第12話 村木律は苦労がいっぱい
「はい、チャーシューメンと半チャーハンギョーザセットね。ごゆっくりどうぞー」
おそらく大学生のアルバイト店員だろうか。
ハツラツとした声とともに、リツの前にはチェーシューメンセットが配膳された。
しかも大盛で、見た目から脂質がたっぷり含まれているのがわかる。
それを見たハジメは、ふいに自分のビール腹をさする。
(オレがこの時間に食ったら、確実に胸焼けするな)
ハジメの前にあるのは、チャーシュー丼だけだ。
なるべく脂っこいものを避けた結果である。
それでも、食事後に胃薬を飲まなければ、明日に響いてしまうだろう。
ハジメは、復帰配信視聴に付き合ってもらったお礼に、リツをラーメン屋に連れてきていた。
ラーメン屋と言っても個人店ではなくて、ファミリーで訪れるようなチェーン店である。
「それじゃあ、頂きます!」
リツはまずラーメンに口をつけた。だけど、すぐに「アチ」と舌を出してしまう。
猫舌なのだろう。
冷ますためか、一旦ラーメンを放置して、半チャーハンとギョーザに手を伸ばしていく。
そんなリツの様子を見て、ハジメは優しげに眉を下げた。
(若いなぁ)
最初、ハジメはリツの食べっぷりに感心していた。
だけど、すぐに険しい顔に変わっていってしまう。
(案外育ちが悪い)
リツの食べ方が、とても汚かったのだ。
チャーハンは顔を皿に近づけて、掻き込むよう食べているし、ギョーザには醤油を直接かけている。
急いで食べているせいか、ご飯粒やギョーザの
まるで幼稚園児のような食い方だ。
テーブル向かいからの冷たい視線に気づいたのか、リツが顔を上げた。
「あ、今『育ちが悪い』って思いましたね」
ズバリと言い当てられて、ハジメはバツが悪そうに目を伏せる。
「……ごめん」
「気にしてないですよ。自覚していますから。だからいつも社食は利用してないですし。
でも、こんなボクでもかわいいじゃないですか」
「かわいいとかそういう問題じゃないだろ」
リツは箸をペンのように回しながら、反論する。
「ボクにとっては、それだけの問題ですよ。かわいいは全てに優先されます」
「屁理屈だなぁ」
「ボクからすれば、他の人たちが屁理屈すぎますよ。なんで『育ちが悪い』とか、一つのマイナスポイントで好感度が急落するんですか。
好きなところが変わったわけでもないのに。
いっぱいの〝好き〟がたった一つの〝嫌い〟に負けるなんて、バカげていますよ」
リツは少し悲しげに眉を下げた。
だけどギョーザを一口食べると、すぐに頬を
「まあ、人の感情なんて、そんなものでしかないだろう」
「確かにそうかもですけど、認めたくないですね。
そんなのが当たり前だったら、一度好きになってもらったら『もっと好きにさせる努力』じゃなくて『嫌われない努力』が必要になっちゃいます。
そんなの、メチャクチャつまらないじゃないですか」
リツの持論を聞いて、ハジメは少しの間考え込んだ。
「オレは『好きなところがいっぱいある相手』じゃなくて『嫌いなところが無い相手』の方がいいな」
「ボクとは意見が違いますね」
「ずっと一緒にいることを考えれば、そっちの方が都合がいいだろ」
「一理ありますね」
ギョーザにお酢を掛けながら、話を深堀していく。
「まあ、ボクは好かれてから嫌われるのがイヤなので、『最初に好かれる努力』じゃなくて『最初に嫌われる努力』をしているわけなんですけどね」
リツがにししと悪戯っぽく笑うと、ハジメは「なんじゃそりゃ」と不思議そうな顔を浮かべた。
「実は自分のことを『ボク』って呼んでいるのも、その一環なんですよ」
「ほー。なるほど」
ハジメが少し興味深そうに相槌を打つと、リツは饒舌に語り出す。
「そうなんですよ。昔『現実のボクっ娘は気持ち悪い』って、ネット記事で読んだんですよね。これは虫除けに使えると考え着きまして」
「虫除けって……」
ハジメが苦虫を噛み潰したような顔をすると、リツは得意げに口を開く。
「先輩にはわからないかもしれないですけど、好かれるのはいいことばかりじゃないんですよ。
大体の人間は、自分の心の中にいる
そこから少しでも
言葉を挟む暇もなく、愚痴は続く。
「頼んでもないのに告白してきて、少し親しくなったら嫌いになって、その上で悪口を言いふらす。そんな人はごまんといるんですよ。
こっちからしたら、不快でしかないですが」
(そういうものなのか)
ハジメは自分の今までの恋愛を思い出していた。
片思いばかりで、告白されたことなんて一度もない。
勇気を出して告白しても「気持ち悪い」と一言で切り捨てられたことすらある。
「確かに、モテないオレには縁遠い話だ」
リツは頷きながら、また舌を回していく。
「ちなみにいつも敬語使っているのも、似たような理由です。距離感を感じさせますし、何より人に合わせて使い分けなくていいのが楽です」
ギョーザを食べ終わると、リツは水をゴクゴクと飲み干した。
「はえー。そこまで考えてるんだな」
そう呟きながら、新しい水を注いであげると、リツは「気が利きますね」とにこやかに笑った。
「実際、効果はありましたよ。一人称だけで、第一印象だけで、好き嫌いを決めるような人を間引けるんですから」
リツはチャーハンを口いっぱいに頬張って、モシャモシャ咀嚼する。
「それでも、ボクが
「え!?」
リツにとっては何気ない言葉だったのだろうけど、ハジメは目を大きく見開いた。
「
「あれ、言っていませんでしたっけ。ボクは親の顔も名前も知らない捨て子ですよ」
ご飯を食べながら喋っているせいで、ハジメの絶句した顔が見えていないのだろう。
リツはつらつらと恨み言を言い連ねていく。
「責任感のない男に
ボクは
リツの
「……苦労してたんだな」
「そりゃ、苦労はしましたよ。高校では必死に勉強して特待生になりましたし、大学でも学費免除のために単位を落とすのは許されませんでした。
孤児だとバカにされて、いじめも受けましたし、活動家やメディアに利用されることもありました。
まあ、でも孤児院の知名度が上がって、寄付金が増えたので悪くなかったですけど」
リツはラーメンのスープを一口飲んだ後、また「アチ」と言って、お
その後、麺を一口すすって頷いた。
さらにチャーシューを一口食べると「ん~~~~」とおいしさのあまり足をバタバタさせて、とても上機嫌そうだ。
「いい孤児院だったのか?」
「
そんなボクの努力も
最後の一枚になったチャーシューを、名残惜しそうに一口で食べてしまう。
「じゃあ、もう帰るべき場所もないのか」
「そうですね。強いていうなら土の中ぐらいでしょうか」
「それは〝帰る〟じゃなくて〝
「変なところで厳格にならないでくださいよ」
ラーメンを食べ終えたリツは、どんぶりから視線を上げて、ようやくハジメの顔を見た。
「なんで先輩が、悲しそうな顔をしてるんですか?」
リツの疑問には答えずに――答える余裕なくて、ハジメはついつい自分の疑問をぶつけてしまう。
「なあ、なんでそんなつらい目に遭ってきたのに、元気で生きていられるんだ?」
ハジメの繊細な質問に、リツはあっさりとした口調で答えていく。
「人生って、楽しいから生きるものではないですよ。
生きる理由なんて『死にたくないから』だけ。『死ぬ恐怖』よりも『生きる苦しみ』の方が楽だから。
そんなんで十分じゃないですか。
まあ、ボクの場合はタバコを吸うために生きていますけどね」
リツは無意識にタバコを取り出した。
だけど火をつける直前で気づいて、ライターをひっこめた。
今のご時世、飲食店はどこもかしこも禁煙だ。
誤魔化すようにリツが「あはは」と笑うと、ハジメの表情は自然と柔らかくなっていく。
「どんだけタバコが好きなんだよ」
「タバコを吸っている時だけ『このために生きてるんだ』って思えるんですよ。ボクはザルなので、
ザルとは、いくら酒を飲んでも酔わない人のことだ。
アルコールで気持ちよくなれないから、ニコチンで快楽を得ているのだろう。
「先輩、その残りのチャーシュー丼、もらっていいですか」
「がめついな」
「飲みの場では無礼講じゃないですか」
リツの言葉に、ハジメは眉根を寄せる。
「お酒飲んでないよね?」
「油だって肝臓に悪いんですから、お酒みたいなもんですよ」
「んな屁理屈を」
「これはかなりの屁理屈でしたね」
リツは屈託なく笑った。
その姿があまりにも無防備に見えて、ハジメは顔を逸らしてしまう。
だけど、その隙をつかれてチャーシュー丼を奪われてしまったのだった。
「うーん、こっちのチャーシューもいいですね」
文句を言う暇もなく、リツはチャーシュー丼に手を付けていた。
間接キスなんてものは気にしている素振りは無い。
そんな無邪気な後輩の顔を、ハジメはついつい頬杖をつきながら見つめていた。
「あの、変な顔で見ないでもらえますか?」とリツは口にものが残ったまま言うと
「どんな顔してた?」とハジメは訊ねた。
口の中のものを飲み込んだ後、リツは答える。
「飼い猫にち〇おちゅ~るを与える、猫バカみたいな顔でした」
「んー。間違ってないな」
ハジメが愉快そうに微笑むと、リツは不服そうに口をとがらせる。
「一体、先輩はボクのことを、なんだと思ってるんですか」
「かわいい後輩」
ハジメがさらりと言うと、リツは「あー」と声を上げた。
「なんとなく理解しました。ボクと先輩では『かわいい』の意味が少し違いますね」
「〝かわいい〟は〝かわいい〟だろ」
「〝かわいい〟は〝かわいい〟ですけど、もっといっぱい〝かわいい〟があるんですよ。
あ、ごちそうさまです」
雑談をしている内に、リツはチャーシュー丼も
(本当に全部食べたよ)
ギョーザ。半チャーハン。チューシューメン。チャーシュー丼の半分。
それらすべてを食べても、リツは全く平気そうな顔をしている。
それからは会計を済ませて「ごちそうさまでした」と店の外に出た。
「それじゃあ、先輩、今日はごちそうさまでした。また明日です」
「うん、また明日」
ハジメは帰ろうとしたのだけど、ある疑問が湧いて、リツのお腹を見つめた。
(あれだけの食べ物、どこに消えていったんだ……?)
その答えは、火を見るよりも明らかだった。
小さい体にご飯を入れ過ぎたせいだろうで、お腹が少しポッコリとしている。
コートの上からでも見て取れるのだから、かなり出ているだろう。
(ネコというより、タヌキっぽいかも。ちょっとかわいい)
後輩に対する視線が変わったハジメは、ニヤけながら「また明日」とまた投げかけるのだった。
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すみません、今回、少し難しい話になってしましました
リツの掘り下げで、どうしても必要だったので
あと、こういう話は筆が乗っちゃうんですよね……
もし今回のような話が好きでしたら、前作を読んで頂けると嬉しいです
↓↓↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330661278509471
それにしても、この主人公、メタマちゃんが関わらなければマトモだなぁ
また、☆や♡を頂けると励みになるので、よろ~~~
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