第6話 いいファンってなに?
ハジメがVTuberの『一星雨魂』にハマってから、3か月が経った。
世の中は年越しを終えて、正月ボケを少しずつ治していく季節だ。
どこか気だるげな空気が漂う社員食堂にて、ハジメはソバを啜っている。
「なんかお前変わったよなぁ」
「そうか……?」
声を掛けられて、テーブルの向かいに目をやる。
むさ苦しい雰囲気の男が、タッパーに詰めたささみ肉を頬張っている。
髪型はライオンのようにツンツンとしていて、ゴリラのようにガッシリとした体格を持っている。
野性味あふれる顔立ちをしているせいか、白いささみ肉がバナナのように見えてしまう。
そんな男だ。
彼の名前は
ネームプレートにもそう書かれている。
現場で働く中堅社員にして、ハジメの同期である。
(そういや、もう同期はオレたち2人だけか)
ハジメはなんだか寂しい気分になりながらも、ソバを呑み込んだ。
「明らかにお前は変わったよ。いい方向にな」
同僚の瞳をのぞき込むと、冗談を言っているように見えなかった。
たまに真面目な話に見せかけて、からかうような同僚なのだ。
「そう見えるなら、メタマちゃんのお陰だな」
「サラリと言えるのが怖いな。カルト宗教の信者みたいだ」
「お前もメタマちゃんの配信を見ればわかるさ。新たな世界にいけるぞ」
「本格的に宗教っぽいな」
同僚はささみを食べ終えて、プロテインを振りながら話を続ける。
「お前、メタマちゃんのグッズを置くために部屋を片付けたし、配信を見るために定時で帰れるように努力し始めたんだろ? 昔のお前だったら、絶対に考えられなかったぞ」
「まあ、確かにそうだけど、なんか実感がないなぁ」
いまいち納得ができず、ハジメは後ろ首をポリポリと掻いた。
(〝自分が変わった〟というより〝世界の見え方が変わった〟気がする)
今まで見えていた世界は、どことなく色あせていた。
感動できるものがほとんどなかった。
どんな芸術を見ても、良さはわかるのに、心がピクリとも動かなかった。
そんな世界が、メタマちゃんという推しの存在だけで、一変したのだ。
クソみたいな世界が、少しだけ好きになれた。
その理由はとても単純だ。
「ただメタマちゃんと同じ世界で生きていたい。そう思うようになっただけだよ」
ハジメの吐息混じりの言葉を聞いて、同僚はプロテインを一気に飲み干した。
プルプルに潤ったタラコ唇を嬉しそうに揺らしながら、口角を釣り上げて、唇を薄く開く。
「生き甲斐ができたのはいいことだな」
「生き甲斐……?」
ハジメが戸惑ったように
「それだけ夢中になっているのに、生き甲斐じゃないのか?」と同僚も戸惑った。
ハジメは視線を上に向けてじっくり考え始める。
しかし答えが出るのに、3秒と掛らなかった。
「オレなんかの生き甲斐にしてしまったら、メタマちゃんに失礼じゃないか?」
「何だ、その悲しい考えは……」
同僚が眉をひそめるのを見て、ハジメはろくろを回しながら補足してく。
「オレごときがファンをやっていると、メタマちゃんの価値を下げているんじゃないか、って思ってしまうことがあるんだ。
そんなに頭もよくないし、地位や名声があるわけでもない。もちろん顔はブサイクだ。
小さいころから毛深いし、最近脂っこいもので胸焼けするようになってきたし、それに――」
淡々と自虐を続けるハジメに対して、同僚は「もういい」とストップをかけた。
「あまりにも自己評価低すぎるだろ」
「客観的に評価しているつもりなんだけど……」
「もう少し自分を
「そう言われてもなぁ」
ソバの汁を飲み干して、ハジメは箸を置いた。
「VTuberを詳しく知らない俺から見ても、お前の熱意には目を
同僚の励ましを聞いても、ハジメの眉間には皺が寄ったままだ。
「……自信がない。誇れるファンになれている気がしない」
その不安そうな姿を見て、同僚はかすかに微笑んだ。
「自信がない内は大丈夫だ。お前はいいファンをやれてるよ」
「なんだよ、それ。適当言わないでくれ」
「すまんな。そんな繊細な気持ちはよくわからないんだ」
「お前もメタマちゃん――と言わなくても、アイドルとかを推してみろよ。そうすれば、少しはわかるだろ」
ハジメの提案に、同僚はヤレヤレと頭を振った。
「お前も知って通り、俺には嫉妬深い彼女がいるんだ。他の女を画面に表示しただけでも、スマホを叩き割られる」
(いや、そんな過激な彼女とは聞いてないんだが!?)
ハジメは一転、同僚に憐れみの目線を向け始めて
「お前も大変なんだな」と言った。
なのだが、予想外なことに、同僚は「何を言ってるんだコイツ」と言いたげに顔で返す。
「メチャクチャかわいいだろ。『愛されてる』って実感がすごくある。今だって、GPSや盗聴器で監視されてる。これ以上の幸せは無いだろ」
「ぇ……」
ハジメは驚きのあまり、まん丸にした目で同僚の顔を凝視した。
正気を失っているようにも、洗脳されているようにも見えない。
正常な判断で〝束縛〟を〝愛情〟として受け入れているのだ。
その事実があまりに衝撃的で、現実逃避するように天井を仰ぐ。
(恋って怖い。盲目ってレベルじゃないぞ。全身麻痺してない?)
遠い目をしているハジメが見えていないのか、同僚は愉快そうに告げる。
「いやー。でもお前には俺と近いものを感じるぞ。相手のことをそこまで考えるなんてな。かなり情熱的だったんだな」
「……お前には勝てないよ」
もはや
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