第9話 手元配信は危険がいっぱい
トイレ会議の日。職場にて。14時50分頃。
メタマちゃんの配信が近づいている。
「先輩。それは何をやっているのですか?」
「んー。なんでもない」
ハジメは作業に没頭するあまり、リツに対して適当な返ししかできなかった。
なぜか、帽子のツバにスマホを固定しようとしてる。
しかもガムテープで、だ。
簡易的なVRゴーグルモドキを作ろうとしているのだ。
後ろ姿を見られるだけなら、配信を見ていることがバレることはないだろう。
(これで仕事しながらでも配信を見れるはず……!)
コメントはパソコンから打つ算段である。
ウィンドウを小さくして、パッと見ではわからないようにしており、こちらは中々に巧妙である。
音声は骨伝導イヤホンで聞けばいい。
ハジメの奇行に慣れてきているリツは、すぐに『やろうとしていること』を理解した。
そして、子供の駄々を前にした母親のようにため息をつく。
「やりたいことはわかるので、はっきり言いますけど、モロバレだと思いますよ」
「んー。やってみないとわからないだろ」
「いや、絶対バレるので止めた方がいいですよ。
声を掛けられた時点でアウトですし、普段現場以外で帽子なんか被ってないじゃないですか」
リツの説得を聞いて、ハジメはムスッとした顔を向けた。
理解できているけど、納得はできていない顔だ。
「今だったらボクしか知りませんから、やめときませんか? どうせアーカイブでも見れるんですから、いいじゃないですか」
リツは最後の一押しとして諭した。
だけれど、ハジメは突然
「リアルタイムで見ないと意味無いだろ!」
「いや、そもそも会社で配信を見ようとするのが間違いなんですよっ!」
大声を出したせいで、周囲からの視線が突き刺さって、二人は一気に冷静になった。
「そこまでするなら有給取ってゆっくり見てくださいよ」
「いやぁ、流石に配信を見るために有給取るのはなぁ」
「はあ!?」
素っ頓狂な声を聞いても、ハジメはとぼけ顔で頭を掻いていた。
リツは遠い目をして、机に飾っているマスコットキャラを撫でる。
最近癒しに飢えているのか、パソコン周りがカワイイ小物で埋もれてきている。
「真面目なのか不真面目なのか、判断が難しいですよ……」
「これでも真面目なつもりなんだがな」
「周りからはそう見えてないと思いますよ」
「えっ!?」
ハジメは驚きのあまり、椅子から転げ落ちそうになった。
「一体どこが!?」とハジメが甲高い声を上げると
「胸に手を当てて考えてみてください」とリツが冷静に告げる。
体勢を戻したハジメは、言われるがままに胸に手を当てた。
しかしすぐにハテナマークを浮かべながら頭を傾ける。
(いや、そんなにか……?)
その姿を見かねたリツが「しょうがないですね」と言いながら人差し指を立てる。
「よく言われてるじゃないですか。『真面目にやれ』って」
「いや、まあ、そうだけどさ……」
「はっきり言うと周囲からは『真面目』に見られてないんですよ」
ハジメは衝撃のあまり、周囲にいる社員達を見渡した。
今まで気にしていなかった周囲の視線が、異様に気になりだしてしまう。
気にすれば気にするほど疎外感が芽生えてきて、気持ち悪くなってくる。
「先輩」と優しく声を掛けられて、ふいに顔を上げる。
「どんな時でも『深刻になりすぎないところ』は先輩のいいところではありますけど、周りからしてみれば『おちゃらけている』と見えるんですよ。
格好だけでもいいので、真面目を装ってください」
子供に諭すような口調で言われると、居たたまれなくなってきて、心に影が差しまう。
「わかりましたか」と言われて、ふいにリツの顔が目に入る。
彼女の表情には、ハジメに対する信頼がにじみ出ていた。
(こうやって言ってくれる、ってことは見捨てられては無いんだよな)
そう思うだけで、少しだけ気分が楽になる。
それでも『明日からは改善しよう』と心の中で誓うのだった。
『明日から』と考えている時点で、絶対に改善できない人である。
「わかったよ」
「わかったならよかったです」
「なんかオレの方が後輩みたいだ」
ハジメの純粋な感想に、リツは突然噴き出した。
「あははははは、今更ナニ言ってるんですか!」
腹を抱えて笑い続けるリツを前に、ハジメは頬を膨らませる。
「そんなに笑わなくてもいいだろ。実際、少し前までは比較的、先輩をやれていたと思うんだけど」
「そうですね。メタマちゃんとの出会いをきっかけに、先輩は壊れましたからね。生き生きはしてますけど、社会人としてはダメダメになりました。反面教師としては優秀かもしれませんが」
「じゃあ、これからは反面教師としてやっていくから」
ハジメはさらに拗ねてしまって、完全にそっぽを向いてしまう。
「すみません、すみません、そんなに拗ねないでくださいよ。ほら、そろそろ配信が始まりますよ」
「……」
頬を膨らせたまま、VRゴーグルもどきと骨伝導イヤホンを装着していく。
徐々にハジメの表情は柔らかくなっていったのだが、リツの顔はどんどん難しいものに変わっていく。
「あれ、ボク結局、仕事中の視聴を止められてない……」
ハジメはすでに視聴を始めており、リツの驚きの声は届いていなかった。
無論ハジメの計算ではなく、ただの偶然である。
『みんなー。こんめたまー』
「こんめたまー」
ハジメは小声でいつもの挨拶をすると、隣のリツから鋭い視線を感じて「ごほん」と咳払いをした。
尚、コメントは邪魔なため、今は表示させていない。
『今日は初めての手元配信ということで、最近流行りのカードの開封をやっていくよ!』
手元配信とは、そのまま手元だけを画角に映す配信のことである。
ゲーム中の手の動きを撮ったり、料理をしたり、その内容は様々だ。
それは一見、普通の配信かもしれないけど、VTuberが実施することで大きな意味を持つ。
VTuberのリアルの姿は普段、公になることはない。
普段は隠されているものを見る――見せてくれる。
それには、大きなロマンが詰まっているのだ。
『早速だけど、メタマのお手々をみんなにみせちゃおっかな?』
ハジメはドキドキしながら画面に集中した。
メタマちゃんの
タイミングが悪いことに「ちょっといいか?」と同僚に声を掛けられたのだけど、ハジメの耳に届くはずもない。
リツが「こっちで話を聞きます」とフォローしてくれていた。
『じゃーん。どう? この手袋かわいいでしょ』
しかし画面に映し出されたのは、
ガシャン、と。上司の席から、パソコンに頭をぶつける音が響いていた。
(まあ、そりゃそうか)
納得半分、残念半分の気持ちを抱えたまま、画面を見つめ続ける。
メタマちゃんは早速パックを開封していく。
だけど、いくつか違和感を覚える。
(なんか動きがぎこちないし、変な音が聞こえる)
なぜかウィーンという音が聞こえたが「近所で工事でもしているのかな」と思うことにした。
動きがぎこちないのも、手袋をつけているせいかもしれない。
それからは順調に配信が進行していった。
パックを開封して、レアカードが当たると騒いだり、カードのイラストがかわいいと話したり、平和に進んでいった。
しかし、トラブルは突然起きた。
バキ、と何かが壊れる音が響いた。
おそらくはカメラを固定していた器具が破損したのだろう。
画面がグルグルと回り、どこかに落下して、停止する。
「え……?」
画面には、
アニメ絵ではなくて、現実の顔。
あどけなくてかわいらしい顔が、画面いっぱいに表示されていた。
瞬間、ハジメの脳内は真っ白になった。
すぐに、強い恐怖に覆いつくされていく。
メタマちゃんが終わってしまうかもしれない。
今までの幸せな時間が無くなってしまうかもしれない。
それだけでも十分に絶望的だった。
なのに、それ以上の衝撃が、脳内を駆け巡りまわる。
(妹に似てる。というか、瓜二つだ)
気付いた瞬間、全身がしびれていき、感覚が失われている。
まるで自由落下しているような錯覚に陥り、意識が遠のいていく。
それでも無駄に頑丈な体が、気絶を許してはくれない。
(なんで……)
推しのVTuberの顔バレを目撃してしまったハジメは、心も体も凍り付いてしまった。
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今回からV"t"uber表記からV"T"uber表記に変更しました
某あお〇り高校のショートを見たら、気になってしまったので
あと、書籍化作品は大体VTuberでした
過去の話も順次直していきます
また、♡や☆を頂けますと、作者のやる気がムンムンになります
よろしくお願いします
ンコダイスとかウーマ〇コミュニケーションみたいなゲームしてるメタマちゃんを書いてみたいなぁ
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