も食べてないんでしょ。折角だから食べていきなさい」
「……ありがとう」
急いで線香を立てた後、ひどく冷え切った体を無理矢理動かして、リビングへと向かう。
すると、すでに料理が食卓に並べられていた。
野菜炒めとみそ汁とごはん。
シンプルだけど、今のハジメには身に染みる味だった。
しばらく黙々食べていると、ハジメ母が声を掛ける。
「あんた、彼女はいないの? このままでは魔法使いになるわよ」
30歳まで童貞を貫けば魔法使いになれる。
ネット上では、昔からまことしやかに
「魔法使いになれば、レイを生き返らせられるかも」
「まったく、冗談を湿っぽくしないでよ」
「……ごめん」
素直に謝ると、ハジメは母はジェスチャーで食事を促す。
「ほら、早く食べちゃって。今日は泊まる?」
「いや、明日仕事だから、すぐに帰るよ」
明日の仕事のことは考えたくなくて、視線が下に向く。
それでも仕事を休む気はない。きっと、仕事をしていた方が気が紛れるだろうから。
「本当になんで帰ってきたの?」
「レイの顔を見たくなっただけだよ」
「本当にそれだけ? 仕事で何かあったんじゃないの?」
「へーきへーき。問題ないよ」
「あんた、いつもそれしか言わないじゃない」
(だったら、他になんて言えばいいんだよ)
そう不満に思いながらも、顔を上げる。
ふいに母親の心配そうな顔が目に入ってしまう。
一瞬、すべてを吐き出したい衝動に駆られた。
つらい仕事のことも、今日あった信じられない出来事についても。
(でも、言うわけにはいかない)
両親とハジメには大きな隔たりがあるのだ。
家族の死を乗り越えた人達と、縋りつく人。
同じ家族と言っても、きっと全く違う行動をとるだろう。
八つ当たり気味に残りのご飯を食べてから、母親に改めて念を押す。
「本当に大丈夫だよ。オレももう30歳なんだよ」
「それなら、下手な隠し事はしないでよ」
母親に図星をつかれて、とっさにそっぽを向いてしまう。
「……何も隠してないし」
「あんたの母親を30年もやってるのよ。バレバレ」
ハジメは何も言い返せずに、曖昧な笑みを浮かべた。
その顔を見て、ハジメ母はこれ以上詮索する気はなくなったのだろう。
「まあ、死なない程度に頑張りなさいよ」
「うん。いつもありがとう」
それから母親に激励されながら、玄関で靴を履いて、外に出た。
バタン、と。
扉が閉まるのを、後ろ髪が引かれる気持ちで見届けてから、寒空の下を歩き出す。
しかし3分程進んだ地点で、ハジメは突然足を止めた。
我慢できずにスマホを取りだして、メタマちゃんのSNSへダイレクトメッセージを打っていく。
《もしかして、レイか?》
「間違えだったらどうしよう」という不安よりも「早く知りたい」という焦燥感が勝って、送信ボタンを押す。
すんなりと返事が来る。
《久しぶりだね》
心が震えた。同時に途轍もない不安もあった。
それでも、メッセージを打つ手を止められない。
もっと訊かないといけないことがあるはずなのに、最初に出た言葉は――
《元気にしてるか?》だった。
バクバクと
《相変わらずジメジメしてるなぁ。じめにい。最近、ずっと元気な様子を見てたでしょ?》
そのメッセージを見た瞬間、ずっと我慢していた感情があふれ出す。
ハジメを『じめにい』と呼ぶのも、由来が『ジメジメ』から来ているのを知っているのも、一人しかいない。
15年もの間、心の中にポッカリと開いていた穴に、
全身が震えて、立っていられなくなって、近くの塀にもたれる。
「会いたかったよ、レイ」
スマホをギュッと抱きしめると、涙があふれだしてくる。
詳しい事情は全く分からない。
でも、
顔バレしたVTuberは
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次回 12/24 19:39更新!
すみません、話に区切りがついたので、少しだけ投稿をお休みします
次の章、全く書けてないんです(;´・ω・)
ある程度溜めていないと、毎日投稿無理な遅筆でして(T_T)
今回シリアスな雰囲気で終わりましたが、次回はギャグパートから始まる予定ですので、楽しみにして頂ければと思います
今回の話を読んで、少しでもゾクゾクしましたら、♡や☆を頂けますと活動の励みになります!!
では、クリスマスイブにまた会いましょう!
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